第133話 研究所
表玄関は一般者用の入り口だから、俺たちは裏側の関係者入り口から中に入った。
それはつまり俺たちは
俺はもう、ことアヤカシに関しては一般人ではなくなっていた。
研究所というくらいだから薬品のようなにおいでもするのかと思ったけどふつうのにおいだ。
なんつーか図書館とかのにおいに近い。
いや、むしろ新築の建物ようなにおい。
さらに建物の中に足を踏み入れると、そこは教室くらいの大きさの清潔感ある場所だった。
制服の警備員がひとり立っていて不審者に目を光らせている。
体のうしろで手組みながらも一定間隔で周囲を確認していた。
その真ん前をビジネススーツを着た人や白衣を着た人が通り過ぎていく。
みんなここの関係者の人たちだろう。
今、俺の真正面はガラスの衝立になっていてその先は吹き抜けになっている。
最上階が何階なのかここからじゃよくわからない。
そのままガラスの衝立まで進むと、各フロアには大人の腰くらいの落下防止用フェンスがあった。
ああ、でもこれぞザ・研究所って感じだ。
俺たちはその衝立から回り込んだ先にあるオートドアをくぐり本館に足を踏み入れた。
ひと際目立つところにおもいっきり【受付】と書かれた受付があった。
社さんは受付の小窓を小さく――コンコンとノックした。
ガラスよりももっと頑丈そうな音で、もしかしたら強化ガラスとかそういうものかもしれない。
「すみません。社と申しますけれど……」
白髪交じりのおじさんが受付窓を開いて社さんと話をしている。
社さんが詳細を話すと、そのおじさんは首から提げる【
ふたりの口振りからすると前もってあるていどの話はついていたようだ。
そして俺たちは社さんかそれを受け取り【VISITOR】と書かれたパスを首から提げた。
これがあれば施設のたいていのところにはいけるらしい。
俺たちはパスをぶら提げてさら施設の奥へと進む。
そこにはいつかノーベル賞でもとりそうな人たちが歩いていた。
いや、ほとんどがそんな人たちだ。
俺らの目の前で白衣の人たちが専門的な話をしていてふつうの会話なのにまるで会議だ。
「今度は縦じゃなく横からアプローチしてみたらどうだろう?」
「皮膚を縦の層からではなく横の色に合わせるのか?」
「ああ。そうすれば表面の
「横の肌の色と同化させるってことか」
「なるほどな」
「結界の反作用で負った魔障の色が消えるなら市民の協力者のかたも喜ぶだろう」
「ティラピアを使った
「おお。それ名案だな!!」
あっ、あのバスの運転手さんたちの手の魔障のことか? 魔障という単語が当たり前に出ていて、この場所はそういう世界なんだとあらためて実感する。
しかもここは国立六角病院も併設してるわけだし。
九久津の家にいくときに九久津がバスの中でいってた――日々救護部が治療方法を研究してるらしいけど。ってあれはY-LABのことだったのか。
ここで研究して薬品を作ったりしてるんだ。
研究者が話してる内容もアヤカシに関することが多いのに隠す素振りはない。
【VISITOR】とはそういうことなんだろう。
ここにいるすべての人がアヤカシの存在を知っている、いや、それが最低条件。
たとえばここで人体模型が走ってきても誰も驚かないんだろうな。
いや、驚くには驚くだろうけどすんなりと受け入れるだろう。
どういう理由で人体模型が走っているのかがわかるから。
結局白衣の人は俺たちに目もくれないままだった。
【VISITOR】を提げていればそれは入館許可の証拠だから誰も俺たちを怪しんだりはしない。
俺たちを客として認めてるってことだ。
社さんはふたたび先をいく。
俺は歩きながら社さんにY-LABと国立病院についてのことを軽く聞いた。
おおまかなことは理解できた。
エネミーはまるで親のあとをついて歩く子どものように社さんの制服をつまんでキョロキョロしている。
「はぅ!!」
辺りを見回してはすこし大げさな声を上げる。
なんでそんなちょこんとつまむんだよ? もっとしっかり掴めばいいのに。
「Y-LABには六角市の解析部と救護部が常駐していて、なにかのときにはここから現場にいくのよ」
「へ~そうなんだ」
じゃあ「シシャ」の反乱のあともここから出動してきたんだ。
社さんはそこで片手を上げると俺に手のひらを見せた。
“止まれ”の意思だ。
「沙田くん。ここでちょっと待っててくれる?」
「えっ、あっ、うん」
「エネミーをお願いね?」
俺はエネミーを託された。
「わ、わかった。しっかり見張ってるから」
「雛。どこいくアル? すぐ帰ってくるアルか?」
ほんとの子どもみたいじゃねーか。
母親がすこしだけ家を空けるときの子どもの表情に近い。
エネミーは聞き分けよく社さんの制服から手をスッと手を放した。
社さんはまた別の場所に向かって歩いていった。
まだ他になにか違う手続きがあるのかもしれない。
俺は目に見える範囲で施設のあちこちを観察していると今の今まで不安そうにしていたエネミーはすでにアクティブに活動している。
子どもの回復力だ、元気になるの早えーな!?
なにをするのかとおもいきや開いたエレベーターに一目散に駆けこんでいった。
ゆっくりドアが閉まるとエレベーターはそのままエネミーを上階へと運ぶ。
俺は黙って階層を表す表示パネルをながめた。
二階、三階と数字が上昇する。
上は何階まであるんだ? すげー十階まである。
吹き抜けから見上げたときもけっこう高さあったもんな。
もちろん社さんにエネミーの見張りを頼まれた手前そのまま放っておくことはできない。
だから俺はエネミーが降りてくるのをしばらく待つ。
ってこの時点で俺はすでに目を離してしまったことになるのか? ……ま、まあ、エレベーターに乗っただけだし、だ、大丈夫だろう。
生まれて四日目とはいえ会話もできるし歩けるし。
俺も他の場所を見学したかったんだけど、この場から離れるはやめておこう。
エネミーが戻ってきたら迷子になる可能性が高い。
俺はエネミーを待っているあいだエレベーター周辺に留まって施設を見渡した。
この場所から動けないんじゃさすがに館内も見飽きてきた。
仕方がないからスマホをとり出す。
あっ、圏外か。
しょうがないなこういう施設だし。
※
約五分後にエネミーがエレベーターから降りてきた。
興奮した様子で俺に近づいてきて俺の手をとった。
こ、この手の感じも寄白さんに似てる、けど、いったいなにがあったんだよ?
「バ、バイブス、ヤベー!!」
エネミーはエレベーターから降りてきて開口一番上機嫌にいった。
バ、バイブスだと? 発音がネイティブ、しかも謎の感度を持っている。
エネミーは間違いなくエレベーターを楽しんでいた。
「どういう意味だよ?」
「バイブスは意味じゃなく感じるものアルよ!!」
エネミーはプロエレベーター(?)か?というほどに熱弁を繰り広げると――つぎ。といって今は
はしゃぎすぎ!!
アトラクションじゃねーぞ、ここは!!
「マジ。バイブス、ヤベー!!」
エネミーは地下へのエレベーターに乗り込んでいった。
入れ替わるようにして社さんが身振り手振りで俺のところへトコトコ歩いてきた。
なんとなく険しい顔つきだ。
「沙田くん。ごめんなさい。私はここまで。あとはひとりでいって。もしくはエネミーと。エネミーって沙田くんに
「えっ? あっ、うん。わかった」
「病院の受付はしてあるからそこのエレベーターで七階に上がって連絡通路を通って院内に入ってね。絶対に八階は通らないで」
社さんはすこし顔をしかめて宙を指さした。
その方向に八階があるんだろう。
なぜ社さんが病院にいけないのかわからないけど理由は訊けない。
さっきのこともあるし女子に踏み込んだ話は訊けないよな。
「あっ、俺はひとりで大丈夫だよ」
ともあれ、もうすでに受付が終わってるそうだからこのままいこう。
「そう。じゃあエネミーは連れて帰るから……あれ、エネミーはどこ?」
「なんかエレベーターで遊んでる。今は
「そっか。じゃあ、私はエネミーが戻ってくるまで待ってるわ」
「えっ、ああ、わかった。……エネミーってなんか寄白さんの性格に似てるね?」
「美子? まあ、美子の負力がエネミーに流れてるんだから性格や個性もだいぶ受け継いでると思うわ」
や、やっぱり!!
本来の寄白さんもあんな感じなのかな……? ツンツンと不思議っ娘の中間点。
「でも前のシシャの真野さんは外見以外寄白さんとは似てなかったけど」
「ああ。それは美子の個性も受け継ぐけど。シシャにもシシャの個性があるのよ」
「独立したひとりの人格ってこと?」
「そう。だから真野絵音未は元から大人しい娘だったってこと」
「そっか。じゃあいってきます」
真野さんは素であんな娘だったんだ。
「うん。沙田くんの魔障はそんなに酷くないと思うからあんまり心配しないで」
「あ、ありがとう。じゃあいってくる」
「ええ」
社さんクールだけど案外優しいな~。
気づかってくれてるんだ? 勇気づけられた。
誰かが励ましてくれるっていいな、同時に孤独って怖いなという気持ちも湧き上がってくる。
※
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