第13話 挙動不審

 ――ぐん。と人の動く気配がした。

 な、なんだ? 寄白さんはスカートを翻して走りだすと人体模型の進行方向のはるかさきに滑り込んでいった。

 そこで片方の手のひらをつき、その反動で――びゅん。と立ち上がって体を反転させた。

 そのまま両腕を組んで両足を開き仁王立ちしている。

 い、今のスピードって人間離れしてる……よ……な?


 「おい人の話聞いてんのか?」

 

 寄白さんは怖れ知らずに人体模型の前方を塞いでいた。

 こ、怖くないんでしょうか?


 「うぉぉぉ!! ぶつかるぅぅ!?」


 人体模型は両足で急激にブレーキをかけてスピードを緩めた。

 トップスピードを殺すことには成功したけれど理科で有名な慣性の法則が発動して内蔵パーツが前方に飛び散っていった。


 寄白さんの体に樹脂の膵臓・肝臓他ないぞうがぱらぱらとぶつかる。

 だが寄白さんは顔色ひとつ変えずに冷静だった。

 俺はこの闇の中でも寄白さんの肌の色までがわかる、それに九久津の肌の色だって見えている。

 なんなんだろうこれ? 九久津は黙って腕を組んでいて人体模型の様子をながめている。

 声かけづらっ!? 

 九久津ってなんか砕けた感じのときでも隙がないというか完璧というか。

 イケメンだからか?


 「やっと止まったか。あんまり私を怒らせるな!!」


 な、なんと、寄白さんが人体模型に説教くれてる!?

 ど、どうしてあなたはそんなに無謀なことができるのですか? 不思議っ娘は怖い物知らずか!!


 「すいやせん。お嬢」

 

 人体模型が頭を下げると残っていた内蔵のパーツもバラバラと落下した。

 廊下をカランコロンと転がる樹脂の臓器たち、臓器っていったって偽物だしハメこみ式のパズルみたいな模型だしな。


 「最近あっしら自分を制御できない事態になってやして。パオォ!!」


 「うるせー言い訳はやめろ? 黙って理科室に戻れ!!」

 

 「そんなにキツくいわれると胃が痛むでやんす。あっし意外とストレスに弱いでやんすよ~」

 

 「へ~ストレスね? ……これはどうだ?」

 

 寄白さんはまるでなにかをいたぶるようにして右足の爪先を左右にグリグリと動かしている。

 するとニヤっと口角を上げ不敵な笑みを浮かべた。

 な、なんか怖いよ、その笑いかた。 


 「痛たたたた……えっ?」


 人体模型は胃があったであろう空白の部分をおさえながら寄白さんの足元をのぞき込んだ。

 俺もつられて寄白さん足元に目をやる。

 えぇぇぇー!!

 よ、寄白さんが上履きで人体模型の胃を踏んでるぅ!?

 おっかねー!! 

 な、なんて怖ろしいことを。

 あとで復讐とかされるんじゃねー? 大丈夫なの? 家まで追っかけてきたりするんじゃねーの?


 「このまま胃痛に加えて胸焼けまで起こしたくなかったら理科室に帰れ!?」

 

 寄白さんはそう恫喝おどし、九久津に――アルコールランプって理科室にあったよな?と訊ねる始末だ。


 「あっ、うん。とってこようか?」

 

 今の今まで微動だにしなかった九久津も顔色ひとつ変えずにあっけらかんと答えた。

 

 「さあどうする? “戻らねば燃やしてしまおう胸パーツ”」

 

 寄白さんは語尾を強めた。

 ……な、なんて残酷な。

 じ、人工的に胸焼けを起こす気だ。

 お、女魔王? 女ノブナガだ。

 

 「ヘイ、あっし、ただいま帰りやす。ヒャォ!!」


 どうでもいいけど人体模型って江戸弁なんだな。

 てか、ここにも理科室があるんだ。


 「ヒャヒャヒャヒャ!! なんて速さぁぁ!! まるでなにも身につけてないほどの身軽さぁぁ!!」

 

 人体模型はパーツが落ちて、より軽量化に成功したのか出現時のスピードよりも格段に速く理科室(?)へと引き返していった。

 それはきっと寄白さんへの恐怖からで一刻も早くここから逃げたいという防衛本能だな。

 俺はなぜか人体模型に感情移入していた。

 人体模型くん達者たっしゃで暮らせよ。

 なんとなく応援してしまう。 


 「もう、出てくんなよ!?」

 

 「ヘイ。承知つかまつりました!!」


 「でも、ときどき顔見せにこいよ?」

 

 寄白さんツンデレかよ、どっちやねん!? アメとむちか? 人体模型を待ってるのか待ってないのかわからん。

 

 「ヘイ!!」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る