カックーレ・キョヌー病の怪 【後編】

バリオッデ宰相殿下は、城内の『迎賓別館』に滞在中だ。

その来賓専用の別屋敷に、100人を超える部下と共にいるらしい。


伯爵に案内され、迎賓別館の『謁見の間』まで行くと。

左右に屈強な騎士を伴い、バリオッデ宰相殿下は中央の椅子に座っている。


「夕食でもとりながら、ゆっくりお話をしようと思ってたけど。

無粋なじゃまが入ってしまって、残念だったわ。

まずは、面を上げて。

それから今回の賊の討伐、ご苦労様でした」


伯爵と並んで伏していた俺は、ゆっくりと顔を上げた。


「書記官から連絡は受けたけど……

カックーレ・キョヌー病でしたっけ? 報告を頂けないかしら」


宰相殿下は、少し怒ったような顔つきをしている。

伯爵が腰を折ったまま、説明を始めた。


「はっ、ご報告申し上げます! 異世界病である『カックーレ・キョヌー病』を発病していた転神教会ナタリー司教は、既に死亡。

埋葬は特殊な処理が必要なため、ディーン司祭がこの後、行います。

また書記官殿は早期発見のため、その場にて緊急治療を行い、感染を防ぎ一命を取り戻す事が出来ました」


真面目な顔で報告する伯爵に、目をつむり何かに耐えるような宰相殿下。


「そ、それは…… 大義でした。

では、聖国への対応はどうしましょうか?」


伯爵に変わって、俺が答える。


「今回の件で、聖国へは正式に抗議をしたと伺っております。

カックーレ・キョヌー病に関しては、宰相殿下のご意向をお聞きし、私が直接聖国に行ってお話しようと。

――そう考えております」


俺の言葉に、宰相殿下は少し考えると。


「分かりました。

それでは聖国へは、病の件も含め。

今後も調査を進めるので、協力願いたいと伝えなさい」


強い口調で、そう言い切る。

そこで控えていた兵士達が、槍で床を叩く甲高い音が響いた。


――謁見が終わった合図だ。


とりあえず大事に至らず、場を凌げたと。

伯爵と2人でもう一度頭を下げ、部屋を出ようとしたら。


「そうそう、ディーン司祭」


宰相殿下が手招きをする。

俺が立ち止まったら、トコトコと壇上から降りてきて。


「要らぬ殺生をしなくて済みました。まずはお礼申し上げます。

私の立場では、思うように動けない事も多くって……

――あの書記官も、根は悪いヤツじゃないのよ。

元転神教会信徒は、いろいろと大変だった時期があってね。

しかし、病名は…… 何とかならなかったの?

笑いを堪えるの大変だったんだから」


小声でささやくと、無邪気に笑い。


そして、一歩下がって真面目な顔に戻る。


「それでは下がりなさい」


「カーン」と、兵士が床を叩く音がもう一度響き。

俺はもう一度宰相殿下に礼をして、部屋を出た。


さて、これからどうしよう。

やらなくてはいけない事が増えてきたが。


まずは伯爵のネーミングセンスに……

――クレームをつけようと、心に決めた。



++ ++ ++ ++ ++



ナタリー司教に事情を話し、お嬢様たちが待つ伯爵の私室まで移動する。


まだ自分で歩く自信がないと言うので。

もう一度ナタリー司教をシーツでくるんで抱き上げると。


「落ちそうです」


首に手をまわしてきた。

何かがボインボインと当たってきたが……

それに耐えて、部屋まで行くと。


「ねえ、どうだったの!」

心配そうな表情で、お嬢様が駆け寄り。


俺が抱えているものを、まじまじと見た後。


「ねえ、どういう事?」

ドスの利いた声で、聞き返してきた。


「ナタリー司教を休ませたい、そのソファーを空けてくれ」


俺の言葉に、リリーとシスターが反応して。

場所を作ってくれた。


なんとかそこにナタリー司教を座らせると。

彼女はひょっこり顔を出して、会釈をする。


そして今までの事を、かいつまんで説明したら。


「なら、我等と一緒に聖国まで行くのが得策じゃろう」

「そうですね、司教様!

あたし達がお守りしますから、ご安心ください」


「ちょ、ちょっと待って!」

お嬢様が待ったをかけた。


そして、シーツの隙間からこぼれ落ちるナタリー司教の谷間と。

相変わらずボヨンボヨンと揺れてるシスター・ケイトの胸と。

なぜか俺の視線を確認して。


「そ、そんな危険な旅を許すわけにはいかないわ!」


確かに危険な旅だが…… 判断基準がズレたような気がしてならない。


「しかし、ナタリー司教をおいて行く訳には」

俺が言いよどむと。


「待って! 今お父様に相談してくるから」

お嬢様は、部屋を飛び出した。


「どうするつもりなんだ?」

俺が呆れかえると。


シスター・ケイトとナタリー司教が目を合わせ。

リリーが大きくため息をつく。


「ラズロットの阿呆も、我に言い寄ってきよったが。

あっちにホイホイ、こっちにホイホイ。女をこさえておった。

まったく、男と言うものは……」


「そう言えばあなた、修道服を着ていますが。

あの教会の関係者ですか?」

リリーの言葉に、ナタリー司教が不思議そうに聞いてきた。


……そう言えば、こいつの存在を説明してなかったっけ。


「ふむ、下僕の奴がちゃんと紹介しておらなんだようじゃな。

我は太古の龍、名はリリー・グランドじゃ! 覚えておけ」


リリーがそう言ってない胸を元気よく張ると。

ナタリー司教の目が大きく見開かれた。


「そんな…… まさか。いえ、だとしたら」

その後、ひとりでブツブツ呟くと。


「リリー様、疑うわけではございませんが。

――なにゆえ突然の事。

真偽を確かめるために、私の手を握ってはいただけないでしょうか?」


「ほう、面白い…… お主は真贋の巫女か」



転神教会には、『真贋の巫女』と呼ばれるユニーク・プレーヤーがいる。


特殊なスキルを持った女性に、特殊な訓練を課す事で。

触れるだけで、物の真偽を確かめられるそうだ。


その内容は門外不出の秘儀とされ。

転神教会が大きく飛躍した一因でもあった。


政治的にも、商売の道具としても。使い勝手が良かったからだろう。


もっとも今は、転神教会自体が信用を失っているから。

過去の威厳も無くなっているのだが。



ナタリー司教がリリーの手を取ると。

――彼女は無言で、深く頭を下げた。


羽織っていたシーツが、はらりと床に落ちる。


リリーはそれに「うむー!」と、満足げに胸を張り。


シスター・ケイトは……

ナタリー司教のあらわになった胸元に驚いていた。


「先ほどディーン司祭の手を取った際に、予感のような物は感じましたが。

――これで確信致しました。

どうか私も、お供させていただければ光栄です」


ソファーの上で、両手をついて頭を下げるナタリー司教を見て。

分かったことが2つあった。



――ひとつは。

おっぱいだけじゃなく、やはりお尻もムッチリと大きい事……


――もうひとつは。

あの純白のパンツは、教会共通のモノだという事だ……



++ ++ ++ ++ ++



帰りの馬車を用意してもらい、教会に向かう寸前。

ようやくお嬢様があらわれた。


「お父様ともめたけど……

帝都までは、あたしもついて行く事にしたわ。


学園の卒業証書も受け取りに行きたいし。

あたしも18歳になったら皇位継承権が発生するの。


10何番とかって言う、遠いやつだけど……

その授与式を、ちょっと早いけどやっちゃおうって。

伯母様が言ってくれたし」



サイクロン家は、皇族御三家のひとつだ。

母親が宰相殿下の妹なら、皇位継承権が発生する。


宰相殿下は未婚だから……

――今後、お嬢様がサイクロン家を継ぐ形にするのかもしれない。


「しかし同行は危険が伴うだろう」

俺が止めようとしたら。


「お父様の条件は、あなたがあたしを護衛する事よ。

だから宜しくね!」


なんだか頭痛がしてきたが……

帝都までなら、それほど危険もなさそうだし。

放っておいても、ついてきそうだから。


「分かったよ。じゃあ、出発の準備が調ったら連絡する」

そう言って、馬車に乗り込んだ。


俺の隣に、リリーが腰かけ。

向かい合わせでシスター・ケイトとナタリー司教が座った。


2人はにこやかに会話をしていたから。

もう、打ち解けたのかもしれない。


「下僕よ! さき程聞いたが……

カックーレ・キョヌー病と言う、恐ろしい異世界病があるそうじゃな。

さすがの我も、そのような病は知らなんだ。

――その脅威は去ったのか?」


心配そうに聞いてきたリリーに。

俺は馬車の揺れに合わせて、ボインボインしている4つの大山脈を確認して。


「安心しろ、もう隠れてないから大丈夫だ」



クールにそう呟き……

――リリーの頭を、なぜてやった。

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