第147話 開放能力(オープンアビリティ)

 「あっ、そうそう。いい忘れてたんだけど【啓示する涙クリストファー・レルム】は夜目よめに影響しないから安心してね」


 「えっ? よ、よめってなんですか?」


 俺は聞きなれない言葉に反応した。

 会話に添えるようなニュアンスだったから、そんな大事なことではないと思うんだけど。

 よめ? よめ? そもそもその単語がなんなのかわからない。


 「ん……? 開放能力オープンアビリティのことだけど」


 会話のリズムを崩してしまったようで只野先生は渋い顔をしている。

 これは知ってて当然の知識っぽい?


 「オープンアビリティってなんのことですか?」


 「それも教えてもらってないの?」


 「はい」


 「でも沙田くん夜目は使ってるよね? さっき眼球を診たからわかってるんだけど」


 「……? そういわれましても。……よめってどんな能力ですか?」


 「暗闇の中でも日中のように物を見て行動できる能力だよ」


 「あっ!? ああ、あれか。あれはできます。別に隠してたわけじゃないんです。あれがそういう能力だったってのを今、知ったんです」


 四階の闇で自由に動けたあの能力か。 

 九久津が照明スイッチを消したあとなのに、俺は九久津の指先がはっきりと見えていた。

 あれってそういう能力だったんだ。


 「じゃあ、やっぱり夜目を使ってるね?」


 「はい。そうなりますね。知らずに使ってました。すみません」


 俺が頭をさげようすると只野先生は手を広げてやんわりと静止した。


 「いいよ。いいよ。教えられていないならそれは知らないはずだよ。沙田くんってあれかな。獅子は我が子を千尋せんじんの谷に落とすみたいな修行中なのかな?」


 「ど……どうなんでしょうか? 放っておかれてるような気も……」


 「いいな。僕は憧れるよ。期待されるがゆえの放置って。きっときみは能力者として特別な存在なんだろう」


 「えっ!? 本当ですか?」


 俺はそういう待遇なのか……? けど校長は――六角第四高校から瘴気が洩れているから沙田くんにバス通学をしてもらった。それはすこしずつアヤカシに慣れてもらうため。っていってたな。

 どっか修行期間な気もする。

 修行中ってのもあながち間違いじゃないかもしれない。


 「うん。これからますます強くなっていく主人公って感じかな」


 マ、マジ!? 

 いや、そういわれると照れるな。


 「おっと。つづきつづき開放能力オープンアビリティってのはねある・・能力者たちが開放していて能力者なら誰でも使える能力のこと。だから開放能力と書いてオープンアビリティと呼ぶんだ」


 「誰でも?」


 「そう。能力者による能力のトッピングみたいなものさ。いくつか例をあげるなら暗闇でも日中のような視界になる【夜目よめ】。能力者同士のテレパス効果を持つ【虫のしらせ】。亜空間を自由に使える【亜空間貸与あくうかんたいよ】など。ちなみにアヤカシなんかの気配を感じる第六感は能力たちの基本能力だといわれている。だから霊感が強いという人は能力者としての潜在能力があるってことになるね」


 「へ~ためになりました。僕が知らない情報がたくさんありました。亜空間ってそういうことだったんだ。【ディメンション・シージャー】が貸し出してるんですね?」


 九久津にきいていた話に追加説明された感じだ。


 「そうだよ。あと重要なのは。そうだな~。多国間の能力者のあいだで必須な開放能力オープンアビリティの反バベル効果」


 「反バベル効果。バベルとはひょっとしてあのバベルですか?」


 「そう。反バベルってことでどんな言語も瞬時翻訳されてなんの隔たりもなく会話を成立させる能力」


 能力者はそんなオプションを当たり前に使ってたのか。

 けど、言語統一能力って学生にとってはまさに神の力!!

 ……いや瞬時に翻訳されるだけで別にテストに使えるわけじゃねーか。

 ……ん? もしかするとヒアリングには使えるかも。

 いやいやこんな悪巧みをしちゃいけない。


 「けど、反バベルは能力者同士の双方向におぇる効果だからひとりでは成立しないんだ」


 で、ですよね~心読まれた感じ。

 あっ!? 

 ああああ!! 

 俺、校長とヤヌダークの会話のときヤヌダークの声を日本語できいてた。

 ま、また、知らないところで開放能力オープンアビリティ使ってたのか?


 「反対に閉鎖能力クローズアビリティっていうのがその人だけ・・の能力のことね。ところでそこにいるのは彼女さん?」


 ――そこにいるのは彼女さん……? そこにいるのは? か、彼女さん? そこにいるのは彼女さん……?ってなんだ? どんな能力? そんな能力ある……わけ……ない……よな。

 只野先生は突然なにをいい出すのかと思ったけど、俺が座ってる椅子のうしろにエネミーがなにくわぬ顔で立っていた。


 出た!? 

 「シシャ」得意の気配消すやつ。

 ――取材のときの記者か!? ってツッコみたくなるようにうんうんとうなずいてる。

 ついにあやとりに飽きたか? まあ、診察終わっても長話してた俺も悪いとは思うけどさ。

 

 「あっ、こ、この娘は新しいシシャです。エネミー勝手に入ってくるなよ?」


 「待ち疲れたアル」


 でも、ひとりで好き勝手に院内を歩き回らなかったことは評価しよう。

 エネミーはすこし拗ねて寄白さんのように頬を膨らませた。

 只野先生は――おっ!! と声を出して今日いちばん驚いたようだった。

 病み憑きのときでさえ冷静だったのに。


 「じゃあ彼女が新しい。へ~この娘がね~」


 只野先生はエネミーを興味深く見ている。

 六角市で「シシャ」は謎の存在なのに、国立六角病院ここでは当たり前にみんな知っている。

 それもそうだアヤカシや忌具から受けた魔障患者を相手にしてるんだから。


 「先生。うち、ちっぱいいやアルよ。ちっぱいの向こう側にいきたいアル。できるアルか?」


 こ、ここここ、この娘はなんてことを。

 これもお国柄がなせる技なのか? エネミーは突然、制服の袖をまくり腰に両手を当ててぺったんこ(?)の胸元を突き出した。

 そのまま左右にぶんぶんと体を揺らしている。


 「どうアル? いけるアルか?」


 モデル歩きのように小刻みに体を振っている。

 「シシャ」なのをいいことに豊胸させようというのか? いけるって、い、いっていいのか? エネミー荒ぶる!!

 その行為に悪びれた様子もない。


 「それは型紙かたがみを作った人にいうといいよ」


 只野先生はまるで動揺しなかった。

 それどころかいちばん正しい答えを返した。


 「そうアルか」


 型紙ってあの和紙か。


 「うん。ただし誕生まれてしまってから体型を変えることは大変らしいけど」


 只野先生は表情ひとつ変えずに冷静に答えた。

 さすがはいろんな患者を診てるだけあって対処法を心得てる。


 「……ん? その腕の痣どうしたの?」


 エネミーの肘の近くに小さい痣があった。

 そういや太ももにもぶつけた痕あったなエネミーはしゃぎすぎ!!


 「ぶつけたアルよ」


 「そう、気をつけて生活してね?」


 「わかったアルよ」


 それから俺と只野先生とエネミーの三人ですこし学校の雑談して、その流れで開放能力オープンアビリティのことをまた説明してもらった。

 ”やめ”とは夜の目で”夜目”ということだった。

 話が終わって俺とエネミーが診察室を出ようとしたとき、俺にはふと思うことがあった。


 今まで潜在的になんとなく訊いてはいけないと思っていたことだ。

 でもそれは誰かに禁じられたわけじゃない。

 どこかで俺が勝手に心にしまいこんでいただけだ。


 「あの……」


 「どうしたの?」


 「九久津っていう同級生が入院してるはずなんですけど。……どうしてますか?」


 「九久津くん? ああ、彼は僕の担当じゃなく、あっ、そうそう、それこそさっき名前の出た九条先生が担当だから。僕じゃ詳しいことはわからないな」


 「そうですか」


 「うん。ごめんね」


 「あっ、いえ」


 只野先生の抑揚のない返事は九久津に関してなにかを隠しているという気配がなくて逆に俺は安心できた。

 バシリスクとの戦闘のあとも九久津がそんな酷い怪我をしてるように思えなかったし。

 でも……素人が見た大丈夫と医者プロが診る大丈夫はぜんぜん違うからな。

 国立六角病院ここにきてから、俺のような高校生こどもの素人と医者プロの違いってをこれでもかっていうほど思い知らされたし。 


 「じゃあ、失礼します」


 「うん。気をつけて帰ってね。あと目薬を受け取る前に番号札は受付に返しておいてね?」


 「はい」


 「わかったアルよ」


 エネミーも返事してるし。

 さあ、目薬もらってY-LABにいる社さんのところにいくか。

 あとは校長への報告をいつするかだな。


 「処方箋もそこで受付で受け取ってね」


 「はい。わかりました」


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