聖王戴冠
フレッド先生が聖国王陛下の王冠を直すと。
陛下は真っ赤な顔になって、椅子に座り直した。
椅子のサイズもあってなくて、両足が浮いているのもキュートだ。
品格のある整った顔立ちが羞恥に染まる姿は、その手の人間が見たら悲鳴を上げるほど喜んだかもしれない。
確か『ろりこん』の対になる…… そうそう『しょた』だ。
なんだかお嬢様がそわそわしてるのも、そのせいだろうか。
「ディーン、まずは通信で話せなかった部分を説明しよう」
先生は咳ばらいをひとつして。
「そもそも私の本名がテイラー・ロックウッド、聖国公爵家のひとつロックウッドが生家なんだ。西の学び舎に預けられたときに素性を隠すため名前を変えてね。
それがフレッド…… まあ、飼っていた犬の名前なんだが」
いたずらっぽく笑ったあと。
先生は真面目な顔で、東の学び舎で起きた事件以降の話をしてくれた。
『魔族の男』を追っていたセーテンは、当時東の学び舎の学長をしていたガンデルと名乗る男に目を付けた。
しかし、すんでのところで逆襲され…… あの事件のことだ。
大ケガを負ったまま、3人で再起をはかった。
激化してゆく魔族との戦争や。
なかなか癒えないケガのせいで、計画は上手く進まなかったが。
戦後、老師の旧知の仲だったフェーク公爵に出会い。
没落したロックウッド家再建の名目で、先生が聖国に戻り。
「聖国が保有している機密のひとつ『真実の扉』をエサに。
あの男をおびき出すことを条件として、私はこの国に戻ったんだよ」
「じゃあ…… 他の2人は」
思わず言葉がもれてしまう。
「老師とジャスミンは、闇族復活の動きを追っている。ガンデルと名乗ったあの男の狙いが、どちらが本命なのか分からなかったからね」
俺の問に、先生は優しくそう答えてくれた。
「そうなると今回の件は、あの男をペンタゴニアにおびき出すためのもので。
そのために俺たちはここに誘導された」
「ああ、そうだ。ちゃんとイチから説明して協力を仰ぎたかったが……
帝国や魔族の思惑も複雑に絡んでいたし。
どこに敵が潜んでいるかわからない状態だったから、きみたちに直接意思を伝えることがかなわなくてね。騙すようなかたちになったのは、申し訳なかった」
先生はそう言って、俺たちに頭を下げる。
「それは…… 今はいいです。そんなことより、勇者もリリーもここにいる。あの男はこの建物に侵入したんでしょう。俺たちはこれから何をすれば」
あせる俺をなだめるように。
「もう、きみたちの仕事は終わっている。
ペンタゴニアは大陸に存在する龍力を教会の術式で集め、制御する場所だ。
その力は強大で、あの男すら侵入することができなかった。
ある条件を満たさないとね。
私たちも他の方法がないか、いろいろと探ったが…… 不可能でね。
だから正門の封印を書き換え、勇者と。ディーン、きみがそこを開ければ。やつが侵入できるようにした」
そう説明する先生の顔には、どこか陰がある。
「あの男の封印…… いや、討伐はどうやって」
俺が食い下がると。
「それは安心してくれ。
今フェーク枢機卿がペンタゴニアの全威力を握り、討伐に向かっている。
彼女なら、仕損じることはないだろう」
先生はそう言ったが、どこか辛そうだ。
隣のリリーも歯を食い縛り、ソワソワし始めている。
良い予感はだいたい外れるが、悪い予感は必ず当たる。
俺は祈るように天井を見つめ、ゆっくりと視線を下げ……
――同じように歯を食い縛る聖国陛下の顔を見た。
++ ++ ++ ++ ++
俺はこの予感の正体を探るために、もう一度天井を見上げる。
謁見の間の
最後の決戦に挑んだラズロットが3つの聖具を持ち、竜人の剣士を従えていた。
闇の王の前には、12人の黒使徒が並び。
後ろには弟子たちの裏切りによって光を失った龍姫テルマ・グランドが、その見えなくなった瞳から涙を流している。
――そう、テルマは。悲しみの龍姫と呼ばれるテルマ・グランドは。
闇の王の力によってそそのかされた弟子の手により。自分の視力と、最愛の友ドーン・ギウスの命を失っている。
なぜはやく、それに気付かなかったのか!
いや、後悔している暇はない。今できることを迅速にやらなくては、本当の手遅れになる。――俺はもう一度、思考を加速させた。
ペンタゴニアの中心に位置するこの謁見の間の天井も5角形だ。
それぞれの端に、宝珠が埋め込まれている。
正門だった南方面を上に。
真上 <陽> に、 「龍」
右上 <助陽>に、 「竜」
左上 <闇> に、 「闇」
右下 <動> に、 「虎」
左下 <助動>に、 「狼」
ペンタゴニアの正門は<動>の「虎」と<助動>の「狼」だ。
ブラウンモールと帝都の教会の『呪物』を抜いたことから考えても間違いない。
謁見の間が起点だとして、建物自体の五芒星ペンタグラムにズレがある。
この捻じれが各地の教会と重なると……
「ラズロットの封印箱と同じだ」
5角解錠の25通りの組み合わせを3重構造にした……
15,625通りのダイアル。
全体像をひとつの絵として、頭の中に思い描く。
悲しみの龍姫、テルマ・グランドはなにを狙っている。
フル回転する思考の中に、小さな光が差した。俺の脳内に描き出されたあの美しい横顔は、テルマなのかリリーなのか。
そのひらめきを頼りにダイアルの謎を解く。そして……
俺は覚悟を決めて、ゆっくりと視線を下げ。
――聖国王陛下の眼差しを正面から受け止めた。
++ ++ ++ ++ ++
俺は小さく息を吸い込み。
「恐れながら、聖国王陛下にご質問いたします」
少年に問いかけた。
この状況を覆すには、彼の信念が頼りだ。
協力を得られなければ、ペンタゴニアの制御を書き換えることも。
その後の結果を受け入れてくれることもできない。
「なんだ、もうしてみよ」
陛下の瞳は、強く何かを訴えている。だから俺はそれに賭ける。
「国とは、なんですか」
「国とは、民である。民あって国はさかえ、国あって民はみちびかれる」
「導きとは」
「民をまもり、平和をきずくための神のおしえだ」
ここまでは、聖典どおりの満点回答だ。
「では…… 民をまもり平和を築くために、誰かが犠牲になるのは。
――神の教えでしょうか」
陛下はジッと俺の目を見つめ、止めようとした先生を振り切るように。
椅子から立ち上がった。
「われはまだ幼く才も学もない。それは、じゅうじゅう承知しておる。
しかしそのぐらいのことは分かる。
ディーン・アルペジオよ! そなたは、その間違いをただすことができるのか」
「陛下のご下命とご協力があれば、必ず」
俺がもう一度深く頭を下げると。
少年の顔は驚きに彩られ…… 意を決したように、壇上で両手をついた。
「たのむ、この国とフェークを。
いや、テルマ・グランドの命を…… 救ってくれ」
そしてサイズの合わない王冠がすっぽりと抜け。
ころんころんと、俺たちの前に転がってきた。
リリーがそれを拾い上げると。
「うむ、ラズロットの意をくみし人の王よ!
この伝説の古龍リリーグランドが、その願いかなえてやろう!」
偉そうにそう言って。
ひょいひょいと壇上まで上がり、陛下に王冠を被せた。
その光景を、まるで聖典にある聖王戴冠を崇めるように。
先生もお嬢様も勇者までも…… 深く首を垂れた。
俺があきれ返っていたら、戻ってきたリリーが耳打ちしてくる。
「道化かと思っておったが、なかなか良い目をしておるな。
うむ、下僕よ! 何とかしてやれ」
まあそうだろうと思ってたけど。
やっぱり、俺がなんとかしなきゃいけないようだ。
俺は誰にも気付かれないように……
――クールに深いため息をついた。
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