なんでこうなった?

「くっ!」

一瞬の苦痛の後、視界が完全に戻る。


身体に異常はないようで、この手の夢を見た後特有の体のだるさもない。

むしろフワフワとした感触が全身を覆い、とても安らかだ。


指には弾力のある何かが吸い付くようで、力を入れると。

それがムニュリと形を変えた。


「あん! ディーン様、そんな……」

見ると、シスター・ケイトのハーフパンツ中に俺の左手が滑り込んでいる。

はて、なぜ俺は彼女を抱きしめて寝ているんだろう?


その形の良いお尻から、慌てて手を離す。

あのムッチリとした手触りは、どう考えても素肌直だった。


「あの、突然だからおどろいただけでして。どうぞ続きを!」


シスターはそう言うと、俺の背中にまわしていた手に力を入れ。

自分の太ももをグイグイと俺の脚の間に差し込んできた。


柔らかくて素敵なものが、あちこちに当たったが。

なんとか俺は魅惑の寝技から逃げ、ソファーから抜け出し、状況を確認する。

「なんでこうなった?」


「その、ディーン様がソファーに倒れ込んだときに。

あたしを押し倒して…… そのまま寝ちゃったんで、起こすのも悪いですし。

その、ギュッとされて嬉しかったんで……」


照れながらポツリポツリと話すシスターの仕草も破壊力が高くて、いろいろ問題だが。これがマーガの狙いだとしたら…… それはそれで問題があるか。


待合室の窓から差し込む日差しの角度から、暦を逆算して時刻を割り出しても。

寝ていたのは、1刻程度だろうが。


「シスターはずっと起きてたのか?」


「いいえ、途中でちょっとだけ寝てました。

あっ、そしたら子供の頃ディーン様に会った夢を見たんですよ。

あたしは小さかったけど、ディーン様はそのままでした。

――夢って不思議ですね」


押し倒したのが俺なら彼女を責めるわけにはいかない。

俺が不覚をとったのと、マーガの狙いがあったのが原因だろう。


「とにかく、すまなかった」

ついついさっきまでシスターのパンツに突っ込んでしまっていた、左手を眺めてしまう。すると、左目のマーガが残滓を確認するように、薄く輝き。俺の脳裏に焼き付いた記憶と合致する。


「この波動は……」

やはり見覚えのある魔力波動が手のひらで踊っている。


「ディーン様どうされたんですか?」

ソファーに座り込んだまま、可愛らしく首をひねるシスター。


「いや…… しかしなぜ俺の手のひらに、これが」


俺が昨夜のことを思い出しながら、悩んでいると。シスターは俺の頭上を確認して、ゆっくりと立ち上がり。少しモジモジしながら後ろを向いて。


「ディーン様、よく分かりました! どうぞお調べください」


意を決したように勢いよくハーフパンツを下ろし。可愛らしい白パンツに包まれたお尻を突き出した。なぜこうなったか、さらに悩んでいたら。ガチャリと音がして待合室のドアが開き。


「ね、ねえ? こんな場所でなにしてんの。

もうすぐ信徒さんも来る頃なんだけど……」

司教服に着替えたナタリー司教が、こめかみを引きつらせて佇んでいた。



ねえ、ホント……

――何をしてるんでしょう? 俺。



++ ++ ++ ++ ++



不思議なことに…… そう、考えられないことに。

教会に追っ手が来ない。


シスター・ケイトは、この教会にいると陛下は言っていたし。

俺が帝都で逃げ込むとしたら、ここかマリスの屋敷が最初に疑われる筈だが。


「外には、怪しい人影もないんだな」

転神教会の修道服に着替えたジェシカに確認する。


ボロボロだった前の修道服では、いろいろと不味いだろうと。ちょうど背格好が近かったサラの予備の服を借りたらしいが。あの子の胸もかなり大きかったから、一部サイズが合わなかったようだ。


「ああ、なぜか分からんが。どこを探しても、それらしいヤツがいない」

ブカブカの胸元を気にしながら、そう答えた。

夏服は首元が開いているから…… チッパイにはチッパイの危機があるのだろう。


今もジェシカは確認のために、しゃがみ込みながら門の外をうかがっていたせいで。形の良いおっぱいが、アレでソレだ。

俺が視線をそらすと、ジェシカは不思議そうに自分の胸元を除いた。



当初の作戦では、いちどこの教会に逃げ込み。包囲されたら『条件』を提示して、帝国の追っ手と交渉するはずだった。


そのためナタリー司教をはじめ教会のメンバーには。安全のため、地下の倉庫に避難してもらい。俺とジェシカの2人で、正門の前にいるのだが……


「俺たちを泳がしている? いや前後関係も明白だし、特にやつらが欲しい情報もないだろうから、それはあり得ないか。となると」

考えられるのは、別の場所でなにかが起きていて。

俺たちを後回しにしているか、その件に係わってほしくなくて放置してるかだ。


「エマやジュリーたちが危ないかも知れない。ジェシカはここでシスターたちの護衛をしてくれないか? 俺はこれから、マリスの屋敷に行ってみる」


ジェシカは、また少しかがみこんでから頷き。

「任しといて! あっ、これサービスだから」

パープルの瞳を細め、ニコリと微笑んだ。

ついつい胸元からチラリと見える形の良いおっぱいに目が行ってしまったが。



サービスなのは護衛なのかおっぱいなのか……

――悩んでも、回答は出なかった。



++ ++ ++ ++ ++



休息はあまりとれてなかったが、マリスの屋敷まで走っても。以前のように膝が笑ったり、疲れて息があがったりすることがなかった。


最近増やしたトレーニングのおかげか。

ホルスターに突っ込んであるマーガの半欠けのせいか。

「どちらにしても、ありがたいことだ」


豪華な屋敷の正門にあった、呼び鈴を押して。

呼吸を整えながら、強くなり始めた夏の日差しを見上げると。


――まっ白な子ブタが空を飛んでいた。

どうやら体力は若い頃に戻ったが……

脳みそに、ダイレクトに疲れが行ってるのかもしれない。


「下僕よ! 間に合って良かった。今朝の通信を聞いていてもたってもおられず、飛んできたが。帝都の教会で話をしたらここじゃと言われてな!」


紫の『じゃーじ』を着た黒髪の美少女が。

一本の小さな角と翼の生えた子ブタに乗って、そうしゃべった。


「どちら様でしょう?」

変な幻覚かもしれないが、一応聞いてみる。


「阿呆! こんな可憐な美少女が、そうそうおるわけなかろう。

まさかこの暑さのせいで、自分のあるじを忘れてしまったのか?」


そう言って美少女は子ブタから降ると、トコトコと歩いて俺に近付いてきた。

いつもの癖でついつい頭をなぜると、品なく「ニヘヘ」と、笑う。

最近身長が伸びて、少し高い位置にあるが。


うん、この頭が悪そうな顔はリリーで間違いない。


「そいつは何だ?」

こんな珍獣は見たことも聞いたこともない。


「そうじゃった、お主にはまだ話しておらなんだな!

こやつはユニコーンの『シンラ』という。

サイクロンの教会付近の森におった、あの辺の守護獣じゃ! ドラゴン・バスターズを結成したときに、仲間に入れたのじゃが。

まだ幼いが、なかなか見込みのあるヤツでな。

さきほどもサイクロンからここまで、半刻で移動しよった!」


最近ふくらみ始めたささやかな胸を、いっぱいにはって。

のけぞりながらリリーが説明したが。


「リリー、良く聞け!

俺はこれから危険な場所に踏み込むから、お前と遊んでいる暇はない。

それに、その変な生き物はどう見てもブタだ」

俺が反抗したら。


「下僕よ! 主のピンチには我が駆けつける。そう約束したはずじゃ!

それにこの屋敷にはエマとジュリーもいるのじゃろう。なら、やつらは我の大切な団員じゃ、団長がそれを見捨てるわけにはいかん。

それからのう、シンラは…… 幼いがブタではない」

リリーの横で、一画の角をはやした子ブタが「ぶひぶひ」と頷く。


うん、今お前「ぶひぶひ」って言ったよな。


「しかたがない、時間も無いし…… 約束は約束だ。

危険だと思ったら、すぐに逃げて。 ――クライに連絡を取ってくれ。

あいつなら、挽回の手を打てるかもしれない。それからその珍獣だが……」

俺が子ブタに手を出そうとしたら。「ふーん!」と唸って、角で突かれた。


「下僕よ、ユニコーンは純真な乙女にしか触れんのじゃ!

むやみに手を出してはイカン」


リリーになぜられると急に大人しくなり。

子ブタは、頬を赤らめながら嬉しそうに目尻を下げた。


ああ、その顔はどう見てもエロい中年オヤジだ……

――親近感と、いらだちが同時にふつふつと胸に沸く。


「リリーがそこまで言うのなら、連れてってもいいが。

……邪魔をするんじゃないぞ!」

白子ブタを、どこかで非難させてやろうと思ったが…… そんな気も失せた。

いつか焼いて食ってもいいかも知れない。


「うむー! で、この中には誰がおるんじゃ。

帝都に下僕を呼び出した阿呆貴族の手下か? それとも財団のやつらか?

真夜中の福音程度なら、我がまた蹴散らしてやろう」


俺はその質問に。

「あの中にはいろいろなヤツがいるかもしれないが。

厄介なのは、陛下だな。いや、その部下になるのか。

踏み込んでみればわかるが、今回の一連の出来事は…… ソフィア・クラブマン皇帝陛下の。

――贖罪なんだ」

そう説明して。呼び鈴を押しても返答がないことで確信を深め。


「じゃあリリー、謎解きに行こう」

俺が門の開錠をはじめたら。


リリーは真剣な顔で俺の瞳を見つめた後、コクリと頷いて、白子ブタにまたがり。ブタがパタパタと小さな翼をはためかせながら「ぶひー!」と叫ぶと。


「ズキューン!」

と意味不明な爆発音響かせながら、屋敷の方向へすっ飛んで行った。



俺はそれを見送りながら、クールに微笑み……

――それぜったい翼かんけーねーだろと、心の中で突っ込んだ。

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