第10話 L非常階段

 放課後それは学生に与えられた自由の象徴。

 イッツ・ア・フリーダム!!

 ああ~心臓がバクバクする。

 この鼓動をかんじている俺と――《あっ、心臓がバクバクしてる俺がいる?》を客観的に見ている俺がいるようだ。

 体と魂が分かれたかんじ? 自分がふたりいる感覚といえばいいのか? 頭になんの情報も入ってこないそんな自覚もある。

 過ぎる風景は認識できてるのに記憶に残らないような……。

 こ、これが俗にいう心ここにあらずか……? 寄白さんが待っていてくれてる期待がハンパない。


 「六角第一高校」の校舎内の両側には非常階段が存在していた。

 左側にあるのがL非常階段で右側にあるのがR非常階段だ。

 今回はL側なので二年B組にーびーの教室から二年C組にーしー、家庭科室、備品室を挟んですぐに着く。

 時間がスローモーションのようだ。

 俺は過度な期待を胸にL非常階段へと向かった。

 これでなにかを期待するなというほうが難しい……。

 災害時には生徒を二分して避難させることができるという理由で校舎の両端に位置している非常階段。

 パンフで読んだから間違いない、ってこういう部分だけを入念にチェックする俺もどうかと思うけど……塩のことも書いてあったのか? 避難経路の一極集中を避けるためにスプリンクラーも多めに設置されている。

 俺ら生徒にとっても防災意識が高いのはありがたい。

 

 手のひらに汗が滲んできた、もう着くな~。

 L側非常階段では体の前方で手を組んだツインテールの寄白さんが静かに立っていた。

 やっぱりかわいいな~おとなしくしてるとなおさら。


 「お待ちしておりました。こちらでしてよ」


 「あっ、はい」


 寄白さんは華奢きゃしゃな腕で非常階段の端にある重そうな扉を開いた。

 そ、そんな細い腕で。

 俺にいってくれれば開いてあげたのに。

 って、こんな場所に勝手に入っていいのか? ふつうはダメだと思うぞ非常用の場所なんだから? あ、あれっ!? 非常階段がない。

 扉を開いたそのさきには避難時に使うはずの階段が存在していなかった。

 代わりにその空間には一枚の大きな門扉が壁に埋め込まれるようしてあった。

 寄白さんは「防火扉」と書かれた鉄製の門扉に手をかけ、そこに備えつけられていた車のハンドルのようなレバーを右に数回左に数回回転させた。


 壁の奥からはいくつもの歯車がギィギィと噛み合う音が聞こえた。

 ――カチャっと開閉音が鳴った。

 俺はその音で完全になにかが開いたと確信した。

 寄白さんはカラクリ仕掛けのような扉をゆっくりと開く。

 寄白さんの顔を見ると体全体に力が入ってるのがわかった、その扉ってけっこう重そうだもんな。


 「さあ、どうぞ」


 「あっ、うん」


 なんだここ? すごいセキュリティだな。

 けど、こんなに複雑な仕組みでこの扉なら緊急避難のときに時間がかかるんじゃ? 逃げ遅れそうな気もするけど……。


 「……なんかすごいね? この扉……」


 ダミーの扉とかなのか? この造りならやっぱり災害時には逃げ遅れるよな? あっ、でも、発想を変えるとここに逃げ込みさえすれば外からの危機を防ぐにはいいかもしれない。


 「ええ。いろいろと守護まもらなくてはいけませんので……」


 俺がそこに入ると寄白さんはまた重そうにしながらその扉を閉めた。

 

 「そうなんだ」


 締め切ったこの中は薄暗くて奥には踊り場のような場所が見えた。

 かずかだけど、小さな窓のようなところから日の光が注いでいるような気もした。

 ……ん? 窓じゃないかもしれない。

 最上階までは一本の太い鉄柱が一直線に突き抜けていて、そこにまとわりつくようにして傾斜のきつい螺旋階段があった。

 これが本当の非常階段か。

 長年使ってなかった物置のようなにおいがする。

 当然、人気ひとけもないし埃っぽくもかんじた。

 校内にどうしてこんな時代錯誤の螺旋階段が……? さっきの門扉といい、こんなまどろっこしい造りにする必要はないのに。


 俺をよそに寄白さんは慣れたように階段をグルグルと上りはじめた。

 コツンコツンとやけに靴音が響いている。

 音の出発点が足元だとしたら、やけに遠くまで飛んでいくかんじがする。

 寄白さんは俺よりもすこし高い場所で立ち止まって俺を見下ろしていた。


 「ついていらして?」


 「えっ、あっ、はい」


 俺も寄白さんを見上げて答えた。

 戸惑ったけど手すりを伝ってゆっくり一歩を踏み出す。

 手のひらにまったく埃がつかない、ってことは日常的にここを使用してるって証拠だ。

 なんとなく不安な気持ちになってきたけど、ここは楽しいことでも考えて気をまぎらわそう。

 俺のキメ角度左四十五度で、もう一度寄白さんを見上げる。

 なにかが見えてる!? が、よくわからない。

 ただ俺はなんて締りのない表情をしてるんだ。


 俺の左四十五度って、ぜんぜんキメ角度じゃないな。

 こんなに薄暗かったらパンツは見えないか~悔しいっす。

 不安を空想パンツでごまかしながら螺旋階段を何度も回転しているとやがて方向感覚も薄れて、もう何段上がってきたのかわらなくなった。

 寄白さんの三半規管はすごいな~、でも、寄白さん七不思議製作委員会の集会のとき


 ――わたくしこの前【初段とは厳密には一段目のことではないのですのね?】と思っていましたら五段目のような七段目でしたのよ?――


 ってわけのわからんことをいってたけど、この螺旋階段を上っていればそんなこともありえるのかもしれないと思ってしまう。

 こ、これは俺、異次元にでも連れてかれるのか?

 あっ!? 俺が「シシャ」の正体を知ってしまったからか~。

 俺はやはり歴史の闇に葬られるのか、って「シシャ」の正体は寄白さんに教えてもらったんだからそれが原因で狙われるのはおかしいな。

 体がすこし汗ばんできたころ、ようやく螺旋階段の天辺てっぺんに着いた。

 これは部活の筋トレか? そこにはまた頑丈そうな鉄製の扉があった。

 ああ~頭がクラクラする。

 俺の中身が出ていったかんじ。


 「さあ、どうぞ……」


 そういった寄白さんの呼吸にはなにひとつ乱れがなかった。

 やっぱり慣れてるんだ。

 てかずいぶん鍛えられてるな~。

 さっきと違って、ここの門扉はスライド式ドアだったみたいで簡単に開いた。

 下の階はスゲー重そうな扉だったのに、ここは見かけ倒しで簡単に流れていった。

 薄暗い場所から急に明るい場所に出たから光の刺激がキツい、俺は反射的に目をつむってしまった。

 

 ――ガシャン。


 ……ん? ああ、寄白さんが扉を閉めたのか。

 しだいに光に慣れると、そこは俺ら二年B組にーびーの教室があって二階と同様の造りだった。

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