偽の密命書 【前編】
事前に『アイギス』と『ガロウ』の効果を調べてみたが。
アイギスは通常の防御系魔術と大差なかったし。ガロウも多少良く切れる短刀といった感じだった。俺の能力の問題か、伝承が大げさなのか。それともナタリー司教たちが勘違いしてるのか。
この辺りはまだ検証が必要かもしれないが……
「まあ、無いよりましか」と、一応装備はしておいた。
「応用魔法兵、銃撃用意!」
俺にしがみつくお嬢様を見て、肩を震わしながらニック団長が叫ぶ。西壁騎士団の兵士が持つ最新の銃撃魔道具を、アイギスで防げるとは思えない。距離にして10メイル以上離れたニックまで、ガロウの剣戟を飛ばすことも不可能だ。
「お嬢様、そろそろ離れたらどうだ」
「あらディーン、ハチの巣になりたいの?」
微笑むお嬢様に、いつまでも盾になってもらうわけにはいかない。
俺はお嬢様を背にまわし、騎士団の先頭に立つ派手な鎧のニックに話しかけた。
「悪いが急ぎの用があってな、ちょっと通してくれないか」
交渉の口火としては、最悪かも知れないが。
問題はニックとの会話じゃなくて、やつを操ってるのが誰かを確認することだ。
遠距離操作や洗脳も考えたが……
タイムラグの出る遠距離は、この手の作戦に使われる可能性が低いし。こういった自意識の高いタイプは洗脳されにくい。俺に対する嫉妬心も本物だろう。
完全に自我をたもってるのなら…… 近くで敵対心をあおる、感情をコントロールしている魔導士がいるはずだ。
「お前は勘違いしてるようだから、ハッキリと言っておこう」
無言で睨みつけているニック団長から目を逸らすと。
2人でこっそり打ち合わせ通り、ライアンがおもむろに御者台から降りて…… 近付いてくる。
この作戦は、タイミングが肝だ。
リハーサルに時間がさけなかったのが悔やまれるが、贅沢は言えないだろう。
応用魔法兵の銃口が俺とライアンに向くのを、全員がかたずをのんで見守っている。俺が大きく息を吸い込むと、ライアンが上着を脱ぎ去り、一気にお立ち台に飛び乗った。
「俺たちは女に興味がないんだ!」
そう叫んで、2人でガッシリ抱き合うと。
ニックが呆れたようにポカーンと大口を開けた。
静まり返る騎士団の最前列…… ニックの真後ろの兵から。「ちっ!」と、舌打ちが聞こえ。
聞き取れないほど小声の、高速詠唱が始まった。
「そこか!」
なぜか上半身裸のライアンを振り解き、そいつにナイフを2連投すると。
小型の魔法陣が輝き、ナイフを阻む。
輝きがおさまると同時にあらわれたのは。真っ赤なドレスを着た、浅黒い肌の美しい女性だった。
森人特有の尖った耳、魔法陣も『太古の魔法』特有の輝きがある。
――おそらく純潔の、黒き森人だろう。
「あらあら…… 懐かしい魔法ね、次はこちらに標準が向くわ。
わたくしに聖力を通してくださらない?」
ポケットにしまい込んでおいたアイギスから。
おっとりとした女性の言葉が聞こえ。
「グズグズすんな! 時間が惜しい。
説明は後でちゃんとしてやるから、あたいもサヤから抜くんだ!」
重ねるように教会で聞いた妖魔の声が、腰のガロウから響いた。
真っ赤なドレスの女が、こちらに人差し指を向けると同時に。
俺は左手でアイギスを握り、右手でガロウを抜く。
「あら、思ったより力持ちね……」
「眠気覚ましにちょうど良いや、サービスしてやるぜ!」
2人の声が脳内でこだますると。ドレスの女が放った魔術をガロウが吸収し、アイギスからど派手な輝きが噴出し、五芒星の魔法陣を形どった。
それは、半径50メイル以上広がり。別館を囲んでいた応用魔法兵3個小隊…… 30人以上の騎士を一気に飲み込んだ。
「もう!」
ドレスの女がそう叫んで、足元に展開していた魔法陣を踏み込み。
事前に用意していた移転魔法だろう……
その女が消えると。応用魔法兵が持つ銃器が、淡くオレンジに発光した。
「どうなったんだ?」
俺がひとり言のように呟くと。
「あのシスターの身体を乗っ取って、記憶を読んだけど……
どーも、伝承? は、ズレて伝わってるみたいだな。
あたいは飢えた狼の牙『
その力を利用して、相手にいたずらするのがアイギスの仕事だ」
「まあ、いたずらじゃありませんよ。
ほら見て下さい…… あの変な投石器。ちゃんと全部、動かなくしましたから」
やんちゃな女の子と、おっとりとした女性が脳内で変な会話を始める。
「ねえ、なにが起きたの?」
後ろからお嬢様の声が聞こえたので、振り返ると。
ライアンが、俺の横でムキムキの筋肉を見せつけながら。
「ディーン様との愛が奇跡を起こしました」
分けわからんことを、言い放った。
やはり最大の謎は……
――こいつがなぜ、上半身裸になったかだろう。
感情操作の魔術が解けたのか。ニックはそのまま尻もちをついて、ガタガタ震えながら、俺たちを見つめている。
騎士団は、応用魔法具が動かないことを確認し。団長が戦意を失っているのを見ると、無言で俺たちに敬礼した。
振り返って、ニック団長を見ると。 ……腰回りに水たまりができている。
せめてお嬢様から見えないように、俺は立ち位置をズラした。
「ちょっと、スッキリしたわ! 悪気はないんだろうけど、あいつのせいで学園にいづらくなったのは事実だし。
それより、これからどうするの」
お嬢様が聞いてくる。
「あのドレスの女に心当たりは?」
俺の質問に、ルウルが乗り出して。
「あれは間違いなく、勇者の女だ! 名前は確か……」
悩むルウルに、ライアンが助けを出した。
「アオイ・ヤマハ。見ての通り黒き森人ですが。
――彼女も転生者ですよ。
彼女が出てきたということは、この事件のバックは勇者一行ですね」
「まずは駅で、南壁騎士団の動きを見ないとな」
はたしてそれで、あっているんだろうか……
――どこかで何かが、ひっかかった。
++ ++ ++ ++ ++
西壁地区では途中で騎士に出くわすことがあっても、敬礼されるだけで。
特になにかされることはなかった。
お嬢様などは、それに答えるようにニコニコとに手を振っているし。
このまま駅まですんなりと行ければ良かったが……
やはり南壁地区に入ると同時に、騎士団に行く手を阻まれた。
「ディーン久しいな、悪く思わんでくれ。
これも仕事でなあ…… ここから先に通す訳にはいかん」
漆黒の大馬にまたがる2メイルを超える巨漢。
アゴには真っ白なひげを蓄え、片手に3メイル以上のランスを持っている。
「カイエル…… しばらく会わないうちに、ずいぶん老けたな」
俺が周りを確認すると。
駅に向かう道幅80メイルの大通りに、ぎっしりと乗馬した騎士が整列している。
空には既に星々が輝き、大通りの応用魔法街灯が地面を照らしているが。暗闇のせいで、正確な人数は把握できない。
しかし100騎を超えているのは間違いないだろう。
西壁騎士団とは違い、最新の応用魔法兵器は手にしていなく。そろいの盾とランスを構え。それぞれが、歴戦を思わせる風格を持っていた。
ごまかしのきかない、本物の戦士たちだ。
アイギスやガロウがあっても、とても突破できる代物じゃない。
「8年ぶりの再会だ、お互い様だろう。
ディーンは青臭さが無くなって、丸くなったんじゃないか?」
カイエルはあいた方の手で、ひげをなぜ。楽しそうに笑う。
もう50歳は過ぎているだろうに…… 動きにまったくスキがない。
俺はお嬢様をお立ち台から降ろし、椅子に座らせると。
懐から偽の書状を取り出す。
「俺たちは密命を受けていて、ブラウンモールまで行かなくちゃいけない。
ただこの密命書は特殊な魔法が仕掛けてあって、俺しか手にできない。
だからこの書状を書いた人物に、直接確認してほしい」
「ほう? 誰からの密命だね」
ニヤリと微笑む姿に、貫禄と風格が漂う。
俺は、再度今の状況を脳内で確認する。
勇者一行のひとりが西壁騎士団に潜入していた以上、勇者の関与は間違いない。
ブラウンモールでの出来事は、皇帝名義の抗議文があると聞いている。
この一連の事件の黒幕は…… 勇者や公爵クラスの有力者ではないだろう。
そうじゃないとつじつまが合わない。
ブラウンモールの件は、一歩間違えれば聖国との戦争になりかねないからだ。
いや、ナタリー司教の問題も。その前のサイクロン駅の事件も。
もとをただせば、伯爵家の事件も。あからさまな証拠がそろい過ぎていた。
疲弊した聖国をいまさら帝国が攻める理由なんて、どこにも無いから。この発想が浮かんでこなかったが……
そもそもの狙いは、聖国と帝国の開戦じゃないのか。
なら、それをやりたいのは誰で、旨みはどこにある?
レイヴンや、その後ろでこの事件を起こしているやつらも、わざわざ戦争なんか起こすメリットはないが。誰かがそれに便乗しようとしてるのなら。
俺は、ぼんやりと応用魔法街灯を眺めた。
「……そうか」
信じられない仮説だが。消去法で考えると、その人物はひとりしかいない。
――なら、それが真実だ。
「どうかしたのか?」
俺のひとり言に、カイエルが不審そうに聞き返す。
「ああ、すまない。やっと事情が把握できた。
カイエル、この書状を書いたのはあなたに命令を下した人物だ。
――行き違いがあったみたいでね。
直接連絡を取ってくれれば、この場で誤解が解けるよ」
そう言うと、カイエルはジッと俺を睨み。
「連絡を取るのは構わんが……
その誤解とやらが解けんと、この場でお主を切り捨てねばならん。
――それでもいいのか」
そう言って、ため息をついた。
連絡を取る前なら……
引き返しさえすれば、切らなくてもすむ。
連絡を取って、俺が交渉に失敗したら切らなくてはならない。
そして成功する確率は低く、もちろんこの書状が偽物だと知っている。
言葉にはしないが、そんなところだろう。
「ああ頼むよ」
俺がそい言うと、カイエルは鎧の肩に仕込んであった通信魔法具を操作し。
小声で2、3こと話すと、魔法具を放り投げてきた。
通話のみの小型の魔法具を、耳にあてると。
「それで、誤解とはなんだ?」
野太い男の声が、いかくするように響いてきた。
俺は、ひとつ深呼吸をして。
「お戯れを…… 皇帝陛下」
そうこたえたら。
「なんだ? もう少し遊んでくれても良いだろう。
――意外とつまらん男だなあ。
声色を変える魔術は、結構自信があったのに」
23歳の女性らしい声で……
――16代皇帝ソフィア・クラブマンは、そう呟いた。
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