第61話 フリーズガーデン

 「なるほど。そういう退治方法ね」


 社はすぐに寄白の意図を理解した。


 「ああ、保健室のシュミレーションどおりにやるだけだ。すでに下僕でイメトレ済み。ただしトドメは鼻より口」


 「えっ、保健室? 下僕?」


 「そう。さだわらし」


 「ああ~沙田くん。仲いいんだね?」


 「な、な、なにを根拠に?」


 「さっきもだけど。あだ名で呼んでるところとか?」


 「そ、それは」


 寄白は慌てながら目の前を飛ぶ虫を払うように手を振った。

 けれど焦っているのは一目瞭然だった。

 それでもすぐに戦闘モードへと切り替える。

 本能的に防御態勢をとった寄白にはわずかな隙もない。


 「雛。今はリビングデッドを退治することに集中するぞ?」


 「うん」


 社は制服の襟元をすこし外側にねじり、内ポケットに収まっていた小さな人型の半紙を人差し指と中指で挟んだ。

 その半紙は裏側が透けるようなペラペラな紙ではなく特殊な材質で作られた高強度の紙だった。

 社のスラっとした指がキメ細かく厚みのある半紙を扇状に広げた。

 それはさながらポーカーようで半紙はぜんぶで八枚あった。


 {{六歌仙ろっかせん在原業平ありわらのなりひら}}={{氷}}


 社の展開した人型の半紙は氷の式神しきがみとなって表面から凍えるような冷気を漂わせている。

 常温との低温の温度差で目に見えるほど白い気体が揺らめく。

 

 「雛。そいつらの口以外の全身を凍らせろ!?」


 「わかったわ」


 八枚の式神は散華さんげのように宙に舞うと、リビングデッド一体一体を狩るように向かっていった。

 小さな半紙は成人男性を包めるほどに広がりリビングデッドをばさばさと包む。

 リビングデッドたちは液体を凍らせる映像を早送りしたように氷の柱になった。

 氷に包まれたリビングデッドの顔からミシミシと氷のきしむ音がしている。


 ――ピキッ!!


 よりいっそう大きな音を立てて氷の柱にピキピキと亀裂が走っていった。

 まるで氷山が崩れるようにリビングデッドの口元の氷だけが落ちた。

 氷は目出し帽のような形になって、ただ開けっ放しの口がある。


 一般的の成人ならば親知らず含めてぜんぶで三十二本の歯だが、リビングデッドの口腔内はボロボロで残存歯が十本にも満たない者や、乱杭歯らんくいばの者までさまざまだった。

 これはリビングデッドが生前どんな生活をしていたのかは関係なく、あくまで鋳型に負力が入ったアヤカシだからだ。

 

 リビングデッドがちょろちょろと舌を動かすたびに硫黄のような腐敗臭がする。

 氷の中でもキョロキョロと目を動かしている者や、反対に眼球がなくなにが起こっているのか理解していない者もいた。

 とある一体にいたっては頭が空っぽになったように虚ろにポカンとしている。


 「よし!!」


 寄白はイヤリングを握ったまま可動域限界まで腕を伸ばす、そこでイヤリングが瞬いた。


 {{グレア}}


 八本の太い光の棒が空中で規則正しく整列している。

 寄白がイヤリングを動かすと光の棒一本一本がそれぞれ独立し、一本一本に担当があるようにリビングデッド一体一体に狙を定めた。

 振り下ろす腕が合図となって光の棒はリビングデッドの口元めがけて高速で飛んでいった。

 的を射る矢のようにリビングデッドの開きっぱなしの口につぎつぎと進入していく。

 光の棒はリビングデッドの首のうしろまで貫通して、氷柱をも突き抜けた。

 つぎの瞬間リビングデッドの頭部は液体窒素に浸した薔薇を握るように――ボンっとぜた。

 頭部を失ったすべてのリビングデッドは氷にくるまれたまま完全に停止している。


 社はすかさずつぎのアクションをおこす。

 ふたたび八枚の半紙をシャッフルするようにしてくうへと放った、それは打ち上げ花火のように拡散していった。


 {{六歌仙ろっかせん文屋康秀ふんやのやすひで}}={{炎}}


 半紙は炎の球となってフワフワと宙を泳いでいる。

 炎の式神は導火線に着火したようにリビングデッドの節々を結ぶいと一本一本を伝う。

 ちりちりと進む火が氷の内側まで侵入してリビングデッドの節々で火の手をあげた。

 すでに朽ちているリビングデッドの肉体がさらにただれる。

 

 熱の影響でいとがリビングデッドの節節ふしぶしを締めつけていく。

 灼熱しゃくねつの炎によってリビングデッドを包む氷も溶けはじめ噴火口ふんかこうのようにジュワジュワと水蒸気が立ち昇る。

 リビングデッドは体の節々を断ち切られ融解した氷とともにボンと飛び散った。

 花壇にはリビングデッドの欠片が無造作に散乱していて細切こまぎれの肉片からも腐敗臭が放たれている。


 「美子。これでいい?」


 「ああ、充分だ」


 (雛は六つの自然属性の式神を操る。でもあの怪我から能力ドール・マニュピレーターの精度が落ちたな)


 「あとはこの破片をどうするかよね? 完全に燃やす? それともイヤリングにれる?」


 ――そうだな。寄白が口を開きかけたときだった。

 花壇で転がっていた、とあるリビングデッドの肘から下の腕が寄白の顔をめがけて飛んできた。


 「美子。危ない!?」


 ボロボロでありながらも爪を立てたリビングデッドの指が寄白の鼻先スレスレで浮いている。


 「なっ? あぶなっ……」


 不思議に思った寄白は社の手元へと視線を移した。

 細かい蜘蛛の巣のような弦がリビングデッドの腕を食い止めていた。

 

 「美子。大丈夫?」


 幾何学模様に張り巡らされた弦の網目からリビングデッドの指先がいまだ軟体動物のようにうごめいている。

 しばらくするとリビングデッドの指の先から土や花びらがボロボロと落ち、それと同時に動きも止まった。

 寄白は社の機転によって無傷ですんだ。


 「ああ。でも、どういうことだ。どうして腕単体で動ける?」


 「さ、さぁ? あっ!?」


 社は社の立っているその角度からでしか見えない仕掛けに気づき声をあげた。

 それはリビングデッドの腕の切断面にリビングデッドの脳の一部が移動して腕を操縦するように食い込んでいる光景だった。


 「美子。このリビングデッドは頭部を破壊される前に脳を腕に移動させたのよ」


 「ムチャクチャするな。でも、リビングデッドがそんなことするか? そもそも腐敗してるはずの脳にそんな思考があるのか?」


 寄白と社はたがいに見合って同時にうなずいた。


 「そっか。グールが一体混ざってたんだ」


 寄白は手の甲で目の前のリビングデッドの腕をいとごと払った。

 リビングデッドの腕がグワンっと後退する。


 「そういうことね。グールならリビングデッドと違って低い知能を持ってるから」


 「リビングデッドかグールか見かけでは判断できないからな。雛、助かったよ」


 寄白は右耳の中央のイヤリングをかざした。


 {{ツインクル}}


 イヤリングが瞬き、いくつかの小さな光の球体がリビングデッドの腕をめがけて高速で旋回して飛んでいった。

 いとの中にあるリビングデッドの腕は多方向から飛んできたコマのような光にギュルギュルとえぐられて、そのまま粒子のように消滅した。


 「これで本当にぜんぶ退治したよな?」


 「うん。私のいとにもなんの反応もないし」


 「そっか。雛、今回の件は報告書出しておくか?」


 「そうね。グールの知能が上がってきてる可能性もあるし」


 「最近は六角市まち自体の様子もおかしいからな……」


 寄白は手に持っているイヤリングを天に掲げた。

 リビングデッドの欠片が気体となって黒い十字架の中に吸い込まれていく。


 「美子。リビングデッドを封印するのって気持ち的にイヤにならないの?」


 社はその状況に拒否反応を示し眉をひそめた。

 細く整った眉を下げても美人は美人のままだが、反面無機質でもあった。


 「別に本物の死体を封印してるわけじゃないし。リビングデッドという種類のアヤカシを封印してるだけだからどうってことはない」


 寄白はきっぱりいい切り紫煙しえんを吸いこむ機械のようにリビングデッドの負力の吸引をつづけた。


 「まあ、根本を考えればそういうことになるわね、鋳型によってできた躯体くたいを壊しただけだものね? そう思えば気持ち悪さも減るかな」


 「まあ、これは私だけの能力。他人にこの感覚は理解できないだろうな」


 「そうね。私の能力も私にしか理解できないし」


 社はそこで寄白をチラチラと見はじめた。

 そしてちょうど三度目のときだった。


 「と、ところで九久津くんは元気?」


 社は声を弱めた。


 「ああ。相変わらずだな」


 寄白が返すと、十字架のイヤリングはちょうど負力の吸収を終えたころだった。

 凸凹でこぼこの土の上で無残に倒れている花たちの全貌がようやく明らかになった。

 リビングデッドが荒らした跡があちこちに残されている。

 ただリビングデッド自体は負力となって寄白のイヤリングに吸い込まれたために、体躯の大部分は消えていた。

 俯瞰で見てもそこはただ荒廃した花壇であって、アヤカシか踏み荒らした跡だとは思えない。

 寄白は周囲を見回してから溜息をつき、瘴気で黒光りしたイヤリングを耳に戻した。


 「こんなに荒れた花壇になるなんて。整備が必要だな」


 「あとで当局が復旧の手続きをするはずよ。それに解析部の調査も入るかもね」


 「だな。……雛、九久津になにあるのか?」


 寄白は乱れたポニーテールを整えながら深い意味もなく訊いた。


 「や、やっぱり、まだ……」


 寄白は社の言葉の途中で事態を察した、それは九久津への心配りだと。


 「バシリスクのことか?」


 「うん」


 社は深刻そうでありながら物憂げに寄白を見る。


 「九久津からあの出来事が消えることはない。ただ……」


 寄白は言葉を飲み込んだ。


 「ただ、なに?」


 「バシリスクを倒せばなにかが変わるかもしれない」


 「……バシリスクって二年前にフランスで姿を見せてから消息不明なんでしょ?」


 「みたいだな。ヤヌダークがとり逃がしたって」


 「フランスの能力者でもトップ二十には入るのにね」


 「まあ。相手は上級アヤカシだ。そういうこともあるさ」


 「そう……よね……」


 「とりあえず戦闘は終わったんだ。亜空間を解除しよう」


 「私がするわ」


 社が天に向かって手をかざすと、六角ガーデン全体を包んでいた曇りガラスのような球体が透過していった。

 辺りには六角市の青い空と本来の景色が広がっていた、ただしこの花壇だけは無残な姿のままだ。


 「雛、九久津は雛の怪我の心配もしてたぞ」


 「ほ、ほんと?」


 社は、今日いちばんの笑顔を見せた。


 「ほんとだよ」


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