第105話 ミッシングリンカー「タイプC」

 「その声って鷹司官房長官?」


 二条の口をついて出た言葉はここ最近国民の耳目じもくを集める国務大臣の名前だった。


 『おっさん。いきなり入ってくんなよ?』


 一条が煙たそうにつっこんだけれど鷹司はいつものことだといわんばかりに反論さえせずに飄々としている。


 [わたしもまぜてくれよ]


 分別ふんべつのある落ち着いた話しかたは、テレビの中で繰り広げられる答弁となにひとつ変わらない。

 国会ではときに四面楚歌に陥ることも針のむしろになることもあった。

 対外関係たいがいかんけいに目を向けても多くの修羅場を経験してきた。

 常に冷静沈着でいることを要求される立場の鷹司は、それらを潜り抜けてきた自負もありちょっとやそっとで感情を乱すこともない。

 政界を賑わせる失言などとも無縁の人物だ。

 

 『おっさん、官邸を抜け出してもいいのかよ?』

 

 一条は気の知れた仲間のように話しかけた。

 上位職の人間だという敬いもなく三者間の通話がはじまった。


 「ちょっと、一条、官房長は目上の人なんだから」


 『いいんだよ。すくなくとも俺とおまえ、そして近衛このえと九条とおっさん。この五人はタイプCのミッシングリンカーなんだから。同じ種族。同等だろ?』


 「そうだけど。私たちは組織の中にいるのよ?」


 『ずっとむかしは組織なんてなかった。ついでにいうとあのころは肉体ってのも無かった』


 「まあ肉体からだのことをいわれると……答えに詰まるわね。……このさい上下関係については目をつむるわ」


 [わたしたちもいつの間にか馴染なじんだものだなに。二条くん。さきほど一条が話したタバコの意味を汲みとるのなら“大は小を兼ねる”ってことだ]


 ――パン。乾いた音が鳴った。

 それは二条の柏手かしわでだった。

 反射的に動いた二条の両手はなにかを拝むように今も口元で合わさったままでいる。

 

 「なるほど。それなら上位にランクされるはずのものを下位ランク下げる偽装が可能だ」


 二条は一条の言葉の真意を理解した。

 二条のとっさの動作で肘がガンマイクに当たりデスクの横で宙吊りになって揺れている。

 デスクの脚とマイクがコツコツと一定の間隔でぶつかる。

 そのたびに――ザザッザザッ。とPCのスピーカーにノイズが走った。


 「あっ、ごめん。肘、ひっかけちゃった」


 『無線のヘッドセット使ってないのか? あっ、そっか』


 「そう。ここ・・では使えない。このPCだって直接LANケーブルを繫いでるんだから。私ちょっと検査室にいってくるわ」

 

 「ああ。詳しいことがわかったら教えてくれ? 自分の意思でレベル操作できる存在は厄介だ」


 [またまた一条の話を噛み砕くなら。忌具自身で閾値を下げてるわけじゃなく。忌具の閾値を下げることのできる者がいる。あるいは忌具の閾値を下げることのできる忌具ものがあるってことだ]


 「わかりました」


 『おっさん。俺の話をいちいち変換しなくても二条には通じるから。って忌具もこうなると忌具ものかアヤカシかの境界線が曖昧になるな』


 [忌具の定義を再考しなくてはならないかもな。世界基準ごと]


 そういった鷹司の――う~ん。と唸る声がつづいた。

 困惑のニュアンスを含みながらもどことなく余裕もある。

 これももちろん官房長という役職で培われたストレス耐性によるものだ。


 『二条。それとバシリスクの出現日数がずれた理由の調査も引きつづきたのむ』


 「ああ、それに関してはおおむねの結論は出てるのよ。バシリスクが日本にきたというよりも早くくるように仕向けられたっていえば早いかな」


 [二条くん。それはどんな手段で?]


 鷹司は一条よりも大きな声で話に割って入ってきた。


 「それは、まだ判然はんぜんとしない状態で。ただ……」


 『解析部もプロだ。完全な結果が出たときに報告を頼む』


 一条はここで二条の話を遮った、それは一条が当局の各々おのおのの部署に信頼を寄せているからだ。

 それぞれの部署においてそれぞれ役割があり各々おのおのがプロの仕事をする。

 だから他部署に首を突っ込んだりはしないのが一条の信条だ。

 ただし自身が席を置く外務省主導の案件ならば他所部署を荒らすこともいとわないのがたまきずだった。


 「九久津毬緒がなにかしらの事情を知っていると私は睨んでいます」


 二条は鷹司にいった。


 [九久津家の次男坊か?]


 『それはおまえの勘だろ? 九久津毬緒の現状は?』


 「一昨日までずっと眠ってたみたい。ただそれは怪我によるものではなく疲労からきたものらしいけど。今日初めて診察室で診察するって」


 『九条が、か?』


 「そう。私もあとで院内のほうもいくけど」


 『なら、あとで九条に電話してみる。俺も聞きたいことがある』


 「国外そとのほうはどうなってるの?」


 二条の声が真冬の朝のように引き締まった。


 『一言でいうなら複雑怪奇ふくざつかいき


 一条の口調もどこか硬くなった。


 「縺れあってるってこと? ここ六角市との関連性は見つかったの?」


 『まだだ。けど関連性がないとはいえない。バタフライエフェクトかもしれねーし。蝶の羽ばたきが地球の真裏で嵐を起こすこともあるんだから』


 「曖昧ね」


 『それくらいややこしいんだよ。スクラッチくじみたいにすぐに結果は出ねー。海外といえばオフレコだけどバシリスクが退治されてフランス当局で小規模な人事異動がある』


 「また話がとんだ? まあ二年前にバシリスクとやりあってたのはヤヌダークだからね。その話の意図は?」


 『フランスの人事だって九久津毬緒がバシリスクを倒したことによるバタフライエフェクトかもしれねーってことさ』


 [この世界は大小さまざまな歯車が噛みあってすべてが連動して動いてるからな]


 『おっさんのいうとおり。ただし歯車がすこしくらい欠けようがどうってことはねー。世界はその穴をまた別の仕掛けギミックで埋めて回りつづける』


 「まあね。正直、この世界の要人ひとりが死んでも世界は止まることはないからね」


 『小さな出来事かもしれねーがそのヤヌダークがトレーズナイツに入閣する』


 「海外の組織体系は日本とは別だものね」


 (トレーズナイツ。フランス大統領直下の十三部隊か。ヤヌダーク大出世ね)


 「ボナパルテは?」


 『ナンバーツーのまま。現状維持』


 [まあ、日本は日本。海外は海外のやりかたがある。それゆえときとして国と国のメンツも衝突する。引くに引けないくらいにな]


 「私たちは自国のためにただ尽くすのみ」


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