第179話 目撃者

 「きみたちまた・・ふたりで」 


 俺と寄白さんが校長室を出て廊下を歩きはじめたときだった、俺らの背後から誰かの声がした。

 その声はどう考えても俺らの背中に向かって放たれたものだ。

 聞き覚えがあるっちゃあるけどそこまで親しくもないやつの声。

 誰だっけ? 俺と寄白さんは同時に振り返った。


 俺たちに声をかけてきたのは七不思議製作委員会のときに俺になんやかんや教えてくれた山田だった。

 けどまた・・ってのはなんのことだ? 山田は振り返った俺と寄白さんを冷ややかに見ている。


 「この前もふたりで保健室にいただろ?」


 な、なにぃ!? あ、あ、あれをや、山田に見られてたのか? ヤ、ヤバい。


 ――それとひとつ転入生きみに良いことを教えてあげよう。僕は山田。一般的な名字だけどこの学校の重要人物だ。覚えておくといい!!

 

 たしか七不思議制作委員会のときにそんなこといってたな。

 重要人物ってただのストーカーかよ? なんて粘着質な男だ。

 けどあの日俺は細心の注意を払って保健室に出入りしたはず……。

 このままじゃ変態と保健室の怪しい男のダブルライセンスゲットか? それに今回の校長室の出来事もプラスされてしまうかもしれない。

 

 なんとかしなければ、いや、待てよ、なんで俺がそんなに慌てないといけないんだ? 俺はなにも悪いことはしていない。

 たしかに俺の体半分は寄白さんにアイシングされたけどあれはれっきとした打撲の治療だ。

 あれでずいぶんと腰は楽になった。

 俺はそれを証明できる。


 と思ってると、寄白さんは山田に接近してなにかを手渡そうとしていた。

 よ、寄白さんそれはなに? 口止め? 賄賂わいろ? それじゃ俺の負けってことになるんですけど……。


 寄白さんは学校のプリントで使われるようなザラザラの安っぽいA四の紙を四分の一くらいに折ったものを山田の制服の胸ポケットにささっと押し込んだ。

 ゴミの分別でいうなら雑紙ざつがみのたぐいだぞ? あの紙にそんな値打ちがあるのか? 現金ってわけじゃないし本当にそれで口止めができるのか? でも寄白さんも山田をおとなしくさせたいことはわかった。


 お、俺と一緒に保健室にいたなんて知れ渡ると寄白さん自身もジ・エンドだからな。

 そっか、そうだよな~俺とふたりで保健室はさすがにヤバイよな~。

 寄白さんはクルっとこっちに向き直して廊下を歩いてきた。


 「お便りをお渡しいたしました」


 「お便り? そう、なん、だ」 


 山田は上機嫌で俺たちとは反対方向にスキップしていった。

 山田があんなに喜んでる……そこまで歓喜する紙って寄白さんいったいなにを渡したんだ? 山田はまるで俺らが最初から居なかったようなはしゃぎっぷり、ソシャゲでSSRスペシャル・スーパー・レア当てた並みだな。


 山田はときどき見かけるスキップが苦手な人のように、変な動きのまま廊下の突き当たりを曲っていった。

 なんであの動きができるんだ? どう見ても右足と左足が交互に出てない。

 よくあれで前進できるな。


 「そうでらしてよ」


 「はぁ」


 お便りっていうことは手紙? あるいはなにか重要なことが書かれたメモとか? 寄白さんは制服のポケットに両手を入れてなにやらモゾモゾとさせている。

 そのたびにホームベースを逆さまにのしたような制服のポケットが膨らんだり縮んだりした。

 爪がプラスチックかなにかに当たるようなカチカチという音もしている。


 寄白さんのポケットの中でいったいなにが起こってるのか? けどあれに似た動きをどこかで見たことがあるような……。

 あっ!?

 近衛さんがスマホを直置きして文字を打ってたあの動きだ。

 あのとき俺は近衛さんの頭の中には、すでにスマホの文字配列が入ってるんだろうなって思ったんだよな。


――――――――――――

――――――

―――


 「六角第二高校」の生徒玄関。


 社は自分の靴を下駄箱にそっと入れた。


 「ほら。エネミーかして」


 社が首を傾げた先でエネミーはすでに自分のローファーを胸の高さまで持ち上げていた。

 エネミーはまるで手土産のように両方の靴をピッタリとくっつけて社にそれを手渡す。


 「雛。お願いアルよ」


 社はエネミーの靴を下駄箱に入れてからエネミーの上履きをとってスノコのうえに優しく置いた。

 しゃがんだままの社が靴を履きやすいようにとエネミーの上履きの向きを調整している。

 そのやりとりは姉妹のようだった。


 「ひとりで履ける?」


 「当たり前アルよ」


 「そう。エネミーまた夜更かししたの? 目が充血してるんだけど」


 社はさっと立ちあがる。


 「ワンクールをいっき観してやったアルよ」


 「ほんとアニメ好きね。それって何時間?」


 「本編は24分でそれが12話だから。3時間12分アルな」


 (えっ!? と、とき超越えた。24分かける12話は288分。ってことは4時間48分、エネミー計算が適当……。計算を間違えたとしても国立六角病院びょういんから帰ってきてアニメを観るのに三時間弱も使ったってことよね?)


 社もようやく自分の上履きをスノコのうえにポンと置いたとき社の制服のポケットの中でスマホが震えた。


 (……誰だろ?)


 社はすぐに画面をタップする。


 (えっ?)


 【山田が動き出したかもしれない。 雛が転校する前の唯一のやり残し。どうする? 寄白美子】


 (乗りかかった船)


 エネミーは社の険しい表情に気づくことなく、いまだに自分の上履きと格闘していた。

 靴の中に爪先を突っ込んだはいいけれど靴がずれて、靴と一緒に体もぐらぐらと揺れている。


 「今日はみんなでパフェアルな~」


 「そうね」


 (山田かれの周辺を動いてるのは間違いない。あれ・・が)


 「雛。何味のパフェ食べるアルか?」


 「それはメニュー表見てから決めるわよ」


 「そうアルか」


 上靴を履き終えたエネミーはスノコに爪先をコンコンと打ちつけた。


 「エネミーは何味頼むの?」


 「うちはストロベリーとチョコとフルーツと抹茶とキャメルとそれと、それと、あとは、っと」


 「エネミー食べすぎよ。それだとあとでお腹痛くなっちゃうからひとつにしないと」


 「えーやだアルよ!!」


 「じゃあ私と美子のをシェアすれば? それならたくさんの味を食べられるでしょ?」


 「それならいいアルよ。九久津はくるアルか?」


 「えっ、き、きっとこないわよ」


 社は声をうわずらせながら制服のポケットにスマホをしまい、エネミーを見たままポケットの中で指先を動かしている。

 寄白と同じようにプラスチックに爪が当たる音が聞こえた。


 【わかったわ。私が必ず捕らえる。あの黒い藁人形はどうなったの? 社雛】


 「そうアルか。沙田と九久津の味も食べたかったアルよ」


 「だ、だって、九久津くんはまだ入院してるんだし」


 (エ、エネミー。別の味のパフェを食べる目的で九久津くんと沙田くんを頭数に入れるなんて)


 「でもわからないアルよ。内緒でくるかもしれないアルよ?」


 「こないったらこないわよ」 


 社の制服のポケットでまたスマホが振動した、社はスマホをポケットにしまったままさっそく画面をタップする。


 【あれからまったく姿を見ない。私は雛のサポートに回る。なるべく山田をマークしておく。 寄白美子】


 社はポケットの中にあるスマホの液晶を一瞥しただけで内容を瞬時に読みとった。

 ポケットの中でまたカチカチと音がする。


 【じゃあ、それも含めて今日の放課後に。エネミーはまるで遠足のようにパフェを楽しみにしてるから 社雛】


 【りょ。 寄白美子】


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