黒い悪夢3 これは100点よ
学び舎の受付で問い合わせると。
「はい。薬草カゴと道具入れでしたら、先ほど届け出がありましたよ」
受付のキレイな女性が、腰までの青髪を揺らしながら、にこやかに対応してくれた。前に俺が論文を提出した時と、同じ人だ。
やはり落とし物と間違われ、ベッキーの同級生が持ってきたようで。
「良かったー!」
彼女はとても喜び。
薬草カゴを無視して、道具入れをチェックし始めた。
「貴重品でも入ってたのか?」
俺がなにげなく聞くと。
「そうじゃないけど…… あった! ホント、良かった」
ベッキーは道具入れから、魔石の付いた小さなアクセサリーを取り出し。大事そうに両手で包み込む。それは、レイヴンがたまに作る魔除けの護符だった。
俺も小さな頃に1つもらったが。それに比べると石も小さく、作りも雑だ。
特殊な材料が必要らしく、1つ作ると。「もったいないから」と。レイヴンは残った材料で、そのレプリカのようなものを複数作成してたから。
たぶんアレも、その内のひとつなんだろう。
「他は大丈夫?」
「そうね、後はたいしたもの入ってないから。
ディーン兄さん、わざわざありがとう。
……そうそう、あんまりレイヴン兄さんの邪魔しちゃダメだよ!
あたしこれから、届けてくれた子にお礼言って来るね」
ベッキーは、道具入れと薬草カゴを抱えて去って行った。
俺はあっけに取られて、それを見送り。
受付にあった時計を確認して。しばらくどうして良いか分からなくなる。
受付の女性と目があったから、話しかけてみた。
「すいません、いつも受付はおひとりなんですか?」
彼女は美しいストレートの髪を、何度か手ぐしで整え。服装をチェックすると、緊張した面持ちで。
「あ、はい。そうです! あたしメリーザって言います」
少し顔を赤らめて、お辞儀した。
歳は俺より2~3歳ぐらい上だと思う。品のある仕草と、やや垂れた大きな瞳が印象的な可愛らしい女性だ。
「落とし物を届けてくれた子は、提出は間に合ったのかな」
俺の質問に。
「ええ、大丈夫でしたよ。
薬師専科の子達は、目録だけですから。
だいたいこの時間にサンプルを選んで、直接書き込んで提出していきますよ」
カウンターにあった、目録を指さす。
俺はそれを確認して。
「提出した研究論文の取り下げって、できますか?」
そう伝えた。
「はい、ええっと…… あの論文ですか」
メリーザさんは、怪訝そうに俺の顔を確認する。
「ディーン・アルペジオ、7日前に提出したやつです」
「少々お待ちください」
彼女は一度カウンターを離れて、奥の事務室に行くと。
魔法印を押した書類をもって、カウンターに戻ってくる。
俺がその書類に魔力を通し、本人確認が終わると。
「一度提出が認可されてるので。
取り下げが可能かどうか分かりませんが、よろしいですか?」
「はい、分かりました」
「それで、理由は何ですか」
「理由?」
俺が聞き返すと、彼女は用紙の記入欄を指さして。
「書く決まりなんです」
申し訳なさそうに、そう言った。
何かが目から溢れ出しそうだったから、上を向くと、明り取りの窓から夕日が侵入して。天井が燃えるような色に変わっていた。
青い波長の時間が終わり、やがて光も届かなくなる。
「夕日が、赤すぎるから」
俺がポツリとそう呟いたら。メリーザさんは何も言わず、記入欄に…… そう書き込んでくれた。
今思えば、クールに生きて行きたいと思ったのは……
――この時が初めてだった気がする。
++ ++ ++ ++ ++
薄暗がりの山道をゆっくりと登っていたら。
「遅いなー、ディーン。 ……何があったんだ?」
ジャスミン先生が、待ち構えていた。
「先生、すいません。ちょっと手続きに時間かかっちゃって」
俺が言い訳すると。
「んー、そーなのかなー?」
ジャスミン先生は顔を寄せて、クンクンと匂いを嗅いで来た。
キレイに整った顔立ちと、長いまつ毛に驚いて。俺が一歩下がると。
「あたしで良かったら話を聞くよ。 ……庵に帰り辛いんだろ?」
ニコリと笑って、そう言った。
何の匂いがしたんだろう? 少し戸惑ったけど、俺は。
……さっきあった事を全部、ジャスミン先生に話した。
「うーん、要はベッキーに脈がないって?
今はそーかも知れないけど、あれは押し方次第じゃないかなー。
ディーンはその辺苦手そうだもんね。
あたしも学び舎の女の子達に、兵法を教えに行く事があるんだけど。
良くレイヴンやディーンの話を聞かれるんだよ。
超優等生イケメン派と、孤高の天才美少年派の。
2派に分かれてるみたいでね。
ちょっと教えてやると、キャーキャー騒ぎ出すんだ」
レイヴン兄さんが人気なのは分かるけど。俺はただ奇異な目で見られてるだけだろう。受付のメリーザさんも、俺の事を良くチラチラ見てたし。
――ジャスミン先生に、そう伝えたら。
「あー、そっち方面はホント、バカだね。
それとも賢者試験の件が、変なトラウマになっちゃったのかな?
まあいいや、その辺もお姉さんが教えて、あ、げ、る、から」
そう言って、妖艶に笑った。
道沿いの岩に2人で座っていたから。時折ぶつかるジャスミン先生の肩や、膝に…… 俺は少し戸惑う。
「そうじゃなくて、上手く話せてないみたいだけど」
もう一度俺は、話し方を変えて伝えてみる。
「問題は、薬草を受け取ってすぐに道具箱の護符を確認した事じゃなくて。
その後すぐに、ベッキーが受付を離れちゃったことなんだ。
今日までの約束で、薬草狩りの護衛をしてたのに」
「つまり、ベッキーが研究発表をする事自体が…… ウソって事? なんで?」
こっから先は嫌な話になる。でも、ジャスミン先生にウソはつきたくなかったし。
俺は意を決して語りだした。
「庵を出る前に、ベッキーは薬草カゴより道具入れの事を気にしてた。
たぶん、受付が締まる時間…… 提出期限も知らなかったんじゃないかな。
俺が急ごうと言ったら、彼女は不思議そうな顔をしてたし」
「じゃあなんで、ベッキーはそんなウソをついたんだろう?」
ジャスミン先生が怪訝な顔をする。
「その時レイヴン兄さんは、慌ててベッキーに……
――研究発表の事や、受付の事に、念を押した。
相変わらずベッキーは気付いてなかったみたいだけど。
レイヴン兄さんは…… 『しまった!』みたいな、凄い顔をしてたよ。
それで俺も気付けばよかったけど。 ――ああ、違うな。
信じたくなかったから、ベッキーを学び舎まで送って行ったのかもしれない。
ちゃんと目録を提出してくれれば、すべては俺の勘違いだからね」
ひょっとしたら、俺の声は震えていたのだろう。
ジャスミン先生が、俺の手を優しく両手で包み込んだ。
「ねえ、そんな事をレイヴンがしなくちゃいけない理由に。
――心当たりはあるの?」
「ここからは俺の想像だし。 ……ただの被害妄想かも知れない。
レイヴン兄さんが今の研究に着手してから、やたら手伝いや言付けが増えたんだ。
薬草の分別を手伝ってほしいとか、裏のマキを割っておいてくれとか。
兄さんとの仲が改善できればって、思いもあったし……
研究に専念してたから、それで兄さんの時間が取れるならって。
――俺は積極的に手伝ってた。
でも、本当の目的は俺の研究時間を割きたかったんじゃないかって。
ベッキーは何度も言ってたんだ。
『レイヴン兄さんは努力している』俺とは違う。
『レイヴン兄さんの邪魔をしないで』あなたは遊んでばかりいる。
って……
その考えが、どこから来たのか。
俺はちゃんと考えてなかったし、知りたくもなかった」
今思えば、ベッキーがそう考える根拠は。
俺達の生活に少しだけ係る彼女には、無かったんだから。
誰かがそう、ささやかない限り……
――だから俺は、その件に関して思考を停止してたんだろう。
「……ディーン、かなしかったね」
ジャスミン先生は、俺の手を強く握り。ゆっくりと顔を近付けてきた。
「俺の論文は取り下げてきました。一緒にまた……
レイヴン兄さんと研究や学問の話で盛り上がりたかったんだけど。
この方向性がダメなら、他の道を探せば良いだけなんで。
――論文には順位が付くんでしたよね。気にしてなかったから、忘れてたけど」
俺が苦笑いすると。
「あー、それで最近…… レイヴンとの稽古、わざと負けてるのか?」
ジャスミン先生は、そう言ってさらに身体を寄せてくる。
「気付いてました?」
「あたしと老師以外は分かってないだろ…… レイヴンは、まだ気付いてないよ」
そしてもう、密着状態だ。
俺の二の腕は、ジャスミン先生の胸の谷間が確りホールドしてるし。
息遣いが、頬に当たってくすぐったい。
「先生、ええっと……」
何か言おうとしたら、ジャスミン先生は人差し指をたてて、俺の唇を塞いだ。
「ディーンは頭が良くて優しい子だけど。
――やっぱりバカだ。いろいろと分かってない事が多すぎる。
老師やフレッドもその辺苦手だしね。
そこんとこの教育係は、やっぱあたしなんだろう。
組織の在り方とか、人間関係とか。 ……女心とかね」
そして、脚を絡めてくる。
「こ、これは勉強なんですか?」
あたふたしてると。
「そうそう、先ずは女心から」
ジャスミン先生は、そう言うと。なぜか上着をすべて脱いだ。
「えーっと」
俺が目を逸らすと。
「もう、何度も見てるじゃない! ほら、しっかり感想を言う!」
髪をかき上げ、胸を強調する。
反り立つような大きな膨らみは、間近で見ると迫力があった。
「と、とてもキレイです」
「うーん、40点かな? まあいいや。じゃあ、ベッキーやメリーザよりも?」
「ベッキーはそんなに大きくないし。メリーザさんは…… 見たこと無いです」
「ベッキーのはやっぱり見たんだ! メリーザはまだなのね。あの子も可愛いし、人気があるし、ディーンを狙ってるみたいだから。
放っておいたら、時間の問題だったかなあ?」
ジャスミン先生はそう言いながら、俺の手を胸に持って行った。
「じゃあ、追試! 今度は揉みなさい」
顔が赤くて、声も小さい。
「これは、勉強なんですか…… その、無理しなくても」
「無理なんかしてないわよ、したいからしてるだけ。
さっきも言ったでしょ、女心の勉強よ」
俺がぎこちなく手を動かすと。
「さ、30点かな」恥ずかしそうに、上目遣いにそう呟く。
両手から溢れる大きな膨らみと、時折聞こえてくる。
「んっ」とか「あん」とか言う、ジャスミン先生の声で。
「これは、いつまで続くんですか?」
俺も、これ以上は我慢が出来なくなりそうだ。
「じゃあ、最終問題…… なんであたしはこんな事してるのか」
女心? それとも女性の勉強?
手に伝わる感覚と、ジャスミン先生の声で、思考がまとまらない。
俺が言いよどんでいたら。
「あたしはね、ディーンの事が……
弟子としても、家族としても。 ――男としても、好きなのよ。
知らなかったんでしょ」
その言葉に俺は手を止め。ゆっくりと抱きしめると。
「ああ、これは100点よ」
ジャスミン先生はそう呟き……
――俺を、岩の陰に押し倒した。
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