第60話 リビングデッド

 「美子。どう、そのリボン?」


 「あいかわらずの封力ふうりょく。雛のお父さんにもう一度お礼をいわないとな?」


 寄白は真っ赤なリボンで髪を結いポニーテールを作っていた。


 「いいのよ。それがお父さんの仕事なんだし」


 「さすがは六角神社の第三十一代目宮司ぐうじ


 「筆を扱ってるうちに【付喪師つくもし】の能力が開花したそうよ。今回のリボンは旧字体だから前のリボンよりも負力を抑える力は強いってさ」


 「そもそも文字に思念を入れるなんて簡単にできるわざじゃない」


 「でも神社と筆はセットみたいなものだし。それにしても美子。赤いリボンがいいなんてどうしたの?」


 「た、たまにの気分転換だよ。リボンなんてしょっちゅう新調するわけじゃないんだし。今回だって真野絵音未にやられてなけりゃずっと白いリボンを使うつもりだったんだ」


 「本当に?」


 「ほ、本当だよ。他にどんな理由がある?」


 寄白は子どもが黙って冷蔵庫のおやつでを食べてしまったようにうろたえた。


 「う~ん。思い当たる理由は、あんまり古いリボンは使いたくないって女心かな?」


 六角市にいるもうひとりの高校生能力者である社雛やしろひなが、寄白の顔をふっとのぞきこんだ。

 寄白は同極の磁石のように顔を逸らしつづけている。

 その行動は寄白が心を読まれまいと避けているようにしか思えなかった。


 「わ、私がそんなことを気にするとでも思ってるのか?」


 「今までは思わなかったけど……。でも新しい出逢・・いがあったから」


 「な、なんのことだよ?」


 寄白の声がうわずる。


 「沙田くん」


 「バ、バカか。さだわらしなんて。た、ただの変態だ。そ、そう変態だよ。あいつは」


 「へ~どうだか?」


 「あいつには私のリボンなんて目に入ってない。ただ、私のパン……ッ。いや、イヤ、そう……イヤリングは気にしてたけどな!!」


 寄白は言葉に詰まりそうになりながらも、ごまかしつづける。


 「ん?」


 社は不思議そうに目を丸くした。

 その表情は、まるで人形のように曇りがない。


 「死者に壊されたイヤリングを三日目にまたしてるんだから、ふつうはそう思うわよね?」


 社は寄白のイヤリングに触れて指先で振り子のように揺らした。

 その流麗りゅうれいな仕草はどこか現実離れしている。


 「けど、お姉がさだわらしにアヤカシの資料を渡してたからどういう仕組みでイヤリングが復活したのかはもう理解してるだろうけどな」


 寄白と社は、車を何百台と駐車してもまだ余るほど広い花壇のかたわらの欧風の真っ白なふたり掛けベンチに座っていた。

 ここは「六角第一高校」と「六角第四高校」の中間地点で六角市の北北西にある六角ガーデン。

 ピンク、青紫、黄色のセイヨウノコギリソウ、ムスカリ、ノボロギグの花の絨毯じゅうたんが景色を彩っている。

 ヤグルマギクにいたっては青紫の大輪の花を咲かせていた。

 そんな花のもとには多種多様な虫たちも集まってきている。

 

 ただ花の見ごろであるのにもかかわらず、ここには寄白と社以外の人は存在しない。

 雲ひとつない青空、そんな天気であれば六角ガーデンはレジャーに相応ふさわしいはずだがここからはまったくとっていいほど空は見えない。

 それどころか六角ガーデンは球状の曇りガラスのような物質で覆われている。


 ベンチ前の大きな通路をかぐわしい風が吹き抜けていった、その風を追うように微風も駆ける。

 小さな風はなにかを呼び起こすように生暖かかった。

 しばらくすると花壇の周辺やベンチの近くに生ゴミの腐ったような臭いが漂ってきた。

 臭気はだんだん強まりツーンと鼻を突くほどに刺激的な腐臭ふしゅうに変わる。

 芳香剤のような花の匂いがその腐敗臭をよけいに際立たせた。


 「美子。きたわよ」


 社はベンチからさっと立ち上がると、すぐにしゃがんで両手を地面に置いた。

 手のひらから細い紐のような物体が現れシュルシュルと土の中へと潜っていく。


 「雛、何体だ?」


 寄白は真新しい赤いリボンでポニーテールをきつく結び直している。

 腕の振動で両耳のイヤリングがグラグラと揺れている。


 「う~ん。今、私のいとに触れてるのは四体だけど? 底にもう四体……か……な?」


 花壇のある一点が砂の山のようにボコっと盛り上がった。

 あちこちでそんな小さな山がぼこぼこと現れる。

 花は茎の根元から真横になぎ倒されて、花壇全体が見る見るうちに整備不良の道のようになっていった。

 まるで丘に献花でもしたように土の上に花が散乱している。


 ――ぼろ、っと丘の天頂を突き破ってきたのは人の手だ。

 ただし爪はボロボロで指の先も黒く変色している。

 手はなおも地上をめざして伸びてくる、肌の一部は腐り骨まで見えていた。

 亡者が冥府めいふに引きずりこむような手がつぎつぎと土を破ってくる。


 洗髪をおこたり脂ぎった頭皮とツヤのないパサパサの髪、ゴミや埃、血にまみれたような頭部も土の中から顔をのぞかせる。

 顔面には生前の面影はなく、そもそもパーツがずれている者や、パーツさえない者までいた。

 地下から顔をのぞかせたどれもが性別も年齢も判別不能だ。

 土から這い出てきた集団は腐敗臭をまき散らしながらゾロゾロと花壇にならび立った。

 寄白と社に狙いを定めてベチャベチャと音を鳴らし歩きはじめる。


 「リビングデッド」


 寄白もようやく髪を結び終えて臨戦態勢に入った。

 合計八体のリビングデッドが四方八方からのっそりのっそりとベンチを囲んでいく。


 {{影縫かげぬい}}


 社は体を軽やかに百八十度回転させて空中で編み物をするように手を動かした。

 八体のリビングデッドの足元には目視できないほど細かな線で描かれた五芒星がある。

 リビングデッドは泥濘ぬかるみにでもはまったように身動きがとれなくなっていた。

 もとから動きの鈍いリビングデッドは腐敗臭を漂わせながら掴めもしない餌を手繰たぐりり寄せるように上半身だけをノロノロと動かしている。

 

 ――カァッ。クァー。リビングデッドから空気が抜けるような言葉にならない異音がしている。

 社はさらに指先であやとりするようにして立体的な形を描いたあとに両腕を指揮者のように動かした。

 八体のリビングデッドの首元と四肢、生前せいぜん関節だった個所のすべてにテグスのようないとが巻きついていた。


 「五芒星ほしで動き止めて体を縛る。あとは内部から破壊だ!!」


 寄白は右耳のいちばん端の十字架のイヤリングを手にとった。

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