第154話 天才の足跡

 「ええ。堂流がモンゴルに飛ばしたのよ」


 『九久津堂流が? どんな方法を使って』


 「排斥召喚はいせきしょうかん


 『排斥召喚? そんな召喚術は聞いたことがないわ』


 「でしょうね。だって堂流が創りだした技だもの」


 『つ、創りだした?』


 「そう。早くいえば召喚ってのは引く力よね? だからその逆の力を利用する術式が排斥召喚」


 『そんな方法が。でもそんな距離を飛ばせるの?』


 「開放能力オープンアビリティの亜空間を定点配置させたうえで排斥召喚を合わせれば可能。堂流なら地球の真裏にだって飛ばせるわ。ほらアコーディオンカーテンを思い浮かべてみて。あの閉じた状態が排斥召喚を使った場合の日本とモンゴルの距離。そこを広げた状態が日本とモンゴルの本当の距離。アコーディオンのひだがショートカットするための亜空間」


 『ああ、なるほど。でも驚いた。バシリスクをそんな距離飛ばすなんて……。日本人のクリエイティビティは想像以上ね。まあ、天才召喚憑依能力者の九久津堂流だからできたってことね』


 「理科の授業で思いついたんだって」


 繰は自分のことのように喜んでいる。

 当時この理科の授業を一緒に受けていたからそれも当然だった。


 (そういうことだったんだ。アヤカシは基本的に魔空間移動するって思い込みがあるから当然ヨーロッパにも魔空間を通っていったと思う。堂流はあんな怪我を負っていながらもボナに託したんだ)


 『理科?』


 「そうよ」


 (堂流はいつも教育の大切さを重んじていた。九久津くんにもよくいってたっけ。創造と想像の融合。義務教育から産まれるものがたくさんあるって)


 『さすがは救偉人ね』


 「ある意味排斥召喚は学校で教えられたようなものなのよ。引力に対する斥力せきりょくがあるって知識だから。だから堂流はボナがいるという明確な目的があったから安心して排斥召喚を使った」


 『けど、ボナがいるってわかってるにしても九久津堂流はどうしてわざわざバシリスクをモンゴルにまで飛ばす必要があったの?』


 「あの日、堂流が受けた傷の中でいちばん大きな怪我は右脇腹・・・の傷」


 『うん。それで』


 「どうしようもなくなった堂流はバシリスクを遠ざけるしかなかった」


 『そんな場所なら日本にだってたくさんあるんじゃないの?』


 「日本にそんな場所は多くないわよ。国土を考えてみてよ。日本なんて地図で見れば本当に小さな島国なのよ」


 『まあ、そういわれればそうかもしれないけど』


 「堂流が考えたのは飛ばした先が人の居住地じゃなく、かつそこでバシリスクがしばらく行動しても人的被害がないところ。さらには信頼できる能力者が早めに退治してくれる場所。その三条件が揃う場所」


 『そういう条件か。だから人気ひとけのないゴビ砂漠にバシリスクを飛ばしてモンゴルの援護に向かっていたボナに任せたってわけね? 繰、ずいぶんと堂流の気持ちが理解できるのね?』


 「えっ、うん。これでも私たちはバディだったんだから。堂流は知ってたのね。ボナがモンゴルに応援にいくことを」


 『仲良かったもんね。ボナは日本好きだし。あと日本の固有種である“座敷童”にも興味を持ってるみたいなのよね。各国にさまざまある住人に幸運をもたらす”家憑き”の中でも特殊なタイプだって』


 「へ~そうなんだ。座敷童にね」


 (そういや、美子……あっ、これはあとでいいか)


 『なにかを感じたんだと思う。座敷童って口減らしの子どもの思念がアヤカシになったものでしょ? ふつうなら人間を不幸にしてもしたりないほどの怨みだと思うんだどよね』


 (それどころかあのサージカルヒーラーの能力もあるしね。あんな境遇のアヤカシなのに治癒能力まで持ってるんだもんね)


 「う~ん。それも意外と国民性なのかもしれないわね。あれっ!? ヤヌ。じゃあモンゴルの部隊はミドガルズオルムを退治し損なったってこと? ミドガルズオルムの正式な退治は五年前だし。仮に過去で退治しててもつぎの鋳型ができるまでは数十年は必要よね?」


 『いいえ。退治したわ……』


 繰はヤヌダークの声が低くなったことに気づく。


 「で、でもミドガルズオルムの退治はたしか五年前だったはずじゃ?」


 (私が参ってるときに雛に聞かされたばっかりなんだけど――ミドガルズオルムならモンゴルにある通称キプチャク草原で、五年前にモンゴルの能力者たちに倒されています。Webで確認しますか?ってね)


 『繰、そのとおりよ。ミドガルズオルムとされる上級アヤカシ五年前に退治された。ただバシリスクが現れたその日にたしかに上級アヤカシは一体退治されてるの。退治されたのはミドガルズオルムじゃなく』


 ヤヌダークはを置いた。


 ――じゃなく? 繰は同じ言葉をつぶやいていた。


 『それは』


 繰は息を飲む。

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