覚悟はできたのかい?
落ちてゆく意識の中に、何かが飛び込んできた。
それがリリーだと気付くのに、一瞬の間があったが。
「下僕よ! 悪いが…… 少々、身体を借りるぞ」
リリーの感覚がハッキリと感じられると同時に。
「や、やあ! 久しぶりだね」
もうひとりの男の存在も確認できた。
「この! 阿呆がー!!」
落ちてゆくリリーを受け止めたその男は。
「ああ、会いたかったよ」
銀髪を肩まで流した、純白の聖衣をまとう美少年で。
リリーを愛おしそうに抱きしめた。
「こりゃ、いい、いきなりなにをしおる!」
抱きしめられたリリーが、慌てながら……
――照れたように、顔を赤らめるのを見て。
なぜか俺は、チクリと胸が痛んだ。
まさか嫉妬? あんなガキに?
クールに心の中で笑ってみせたが……
――その痛みは、なぜか増すばかりだった。
++ ++ ++ ++ ++
「ここは?」
落ちた先は、山々に囲まれた緑豊かな大地だった。
「キミの心の安らぎの場所だよ」
優し気な笑みで話しかけてきたのは、ラズロットそっくりな美少年だ。
年齢は…… 10代のようにも見えるが。
どこか貫禄があり。正直確定できない。
リリーはその横で頬を膨らませ、その男を睨んでいる。
もう一度周りを見ると。
ここは、老師たちと一緒に暮らした森の中そっくりだった。
「あの子がね、僕を捕えるために。
神殿と飲み込んじゃった魔法石の力を利用して。特殊な陣を描いたんだ。
僕もうかつだったよ……
まさかこんなにも早く、バレるとは思ってなかったから。
心の準備が出来て無かった」
そして、のんびりと語り始めた。
「キミ達が知りたいのは、教会と開き始めた『第三の門』の関係だよね。
この教会は。 ――もう分かってるようだけど。
地下との教会建物の2重構造で形どられた魔法結界なんだ。
そして他の土地に4つの建築物を造らせて。
『第三の門』をおおうように
3重魔法陣なんだ。
僕は門を閉じるのが精一杯で、壊す事が出来なかったからね。
最後に弟子たちにお願いして、建物を造らせ。
精神体になってそれを守護しながら。
世の動きを眺めるのが限界だった。
リリー、キミと話したかったのは山々だったけど。
僕にも事情があったのさ」
「やはり阿呆は、阿呆じゃな!
そんな事をしても、問題を引き延ばすだけで……
――何の解決にもならん!」
リリーが怒鳴る。
「うーん。僕としては、未来に託したんだけどねえ。
いつかこの陣の謎を解いて、門を破壊する誰かがあらわれることを願って。
教義や聖典にも沢山ヒントを残したのに。
だれも気付いてくれなかったから、もう、寂しくって」
やれやれと言った感じで首を振る男に。
「そんな無責任なことをせんでも、我が!」
リリーがもう一度怒鳴ると。男はその言葉をさえぎり。
「キミが命を投げ出して、門を破壊しても何の解決にもならないよ。
これはね…… 世を託された『人の形』をした種族の試練なんだ」
優しく、そう言う。
「しかし、人族は千年以上それに気付かんかったわけじゃし。
そこで惚けとる男も…… 確かに才能はあるが。
昔の女や出来事に未練たらたらで、いじけておるだけの阿呆じゃ。
――責任は。
もう滅びゆく、我が取るべきものじゃ」
リリーの呟きに反論しようとしたら。
「また…… 勝手に死を急ぐ。
あの時の繰り返しじゃないか。
どうせ、彼をおいて聖国に向かって。ひっそりと扉を破壊して。
それで自分の命を失っても……
――丸く収まれば良いって、考えてたんだろう」
男がそう呟いた。リリーは悔しそうな顔をするだけで。
……反論をしない。
「ねえ、ディーン。
キミに種族の運命を委ねるつもりはないよ。
ただこの子の暴走を、止めてもらえると助かるんだ。
千年以上待った甲斐があったのか……
他にも聖人候補があらわれたようだしね」
「そ、そうなのか! ラズロットよ!!」
リリーが慌てて男に詰め寄る。
「まだ不確かだけど…… 今代の勇者はそう考えて。
なにやらいろいろと動いているようだねえ」
俺は強引に2人の会話に割り込んだ。
「ここまで巻き込んどいて、勝手に話を進めるな!
リリー、お前もだ。なに考えてるのか知らねえが……
俺は動かないとは言ってないし。
この件から手を引く気はない!」
男が、俺に振り返り。
「やっぱり…… いい目をしている。
さすが、この子が見込んだ男だ。
――覚悟はできたのかい?」
ブルーの澄んだ瞳で、俺の目を見つめ返した。
「前にも言っただろう! 覚悟なんか必要ない。
ただ、後悔をしたくないんだ」
俺がそう言い返すと、奴は左手を俺にかざし。
「やれやれ…… じゃあ、細かい話は追々するとして。
まずは、キミの心の解錠を進めさせてもらうよ。
やっぱり僕は、キミに一番期待してるしね。
――そうそう、忠告として。
あの夫人と、今代の勇者には気を付けて」
強引に覚醒へ向かわせられる。
「おいこら阿呆!」
と、わめき立てるリリーの声と。
「うーん、じゃあまたね」
と、ボケたように語る男の声が遠くから響き。
俺は、急激な浮上感に包まれながら……
――意識を取り戻した。
++ ++ ++ ++ ++
まだ身体が上手く動かなかったが。
「ああ、ディーン様…… 大丈夫ですか!」
正面から押しつぶすように迫りくるシスターと。
「こら、なにをする! ディーン様をお守りするのは私の使命だ!」
後ろから羽交い絞めにしてくる、ルイーズのせいだった。
正面の巨大な弾力と。
背中に当たる、ささやかだが形の良いそれが……
――俺を精神的に束縛する。
「下僕よ…… お主はまったく」
ライアンに支えられたリリーが、大きくため息をついた。
俺はなんとか2人のおっぱい呪縛から逃れ。
「リリー、俺も聖国に行く。
どうせお前は、止めたって行くんだろう。
ここまで来て、会ったことも無い『聖人候補』とやらに。
任せる気もサラサラないしな。
それに、この件は俺と全く無関係ってわけでもないんだろう」
「やはりお主は、救いがたいお人好しの阿呆で……
――小賢しく知恵がまわりよる」
俺達の会話に。
「分かりました、ディーン様。
あたしもついてきます! 聖国なら昔住んでましたし。
ご案内もできますから」
シスター・ケイトが割り込み。
「それなら丁度良い。
ライアン副長とも話し合っていたんだが……
引き続きディーン様の警護ができる。いや、これは一石二鳥では?」
ルイーズが、ライアンの顔色を伺った。
「そーですね。うん、悪くない。
もう少し隊長と詰めてみますが…… 反対は、されないでしょうね」
ライアンは薄ら笑いでそう答えた。
「なあ、遊びに行くわけじゃなくて。
死地に赴くんだ。もう少し慎重に……」
シスターに向かって、そう話しかけたら。
「だったら、尚の事です! 決して足手まといにはならないよう。
頑張りますから…… おいてかないで下さい」
俺の手を取って、その巨大な胸に挟み込み。
上目使いに懇願してきた。
その色っぽい表情と。燃えるような赤い瞳にドギマギしてると。
「いや、お前は足手まといにしかならんだろう。
ディーン様は私がお守りするから、大人しく教会で留守番でもしていろ」
それを遮るように、顔ごとルイーズに抱き留められた。
芳醇な女性の香りが鼻を突き。
小さいながらも形の良い胸が、しっかりと俺の頬に当たる。
――やっぱり下着つけて無いですよね。ルイーズさん。
なんかいろいろ当たっちゃってますが……
「下僕よ……
ここは、我とラズロットの仲を嫉妬したお主が……
必死になって、『俺だって出来るぞ』アピールをじゃな。
――訴えてくる場面じゃないのか?」
リリーの声に、そちらを向くと。
ライアンから食事を受け取り、またモグモグと食べ始めていた。
「いつの世も、男とはいい加減なもんじゃ」
また大きなため息をつくリリーに。
「まったくでございます」
深く頭を下げるライアン。
険悪なムードを醸し出してる、シスターとルイーズ。
ため息つきたいのはこっちだと。
心の中でクールに呟いたら。
どこかから、ボケた男の……
――深いため息が聞こえてきた。
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