第19話 ポテンシャル

 俺はあの怪奇体験をしたあと、いったん二年B組にーびーの教室に戻り帰り支度をして生徒玄関から出た。

 いまだになにがなにやら現実なのかよくわからん。

 ただ俺は今九久津と一緒にいる。

 すこしだけ空の色が薄れてきた黄昏時たそがれどき、俺らはバス停に着くまでしばらく無言だった。

 俺がゆっくり歩いてると、九久津はアサシンのように背後に迫ってきていた。

 足音もなくていつの間にこんなに近くにいたのか?ってくらい気づかなかった、いや気づけなかった。

 ただ、俺はこの状況をどうしていいのか持て余してる。


 寄白さんと九久津の関係、九久津がどうしてそんなスピードで俺を追ってきたのか? 四階のこと……考えることは山ほどあった。

 転校以来、九久津とはそこまで深いつきあいってわけじゃないけど、まあまあ良好な関係だった、意外と話しやすいし。

 学校生活でなんかわからないことがあったら九久津に訊くくらいだし寄白さんのいった俺と九久津の「友だち」ってのは案外当りだ。


 俺と九久津のすぐうしろには「六角第一高校前」バス停の数人掛けのベンチがあるのにおたがいに座ろうともせず立ったままだった。

 そういや、ここから俺の「六角第一高校いちこう」ライフがスタートしたんだよな。

 あの朝とは違ってすこし重苦しい雰囲気だけど、いや、あの朝も俺はそれなりに緊張してたか。

 さっきまでのことが……まだ現実なのか夢なのか区別がつかない。

 だからなにを話していいのかわからなかった。


 九久津もそれをどこか悟っていて俺が話すのを待っているようだった。

 背後に伸びる影、もうだいぶ日も落ちてきたな。

 空にはポツポツと星の輪郭が白んでいる、なんかUFOみたいな星もあるし。

 本当は九久津に訊きたいことは山ほどあった、校長に教えてもらうよりさきにさっきのことも知りたい。

 あとは訊くタイミングだけだな、それが今この瞬間だと思った。

 俺が母音を発音したくらいのところで口がスムーズに動いた俺から口火を切った。


 「あ、あの九久津。さっきの場所ってどこなんだよ?」

 

 俺がそういうと九久津は一瞬驚いたようにしたけどすぐにはにかんだ。

 きっと待っていてくれたんだと思う。


 「あれは学校の最上階。で、美子ちゃんがいったように校舎の四階」


 「四階……?」

 

 「ほら見て」

 

 九久津が振り返り校舎を指さした。

 俺もその方向を見る。

 なんの変哲もないただの校舎があった。

 ――一般的な高校と「六角第一高校いちこう」の校舎との明らかな違いはどこでしょう?と訊かれても俺が今見ている校舎は本当にどこにでもある校舎だからまったくわからない。

 

 「六角第一高校うちの学校って長方形の長い窓が三つ縦に並んでるだろ?」


 「ああ。今ここから見てもそうだけど」

 

 「その部分だけを見ると三階建て校舎に見える・・・造りになってるんだよ」


 上手い店頭販売みたいな感じでいわれると妙に納得してしまう。


 「あ、ああ、なるほど」


 「でもじっさいは縦並びに目視すると長方形の小さな窓があって、大きな長方形の窓があってまた小さい長方形って配置で並んでるんだ」

 

 「えっ、あっ、ああ……? ああ……ん?」


 俺は首を左右上下に動かして校舎を確認したけどいまいちピンとこなかった。

 それを察した九久津は――そのところどころにハメ殺しのダミー窓があるんだ。と足した、でも、俺はまだわからない。


 「えっ、でも校内から外を見ればすぐにバレるだろ?」


 「いいや」


 九久津は強く横に首を振った。


 「校舎から見る景色には遮る箇所がないようにしてあるんだ。簡単にいえば、一枚に見える長方形の窓の中にも透過部分とダミー部分があるんだよ」


 九久津はスクールバッグからノートをとりだしそのまま屈んでベンチの上で開くと自然に閉じようとうとするページを上から強く押して閉じないようにした。

 スクールバッグが開かれたままで中が見えている。

 そこにはたくさんの健康食品がつまっていた。

 こんな量どうすんだよ? 悪いとは思ったけど見入ってしまった。


 【ヤマアラシのアラシ・・・から抽出した高濃度のアラシがお肌のれも生活の乱れも改善します】


 ヤマアラシのアラシってなんだよ!?

 結局荒らすのか? 荒らさないのか? だが人の心をくすぐるキャッチコピーだ。

 あっけにとられたけど、九久津はやはり健康オタクだったのか?と、妙に納得もした。

 九久津はノートの中の白紙ページを探していて今もトランプをシャッフルするように規則正しくノートをペラペラと捲っている。

 ほとんどのページは書き込みの跡で真っ黒だった、本当によく勉強してる。

 俺を追ってきたときのような身体能力もあるし、頭も良いし、それに顔も良い、スゲーポテンシャルの高さだ。

 

 ノートに余白はほぼ皆無で最終ページ付近になってやっと白紙のページがあった。

 九久津はそこでピタっと手を止めると、また真上から圧力をかけてノートを閉じないようした。

 ノートはきれいに開かれたままで止まっている。

 スクールバッグから筆箱を出してシャープペンをとり見開きの右ページに正方形の簡易図形を書きはじめた。

 九久津はそのあともしばらくものすごい量の図形と線、それに数字と文字を書きつづけた。

 俺は今スクールバッグの中ではなく九久津のノートのページを見ている。

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