危険なものが揺れている

馬車の中で、俺は尋問を受けていた。

指揮官のお嬢様と新任の騎士団長の3人で、作戦会議を兼ねた移動のはずだが。


「つまり…… あの子がなぜあんたを父親だと思ってるのか。

分からないってことね」


どうやらお嬢様は納得してくれたようだ。


「ディーンって、一度結婚してたんでしょ?

その時に子供はいなかったの?

それからほら、他に心当たりとか……」


しかし今回の魔物討伐に同行しているサイクロン領、騎士隊団長様は。

……いろいろと俺のことを疑っていらっしゃる。


「ローラ騎士団長、俺に子供なんていない。 ――はずだ」


確信が持てなかったから、ついついローラの視線から目を逸らしてしまったら。


「うーん……」

2人して、ため息をつきながら首をひねった。

もうすぐサインロード村につきそうなんだが。



作戦を練らなくて大丈夫だろうか……

――やはり不安が募って、仕方がない。



++ ++ ++ ++ ++



先に到着した辺境警備兵の連絡では。


「村を囲む柵や塀に、魔術的な仕込みが確認できます。

完全に読み取ることはできませんが、術式からして魔族のものと思われます。

また近隣の村の聞き込みでは、今朝、旅人が数名。サインロード村に入っていったとの事です」


状況は想像通りだが。旅人の件は、予定外の話だった。


その連絡に、ローラ騎士団長が。

「やっぱり、知能が高い魔物か。

魔族が魔物を操ってるって考えた方が良いわね。

問題は連中が何を考えてるかと…… 結界に入って行った旅人の目撃情報ね」


勇者一行として、戦中魔族軍と戦っていた彼女の判断は的を得ているだろう。

俺も同意見だ。


「なら、その旅人も魔族か。

知能が高い魔物が人に化けてるって考えるのが妥当ね」

お嬢様の意見に、ローラが。


「その可能性は高いけど…… なぜ遅れてきたか。

それから、他の村の人間に分かるような移動をしたのか。 ……そこが謎よ」

そう言って首をひねった。


俺が補足の説明をする。

「村人が教会に集められたって、ジュリーは言っていた。あそこの教会は、同じ転神教会のものだが…… 管理は『財団』がやっている。

教会を出る前に通信で、ナタリー司教に確認したが。転神教会には何の連絡もなかったそうだ。

だが財団には連絡が行ってる可能性はある。

――とも言っていた」


そもそもサインロード村は、木材の切り出しと加工を生業としている村で。

その商工会館が教会を兼ねている。


『財団』系ではよくある形だが……

聖国の統括管理下からは外れているそうで、情報が共有されていないそうだ。


「その財団に確認することはできないの?」

お嬢様の質問に。


「ナタリー司教に頼んでみたが、未だに連絡が返ってこない。

政治的な駆け引きもあるみたいで……

――確認できる可能性は低いって言ってたな」


ローラがため息交じりに。

「なら旅人は、魔族か知能の高い魔物か、財団の救援部隊か、ただの旅人。

そのどれかってことで、行動するしかないわね」

そう言って苦笑いする。


選択肢が広くなると、それだけ作戦は難しくなるが。


「辺境警備兵はそのまま村の周辺で待機。俺が教会を訪ねる形で潜入するから、お嬢様たちは後詰で不測の事態に備えてくれないか?」

どちらにしても、それ以外の方法はないだろう。


「ならあたしは、ディーンと一緒に村に潜入するわ。指揮はイザベラが取るんだし、戦力は多ければ多いほど作戦成功の確率は上がるでしょ」

ローラがそう言って、俺にウインクした。


確かにS級剣士がついて来てくれるのは、心強い。


「そうね、その作戦しかないわね」

お嬢様がそう呟くと…… 馬車の歩みがちょうど止まった。



馬車を降りると、俺たちと同行した20人の騎士隊に、お嬢様が作戦を伝える。

辺境警備兵にも通信で連絡を始めていた。


念の為俺も通信魔法板で、ナタリー司教に連絡を入れる。


「ディーン司祭、ごめんね。やっぱり財団からは何の返答もなかったわ。

ああ、それから忙しいとこ悪いんだけど。

帝国の文化院を通じて、司祭に会いたがってる人がいるのよ」


「そうか、こちらこそ悪かった。いらない苦労を掛けてしまって。

これから作戦だから詳しいことは聞けないが、誰が会いたがってるんだ?」


「前に話したことがあるでしょ、『夏の日の少年』の作者マリス・ノヴェルよ。彼女は政治的にも力があるし、文化院を通じてだと断りにくくって。ねえ、ディーン司祭はやっぱりマリス・ノヴェルと面識があるの?」


マリスから逃げている訳じゃないが…… あまり会いたい相手じゃない。

だが、帝国との交渉の窓口は文化院だと聞いているし。

ナタリー司教の立場もあるだろう。


「腐れ縁だよ…… わかった、前向きに検討する。

こいつが片付いたら、また通信するよ」


俺が通信を切ると、ローラが近付いてきた。


「そろそろ日が沈むわね。デートには、うってつけの夜になりそう」


ローブとビキニアーマーでは、さすがに怪し過ぎるので。

修道服に着替えたようだが……


「その服はどうしたんだ?」

やけにスカートが短くて、胸元が開き過ぎている。

歩くたびにタユンタユンと、危険なものが揺れているし。


「ケイトにもらったのよ。こんな事もあるんじゃないかって、持ってきたけど。

サイズはあんまり変わんないし、いちど着てみたかったのよね」

と、嬉しそうに笑うローラ。しかし、そんな格好で剣を振り回すのは。



ビキニアーマーとどっちが破壊力が高いのか……

――判断に悩むところだった。



++ ++ ++ ++ ++



ローラは旅カバンに傘を差し込んで、俺の後ろをついてきた。

「ずいぶん準備が良いんだな」

たぶんあの傘が、仕込み剣になっているんだろう。


「話を聞いた時に、潜入の可能性もあるだろうと思って。いろいろ持ってきたのよ。勇者といるときは、不意打ちだまし討ち上等だったからね。

この手の作戦、慣れてるから安心して」


噂でしか聞いたことがなかったが、勇者はその能力の特性から。

知略にとんだ攻撃が多かったそうだ。


空はすっかり暗くなったが、村の民家に明かりがつく気配は無い。

俺は村の正面にある門を調べ、術式を解除する。


「やはり魔族が好んで使うものだな。

結界と、通報か…… これで俺たちが村に入ったのはバレるが」


確認した地図によれば、この正門から教会はそれほど離れていない。


「まあ、その辺は聞かれたら適当に言い訳すればいいわよ。

変に通知がない方が怪しまれるだろうし。

あっ! あの明かりがついてる、大きな建物かな?」

ローラの言葉に、その建物を見る。

それは教会と言うより、質素で倉庫のような建物だった。


「財団の教会なら、それもありうるか……

で、騎士団長殿? 俺たちは司祭とお付きのシスターで。

旅の途中で良かったかな?」


「あら、夫婦でも良いわよ。

転神教会って多いんでしょ。ケイトがそう言ってたわ」


多いかどうかは知らないが。

教会内の婚姻を認めているのも確かだ。


「どっちでも構わんが…… 訪ねる理由はどうする?」


「そんなの『旅の途中で道に迷い』とかで、良いんじゃない?

ドアさえ開けてくれれば、後は成り行き任せで臨機応変に」


そう言って、ローラはドンドンと扉を叩き始めた。

なかなか返答が返ってこないと。


「すいません、誰かいませんか! ねえ、誰か!」

今度は大声で叫びながら、ガンガン蹴りまで入れだした。


けっこう短気な性格なんだと。

一歩下がって、あきれてそれを見ていたら。


短すぎるスカートから、チラチラとパンツが見え隠れした。

うーん、黒いパンツもなかなか扇情的で良いものだな。


「どうかしましたか? そんなに慌てて」

俺が知的考察に心を奪われていたら。

やっと出てきた、痩せた食人鬼グールのような司祭服の男が。

不信感まるだしで俺たちを交互に見た。


ローラは振り返って。出てきた男に見えないように、やっちゃった感満載の表情で可愛く舌を出すと。


素早く男に詰め寄り。

「追われてるんです! その…… あたしたち駆け落ちをして」

そんな意味不明なことを叫んだ。



うん、これ、臨機応変に……

――いったい、どう対応すればいいんだろう?

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