第126話 idol ―偶像―

 大型商業ビルの巨大ビジョンから華やかな映像が流れてきた。


 「つづいては大人気アイドルの登場です。ではどうぞー!!」


 画面の中の女子はそれぞれ色もデザインも違うけど、どこか統一感のある衣装を着ている。

 俺の目の前に現われた小さな芸能界。

 俺はアイドルというワードでエンターテイメントの世界に引き込まれていった。

 曲を聴くとか映画を観るとかそういう娯楽のある日常に戻ってきたんだ。


 いやみんなふつうは日常にいる。

 たいていの人はアヤカシとの関わらない人生を送るんだ。

 まあ、六角市には一般の協力者も大勢いるけど……。


 「ワンシーズンのみなさんで~す!!」


 「こんにちは~」  


 「えっと、こちら下手しもてから」


 司会者は手元の資料を見ていて全員の名前を覚えてないようだった。

 有名な娘ばっかじゃん。

 この四人なら俺でも知ってるし。


 「アイさん。マイさん。ユウさん。ユアさんの四人です」


 コンビニの雑誌売り場でも見かけるし週刊漫画のグラビアにだっていつも誰かが載ってる。

 CDショップにいけば必ず特設コーナーがあるし等身大パネルだって置かれている。

 本人役でゲームに出演したりメディミックスも盛んなアイドルだ。

 まあ、九久津は知らないだろうな、あいつとは真逆の世界の人たちだから。


 「私たちがワンシーズンです」


 決めポーズを画面に向けて四人は笑顔をふりまいた。

 瞬時に表情を切り替えられるなんてさすがはプロ。


 「えっとワンシーズンのみなさんはレッスン生も含めて全員で三百六十五人いらっしゃるんですよね? あっ、でもメンバーのひとりアスさんは今、活動休止中……なんで……すね?」


 司会者が原稿をそのまま読み上げた。


 「はい。もうすこししたら戻ってきますのでファンのみなさんも待っていてくださいね~!?」


 画面に手を振ってる……いや画面越しのファンにか。

 メンバーの誰か休んでるんだ……急病かなんかか? けどアスって知らない娘だな。

 ワンシーズンは三百六十五人という大所帯のために入れ替わりも激しい。

 本当のファンなら現在のメンバーから過去のメンバーまで全員把握してるんだろうけど。


 「こう、おっしゃっていますのでファンのみなさんも待っていてくださいね。さあそれでは話変わりまして……えっと、現在もペンタゴンがロングヒット中ですがその理由はなんだと思われますか?」


 ペンタゴンって良い曲だし、バスの中でも聴いてる学生ひとも多い。

 ヘッドホンからもれてくる音で曲名がわかるくらい印象的な曲だ。

 誰が答えるか目配せしてからリーダーが小さく手を上げた。

 これはアドリブなのか? それとも初めから答える人が決まってたのか?


 「ではリーダーのミア・・さん。お願いします」


 司会者名前を間違えたぁ~。

 あとで批判殺到……電凸でんとつ祭りだな。


 「ミアちゃん……? えっと、私はユアです」


 リーダーが困惑して手を振って否定してるし。

 この番組ってやっぱりアドリブ進行なのか?


 「失礼しました。えっと……ユアさん。あれっ!? グループにミアさんって……いませんでしたっけ?」


 司会者混乱しすぎだろ。

 まあたしかに「ミア」と「ユア」って名前は似てるけどさ。


 「メンバー内にミアちゃんはいますよ」


 「……?」


 「私たち三百六十五人の中に・・・・・・・・・ミアちゃんはいます。でも、その三百六十五の中の二十四人が二十四節気にじゅうしせっきという選抜メンバーになります」


 リーダーがそういうと今度はサブリーダーの娘が小さく手を挙げた。

 自分の番ってことか。

 

 「二十四節季は正式名称ではなくファンの皆さまが名づけてくれた愛称なんですけれど。ここにいる私たち四人は四季と呼ばれています。選抜にならないとメディアに出ることもなかなか難しいのですが、ありがたいことに私たちはその機会が多く、四季と名づけていただいたみたいです」


 「シビアですね」


 司会者と同じことをみんな思ってるだろう。


 「それでアスちゃんは二十四節気のメンバーで……あの、ミアちゃんは……あの、その……」


 サブリーダーが申し訳なさそうにしてる。

 ミアって娘はなににも選ばれたことがないってことか。

 どう答えていいのか迷うサブリーダーの悩みが画面から伝わってきた。

 司会者も慌ててるし。


 「あっ、すみません。こちらの不手際です。申し訳ありません」


 司会者はふたたび資料を見た。

 仕事のやりすぎで手が回ってないのか? やっぱり働くってのは大変だな。


 「はい。大丈夫です!!」


 おお。

 元気な感じでスタジオの空気を変えた。

 リーダーは機転の利く娘のようだ。

 司会者は四人がそういった隙にまた手元の紙を見ている。


 「ということはミアさんは二十四節気でも・・四季でも・・ないってことですね。いろいろとすみません。ミアさん。いつかこの番組にきてくださいね? あと活動休止中のアスさんもぜひお越しください。では気を取り直して楽曲について」


 司会者がグダグダになりながらも画面越しに手をふった。

 これはその休んでるメンバーにいつか出演してほしいというメッセージだろう。

 それでも四季の四人はこのカオス状態をカバーした。

 人前に立つ仕事だけあってこういう突発的なトラブルには慣れてるっぽい。

 ……えっとミアって娘はワンシーズンにはいるけど二十四節気にも四季にも選ばれたことがない……んでアスって娘は二十四節気だけど活動停止中か。


 「ペンタゴンのヒットの理由でしたよね。私は歌詞だと思います」


 「私は曲だと思います」


 「私はドラマとCMの二重タイアップが良かったと思っています」


 それぞれしゃべりかたや仕草を変えリーダー以外の三人が順序良く答えていった。


 「なるほど。それではリーダーのユアさん。締めの告知をどうぞ」


 「×月×日。六角市でミニライブを予定していますのでみなさんぜひお越しください。ミアちゃんの出身地ですよ~。詳しくはWebをご覧くださいね。さらにすごいサプライズもありま~す!! なにかって? それは見てのお楽しみで~す!!」


 マジか!? 

 しかもライブ今日だぜ。

 ミアって娘、六角市出身だったんだ? ぜんぜん知らんかった。

 最近加入したとかなのか? アイドルはアイドルで大変そうだ。

 社さんならすぐに加入できそうな気も……あっ、そうれはそうと今、何時だ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る