第181話 六角第三高校校長 佐伯金好(さえきかねよし) 

 俺が弁当を食べて終えても昼休みはまだ三十分以上残っていた。

 パフェまであと五時間目と六時間目の授業がある。

 に、二時間もあるのか? そ、それでも頑張ろう。

 校長は昼にこれたらきて。っていってたから俺はさっそく校長室へと向かう。

 

 寄白さんは一足先に校長の椅子の裏に隠れていなければ山田けさの件もあるからいまだ教室にいるはずだ……。

 けど山田のやつ、いっつも寄白さんを見張ってんのか? もしかして寄白さんを好きとか? いや~それはないな寄白さんの近くで山田の姿なんて見かけたことないし。


 で、でも、わからない……山田のやつ何気に寄白さんの微妙な変化に気づいてたし。


 ――今日はあの髪飾りはしてないんだ?


 それは俺と寄白さんが山田が廊下を曲ったのを見届けたすぐあとに、山田がまた廊下の角からのけ反るように顔を出してそういって、そのまま役者が舞台の袖に引っ込むようにして消えた。

 あの顔つきはまるでなにかに憑りつかれたような表情だった。

 今朝もだけど寄白さんはときどき古い髪飾りを頭につけたりつけなかったりしている。

 俺もそれは知ってるけど、まさか山田もそれに気づいていたとは。

 


 校長室での俺と校長との会話は朝から一転して弁当の話ではじまった。

 俺が転入して間もないころ寄白さんと九久津に塩を盛られた話をするとあれはやっぱり俺を四階に呼ぶ口実だったと判明した。


 やっぱりか、そうだよな~。

 あの日の淡い期待は完全に打ち砕かれた。

 非常階段で告白が待っているなどという高校生活の憧れは都市伝説だった。

 寄白さんがレバーに手をかけて物々しい音をさせていた【L側非常階段】。

 あれもじつは能力者が触れると自動で開く仕組みだった。

 

 救偉人である文科省の二条さんが勝手に「六角第一高校いちこう」の四階に入ってきたのもそういう理由があったからだ。

 要は一般人では絶対に四階にはいけないということ。

 

 九久津のいっていた。


 ――あれはまんがいちあの螺旋階段が発見されてもうかつに他人を近寄らせないための抑止効果……。それと“四階建て”の校舎を“三階建て”だとうやむやにするためのささやかな抵抗――


 ――まあ、それも子どもだまし的であるから、それだけで全員が引き返してくれるとは思ってないけどね……本来学校の怪談ってのは人を遠ざけるためのうそだったんだよ――


 って話結局のところ能力者である人間や当局関係者以外は四階にいけないという鉄壁の守りってことだ。

 裏を返せば能力者だけがあの扉を開けられるんだから、あの扉で能力者かどうかの判断もできる。

 じっさいそういうふうに能力者かどうかを試すこともあるそうだ。

 只野先生に聞いた能力者特有の人体構造に扉が反応してるんだろうと思う。

 そんなシステムにしたのもこの校舎を造った近衛さんだからだろう。

 ふ~、さすがは近衛さん、毎度毎度驚かされる。


 「六角第一高校いちこう」、「国立六角病院びょういん」それに六角市の結界まですげーな。

 けど、なにげない弁当話がここまで飛躍するとは……そう思ったとき校長室の固定電話が鳴った。

 俺も校長も一緒に驚いたけど校長は手際よく受話器をとって光っているボタンを押した。 


 「はい。もしもし。六角第一高校校長寄白です」

 

 校長は片目をつむって俺に合図した。

 ――ちょっと、ごめんね。

 言葉で聞こえたわけじゃないけどそうこえた。

 俺も声を出さずに――はい。といった。


 『もぉ~し~!! あ~俺っち佐伯だよ』

 

 「あっ、佐伯校長。そのせつはどうも」


 校長は受話器ごと頭をさげた。


 『いやいや。いいのいいの。ちょっと連絡遅れちゃったけど。バシリスクの退治おめでとう』


 「はい。ありがとうございます。でもあれはご存知のように九久津くんが」


 『ああ。まあね。でも男はそうでなくっちゃ!!』


 「でも、このたびは皆さまにご迷惑をおかけしまして」


 『いやいや。ぜんぜんぜんぜん。それはおたがい様だから。僕、六角神社じゃないけどちゃんとおまいりしたからさ~だから神社ジンジャー応援エールが効いたんじゃないかな? 飲み物も炭酸生姜ジンジャエール好きだしさ』


 「そ、その可能性もあるかと思います」


 『でしょ。僕、上京してまでお詣りしてきたんだから。けど、お詣りするのに金欠で参っちゃたよ。まいる前なのに参るみたいな。それで寄白校長本題なんだけど』

 

 「は、はい。なんでしょうか?」


 『つぎの株主総会でヨリシロの新しいIRアイアール出るかな~と思って』


 「えっと、それを今、口頭でお伝えするとインサイダーになってしまいますので」


 『そ、そうだよね。いや、そ、それならいいんだけど……さ』


 「申し訳ありません」


 『ほら、でも最近株式会社ヨリシロの株価って……』


 「えっと、そうですね。それは存じております」


 『現在の時価総額が同じ時期の前年比マイナス40%でしょ?』


 「すみません。返す言葉もありません」


 『40はヤバいよね。マズいよね。それって1億円ならなにもせずに4000万が吹き飛んだってことになるからね』


 「はい。おっしゃるとおりです」


 『い、いや。いいんですよ。電話で本題っていったけど。本当は寄白校長がバシリスクの件で落ち込んでるかな~と思ってさ。ほら、ね。えっと、じゃあ、今日はこのくらいで失礼しようかな』


 「そうですか。本当に申し訳ありませんでした」


 『う、うん。あっ、そ、そうだ。昨日あったワンシーズンのライブって株式会社ヨリシロが企画したんでしょ? それにあの駅前の柱のキャンペーンも。なんかそういうエンターテイメント事業に力を注げば株価も持ち返すんじゃないかな? そっちに先行投資するとかさ』


 「そうですね。ワンシーズンはトップアイドルですので。その方面の企画も広げていけたらいいと思っています。それではこれからもご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」


 『あっ、じゃあ、うん、きょ、今日はこれで失礼するね』


 校長はなんか難しい話をしているから俺はそのあいだスマホでニュース記事を読んでいた。


 昨日も耳にしたコンビニでの偽造通貨の事件が今日もあったらしい。

 なんでそんな偽金で買い物をしようとするのか? 俺には理解できない絶対バレるだろう。

 スマホ画面ニュース記事の下には漢字の「米」のような記号があってそこに小さなマメ知識が載っている。


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 【*】


 元号は平成に決定する前に他にふたつの候補がありました。

 それは修文しゅうぶん正化せいかです。

 ただし昭和の頭文字が「S」のために修文と正化が候補からはずれ頭文字が「H」になる平成になったとされています。


 ちなみに平成は慶応けいおうに決まる前の候補10個のうちのひとつで過去に没になった元号であります。


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 へ~、こんな経緯があったんだ。 

 じゃあ平成の世界じゃなく「修文の世界」か「正化の世界」があったかもしれないってことか。

 あっ!?

 他にも選外の元号の世界もあったかもしれないんだ。


 俺がスマホ画面に集中していても校長の謝ってる声とお金の話が耳に入ってきた。

 仕事関係の話かな? 聞き耳を立てて校長の話を聞いてたわけじゃなけどそんなような内容だ。

 まあ、社長との兼務だからしょうがないのかもしれない。

 今朝の印紙もそういう仕事に使うんだろうし。


 「けれどつぎの株主総会では悪くはない発表はある、か、と」


 『そ、そう!?』


 「これ以上は金銭が絡みますので情報の前出しは控えさせていただきます」


 『うん、うん。わかったよ。じゃあシクヨロ』


 「はい。では失礼いたします」

 

 おっ、電話終わったみたいだ。

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