顔面にグイグイきてる
ローラと組んでの戦闘は、何度目だったか。
たしか聖国で初めて出会い、その帰りに巻き込まれた事件で数回。
場数自体は少ないが……
「そっち任せたから!」
その言葉と同時に、ローラの淡い赤髪が朝日の中を疾風のように踊る。
俺はガロウが貯めた魔力をアイギスで一斉放射しながら、オーク兵の応用魔法銃を止めて。怯んだスキに4体を立て続けに切り倒す。
振り返ってローラを見ると。
「こっちも片付いたかな?」
足元に2体のオークと、その指揮官だろう。1体のオーガが絶命していた。
「相変わらず凄まじいな」
俺が思わずそう呟いたら。
「ディーンこそ凄いわよ! たったひとりで、魔力誘導とタンクとシーフを兼ねちゃう冒険者なんて、あたし初めて見た。
これなら2人でS級パーティーが組めるわ。
――きっと相性もいいのよね」
ローラはレイピアをひと振りして血のりをとると。鞘に納めながらパチリとウインクした。
魅惑的なお言葉だが……
辺りには、20を超える魔物の屍が転がっている。
愛をささやき合うには、少々不似合いな場所だ。
俺はクールに微笑み返して……
――散乱した魔物たちの冥福を祈った。
山際に到着するまでに、ローラと2人で撃退した魔物は50を超えただろう。
これならお嬢様の仕事も少しは楽になるはずだ。
「ここかな?」
森のけもの道を上ったあたりで、ローラが腰の剣に手をかけながら聞いてきた。
左目のマーガに
「周囲に敵は確認できないが…… 小屋の中から微量な魔力が感知できる。
――人の気配もするから、当たりだろう」
切り立った斜面に、5メイル四方の木造の小屋があり。
出入口のドアが東に1枚と、南向きに窓が1枚。
俺はローラに目配せして窓際への移動を促し。
ゆっくりと、出入り口のドアに近付く。
「通りすがりの司祭なんだが…… 懺悔は必要か?
――まだ不慣れだが、受けてやってもいい」
返答がなかったから、ドアを開けると。黒マントにドレスシャツを着た20代後半に見える優男が、積まれた丸太の上に優雅に座っていた。
「そんな血生臭い司祭に、なにかを打ち明ける気になれないな……
――しかし、あの品の無い『真夜中の福音』でもなさそうだし。
それは転神教会の正規の服だね…… ひょっとしてキミがディーン君かい?」
俺は笑い返しながら、小屋の中を確認する。伐採用の道具が壁に並べられ、丸太が数本積んであるだけで。室内は閑散としていた。
男の足元には、メリーザが手足を縛られた状態で横たわっている。
意識も有るようで、ケガも特に無さそうだった。
「ああ、勘違いしないでくれ。これをやったのは私じゃなくて、財団のやつらだ。まったく、ご婦人にこんな仕打ちをするなんて。
相変わらずやつらは、野暮で粗暴だね」
男がそう言って指を鳴らすと、メリーザを縛っていたロープがはらりと落ちた。
俺が懐のナイフに手をかけると。
「彼女から話は聞いたよ。
――どうやら空振りのようだから、今日のところは引き返そう」
マントをひるがえしながら、男が立ち上がる。
白銀の髪がゆらりと揺れて、白すぎる素肌と整い過ぎた美しい顔の中央にある……
――瞳が、真っ赤に輝いた。
連動するように、俺の左目が疼く。
「ふーん…… 裏切り者のマーガの気配がすると思ったら。
――そんな所に、欠片が。
もう引き返したかったけど、そうはいかなくなったな」
男の手が無造作に俺の顔に近付いてきたが。身体が、上手く動かない。
「ディーン!」
窓を蹴破って侵入するローラの叫び声に、男が一瞬視線をズラした。
まだ完全に自由は取り戻せなかったが。
強引に体を動かし、男の背にガロウを打ち込む。
「あの御方から話は聞いていたから、侮ったつもりはなかったが。
何百年ぶりだろう、この身に刃を受けたのは」
ローラのレイピアを左手で握り。
俺を睨みながらニヤリと微笑んだ口元には、牙のような八重歯が輝いていた。
「じゃあ、こんなのはどうだ?」
痛みを無視して、追撃のアイギスを打ち込もうとすると。
「やれやれ、やはり今日はもう退散するよ。そうだ、まだ私の名を名乗っていなかったね。私はバド・レイナーと言う、覚えておいてくれ。
……ではディーン君、また会おう」
男は神話に登場する伝説の闇族の名を名乗り。
姿を徐々に黒い霧に変え、壊れた窓から外へ流れ出て行った。
そして左目の疼きと全身を走る痛みが、俺の意識を奪い始める。
「ディーン確りして! ねえ、ディーン!」
ぼんやりとした視界の中で、俺の肩を抱いて騒ぐローラを見て。
ビキニアーマーでそんなに揺らしたら。
爆乳がけしからんことになるだろうと……
――俺は心の中で、クールに呟いた。
++ ++ ++ ++ ++
意識を取り戻すと、俺をのぞき込んでいたのはメリーザだった。
「ディーン、ごめんね。
――目覚めがこんなおばさんで」
微笑む彼女の顔は、年齢不詳で。いたずらっ子ぽく舌を出す表情は。
やはり少女のようにしか見えない。
「大丈夫だったか?」
俺がなんとか声を出すと。
「あらあら、王子様は相変わらず他人の心配ばかりで。
今お姫様たちは、撤退した魔族の残党狩りと。ケガ人の救護に走り回ってるわ。
誰も大きな負傷はなかったみたいだし、あたしも元気。
一番のケガ人は、ディーンかもね」
どこかの村人の家なんだろう。
粗末だがよく手入れされた清潔なベッドの上に、俺は寝かされていた。
ベッドサイドには、おけと濡れたタオルがあり。
メリーザが俺を看病してくれたことを、うかがわせた。
「ここは?」
「あたしの家よ。今薬湯を入れるから、ちょっと待ってて」
椅子から立ち上がるメリーザの腕を、俺は強引につかむ。
「その前に、ちゃんと話を聞かせてほしい」
なぜか、このまま姿を消すような気がしてならなかったからだ。
「もう、今更なによ。
いちど振った女を、これ以上惚れさせてどうするつもり?」
メリーザの少し悲しそうな微笑みに、俺は言葉を無くしかけたが。
やはり心配で手を離すことができない。
だから俺は、思い切って言えなかったセリフを口にする。
「ジュリーは、お前の子供でもないんだろう。あの子も、人造生命体だ」
卑怯かもしれないが、メリーザを救うには……
これ以外の方法が思い浮かばなかった。
彼女はその大きな瞳を驚きに染め。
「なぜ…… そう思うの?」ポツリとそうもらす。
「エマが人造生命体だと知ってから、注意して観察していた。あの子の首のケガも気になっていたしな。
そこで気付いたんだ……
――同じ魔力の波動が、ジュリーにもあることを。
今俺の左目は、そう言った微量な魔力を見ることができる。そして、その波動は他の子どもからは感じられないし。
他の生命体…… 魔物からですら、感じられない特殊なものだった」
俺の話を聞くと、メリーザは。
「ディーンは、やっぱりディーンのままなのね。
……その通りよ。
あの子はあたしの子供じゃなくて、あたしの
何かを確かめるように、ゆっくりとそう答える。
「詳しく話してくれないか? 俺はこんな状況を、放っておきたくはないんだ」
「おせっかいなとこも変わってないね」
メリーザはあきれたように笑うと、やっとベッドの横の椅子に座った。
俺が安心して手を離すと。
彼女はポツリポツリと……
――過去、何が起きたのかを話し出してくれた。
「もう13年も前になるかな? あの森で、魔物に襲われたのよ。
なんとか命はとりとめたけど、賢者会でも通常の生活をおくるほど回復するのは無理だって、さじを投げられたの」
寝たきりになったメリーザの話を聞きつけたキュービが、帝都で応用魔法医師や上級回復師に相談し。
断り続けられたが…… ある日、神学院の医療研究所から連絡を受けた。
「上手く行くかどうかは分からないけど、ある研究を条件に。
――治療を試みてみないかって」
キュービとメリーザは、その話にいちるの望みをかけ。
その条件を飲んだ。
「結果は見ての通り成功したんだけど。問題は、別のところで起きたのよ」
治療後、生活にはなんの問題もなく。むしろ疲れもあまり感じず、ケガやの回復も早くなり、いいことずくめに思えたが。
「5年もしないうちに…… ああ、これは違うって気付いたの。
そうね、話すより。
――実際に見た方が早いかもね」
メリーザはベッドサイドのおけで顔を洗い、丁寧にタオルで拭くと。
俺を見て、困ったように笑った。
「そ、それは……」
どう見ても20代の若々しい女性だった。
「賢者会の回復師に診てもらったら、魔法でも再生術でもないって。
ただ老化の因子が存在しないんだって。
だからあたし、27歳で成長が止まってるの。
普段は怪しまれないように…… 化粧でごまかしてるだけ」
それじゃあ、マリスの逆パターンだ。
「神学院が出した条件ってのは?」
「それね…… あいつら条件の合う女性の子宮を探してたの。
この村は昔魔族領で、闇族が支配していたって。先祖には、その血を受けた者もいるって噂もあるの。
その話を聞いたら、回復の可能性はゼロじゃない。検査と実験のために提供してほしいって。
寝たきりより子供が産めないだけの方が良いかって、その程度の考えだったけど。
――今は後悔してるの」
そして既に財を成していたキュービが、その話を聞き。
神学院に圧力をかけ、助け出したのがジュリーだった。
「キュービさんは自分が育てるって言ったけど。
あたしこんなんだから、ちょうど良いって。そう説得して。
ジュリーを引き取って実家に帰ったのが…… 8年前ね。
あの子が『お父さんは?』ってなん度も聞くから。
ディーンの名前を出しちゃったけど。 ――迷惑かけてごめんね」
泣き崩れそうになったメリーザを、俺はそっと抱きしめた。
「迷惑だなんて思っちゃいない。
むしろ俺の都合で、行方をくらましていてすまなかった」
もっと早く知っていれば、他に打つ手もあったかもしれない。
「ねえディーン、ホント?」
いたずら少女のように微笑むメリーザの、青く澄んだ髪をなぜ。
「もちろんだ」
俺が笑い返すと。
「じゃあ、まだあたしにもチャンスはあるのかな? 奥様は随分前に亡くなったって聞いてるし。あのお姫様たちにも本命はいそうにないから……
あ、安心して! 子供はできないけどちゃんと感じるし。ちゃんとヤレるから! ――た、試した事ないけど」
そう言って、以前より大きくなった胸をグイグイ押し付けてきた。
俺が状況についていけなくなって、あたふたしていると。
「と、とりあえず…… 試してみよっか?」
そう言って。
メリーザは顔を赤らめながら、シャツのボタンを徐々に外しだした。
淡いピンクのブラジャーと、はちきれんばかりの胸の谷間が見えた辺りで。
「ディーン!」
突然、ベッドの横の窓がバタンと開き。
ローラが叫びながら、俺の顔に蹴り込んできた。
間一髪で、蹴りは避けたが。
「ふー、危ないとこだったわ」
ローラはそう言って、俺の顔の上に座り。大きく息を吐いた。
えーっと、ローラ様。
いろいろと当たっちゃいけない場所が、顔面にグイグイきてるんですが。
ビキニアーマーの下が、意外と薄い生地だという発見と。
ハリのある太もものムチムチ感から…… 俺は、なんとか逃げ。
「いつから居たんだ!」
ローラに向かって叫ぶと。
「メリーザさんが顔を洗ってる辺りからかな?」
ローラは何食わぬ顔で、むき出しの太ももで挟むように、俺の腹の上に座り直す。
メリーザはボタンに指をかけたまま、おどろきの表情で動かなくなった。
まあ、窮地は脱出できたようだし、説明の手間も省けそうだと。
前向きに対処を考えていたら。
「ねえ、なんか大きな音がしたけど。もう大丈夫なの?」
お嬢様が、部屋のドアを開けて入ってきた。
俺たち3人が、同時にそちらを向くと。
「さ、さ、3人でなんて……」
お嬢様は。
不思議な格好で、崩れ落ちるように倒れた。
ああ、またそうなるのかと。
俺は、いろんな悩みを飲み込んで……
――心の中でクールにため息をついた。
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