惚れた腫れたと言い寄って

教会に着くと、リリーがポツリと呟いた。


「いつかは下僕達に話さんと、いかんとは思っておったが……

――少々長くなるが、よいか?」


珍しく深刻な顔に、シスターも頷き。


「それでしたら、お夕飯はどうしますか?」


そんな心配をする。

シスターのちょっとズレた感覚は、俺をなごませてくれたが。


「そうじゃな、神殿に持ってきてくれんか? 話はそこでしよう」


まだ食うんかい!

と言う突っ込みをするべきかどうか。


ニコニコと笑うシスターと。

それでも真面目な顔でウンウン頷くアホの子に。



俺はどうしたら良いのか、分からなくなり……

――やっぱり放置することにした。



++ ++ ++ ++ ++



神殿の祭壇は、1段高い舞台のようになっている。


リリーがその奥の扉を開けると。

折りたたまれたシーツや服が、キレイに並べられていた。

そこから、『だんぼーる』と呼ばれる紙の箱を引きずり出す。


「シスター、あそこは祭事のための用具入れじゃなかったか?」

俺の素朴な疑問に。


「そうでしたが……

改修工事の際に、『おしいれ』と呼ばれるクローゼットに変えましたよ。

ラララさんから、お話は聞いてないですか?

リリー様の『おふとん』とかしまえて。

とっても便利なんです!」


リリーが神殿を自分の部屋にしているのは知っていたが……

そんな話はまったく聞いていない。


――後でラララを問い詰めておこう。


「ふむ、このぐらい小道具がそろっておれば大丈夫じゃろう。

では、第一幕!

……『ラズロットと麗しき美少女リリー・グランドの出会い』じゃ!」


そう叫んで、どこから拾ってきたのか分からない木の棒を振り回した。

なんだか昔、孤児院で見た『お遊戯会』にしか思えなかったが……


「リリー様素敵です!

あたし聖国で1度だけ演劇を見たことがあるんですが。

こんなのそれ以来です!」


シスター・ケイトがとても喜んでいるので。

とりあえず俺も、彼女の隣に腰を掛けた。



リリーのひとり芝居は、なかなかの物で。

内容はラズロット聖典にも語られる『始まりの章』を。

伝説の古龍リリー・グランドから見た形になっていた。



最古の『名も無き龍の王』が。

『龍』から人の形をした種族に繁栄が移ったと確信し。

世の覇権を譲渡する。その時……

『人族』『亜人族』『魔族』の、それぞれ3人の選ばれし若者に。

『種の教え』を授ける。


『人族』から選ばれたラズロットは『愛』を。

『亜人族』から選ばれたドーン・ギウスは『知』を。

そして『魔族』から選ばれた男には『真実』を。


――それぞれ分割して伝えた。


名も無き龍の王は、その3つの種族がお互いに協力し。

争いを起こさないようにする考えだったが。


「親父殿は、どこか抜けたところがあってなあ。

それが引き金で、3つの種族は争いを始めてしまったのじゃ」

リリーが、木の棒をクルクルとまわす。


もちろんそれを受け取った若者たちは、争いを止めようと奮闘する。

その若者たちを助けるために、古龍たちも力を貸した。


「我がラズロットを。妹のテルマがドーンを。

そして魔族の男には…… まあ、そこは語らんでも良いじゃろう」


そして争いは収束の方向へ進むが……

人族、亜人族、それぞれの若者の部下から。


――裏切り者があらわれる。


「手を引いとったのは、魔族の男じゃったな。

我も危うく殺されるところじゃった!」


魔族の男が狙っていたのは、この世の制覇と。

『真実の扉』とも呼ばれる。

――第三の門を開く事だったと伝えられている。


そこまでは、ラズロット聖典にも。

賢者会の『ドーン・ギウスの言葉』にも描かれている。


――有名な逸話だ。


「なあ、リリー。

そこまでは、俺もシスターも知ってるよ。

問題は、今回の五芒星ペンタグラムの問題で……」


「あせるでない! 下僕よ。物事には順序があろう。

この後は、どうやら伝わっておらん…… 話の根本じゃ」


「リリー様、まだ続きがあるんですね!

聖典のお話も、とっても面白かったです」


「そうかエロシスター。じゃあ、飯をはさんで第2幕じゃ!」


「分かりました」

シスターはそう言って神殿を飛び出し、夕飯の用意を始めた。



俺は、まだこのお遊戯会が続くことに……

――微妙な不安を覚えた。



++ ++ ++ ++ ++



シスターが夕飯を神殿の祭壇横に並べ始めたら。


「ディーン司祭、今日は何か祭事でも行うんですか?」

ライアンとルイーズが、顔を出した。


「今日の報告と、これからの相談をと思ってましたが……

日を改めましょうか?」

俺がどうしようか迷っていると。


「――竜族の2人か。

お主らにも、いつかは話さねばならんからな。

これから我が考えておる、今回の件の原因を語ろうと思ってな。

ちょうど良い…… そこに腰かけて、とくと聴くのじゃ!」

リリーが壇上で、板のようなペラペラの胸を張ると。


「ははっ! 龍姫様。

もったいないお言葉、ありがとうございます」

2人は膝を着き、深々と頭を下げた。


「ライアン様もルイーズ様も、どうぞ召しあがってください!

沢山ご用意しましたので、ご遠慮なく」


それを見ていたシスターが、ニコニコと2人に笑いかける。



どうやら……

このノリについて行けて無いのは。

――俺だけのようだった。



++ ++ ++ ++ ++



「もぐ、それでじゃな、もぐもぐ。

問題の、もぐ。五芒星ペンタグラムじゃが、もぐもぐ」


「おいリリー、食べるかしゃべるかどっちかにしろ!

行儀が悪い!!」


シスターが引き続き俺の左隣に。ルイーズが、少し悩んでから右隣に。

――それぞれ座った。


ライアンは薄ら笑いを浮かべながら、俺達の後ろの席に着く。


「せかすでない、阿呆!」


そして強引に口の中の物を飲み込むと、祭壇の中央に立って。

例の棒を器用にクルクルまわした。


後ろから。

「――なんと神々しい」

ライアンの変な呟きが聞こえたが……


俺はリリーの、口まわりの汚れが気になってしかたがなかった。


確かにリリーの動きは…… 何か魔法陣を描くように。

一定個所を行ったり来たりするし。

あの棒の動きもそれっぽいが。


演劇をしながら、複雑な魔法術式を組み立てるなんて。

アホの子には無理過ぎるし。


だいたい、そんなことする必要がどこにも無い。


「ラズロットの阿呆が、止める我を振り切るために……

――この地に我を縛り。

あの魔族の男が成そうとした、『第三の門』を開くのを食い止めた。

ここまではどうやら、伝わっておるようじゃが。

幾つか違う部分と、足りん部分がある」


リリーはそこで、一度深呼吸をした。


「まず『第三の門』は、真実の扉と呼べるようなモンではない。

我が封印される前は、滅びの扉と呼んでおった。

どこでどう話が変わってしまったのやら……

正体は『龍の嘆き』じゃ。

最近の応用魔法学では『隕石』と呼んどるそうじゃな」


そもそも龍脈が活性化し、山々が火を吐く『龍の叫び』の中で。

大きな岩が持ち上げられ、それが地表に落ちるのが『龍の嘆き』だ。


しかし『龍の叫び』が起きなくても。

天から巨大な岩が飛来した記録は、幾つかある。

120年前この地で記録された『大災害』も、そのひとつだ。


西の賢者会は飛来した岩を研究し、ひとつの仮説を立てていた。

それは星々の世界から、この世に降らされたのが……

大災害を招く『龍の嘆き』ではないかと。


東の賢者会も天文学的な考えから、その仮説を支持していたが。

立証が困難で、ただの仮説としていた。


しかし異世界の考えでは。

それは『隕石』と呼ばれる星々の世界からの飛来物だと。

――そう言われているそうだ。


「あれは、過ぎた龍力が天の罰を招くものじゃ。


長すぎる同一種の繁栄は、天神どもの気に召さんようでな。


どうやら異世界の龍どもは。

天の裁きによって、既に滅んでおるそうじゃし」



リリーは少し寂し気に、天井の宗教画イコンを眺めた。

そこには大きく『名も無き龍の王』が描かれている。


「龍姫様、ひょっとして…… それで。

他の神龍様に、世から隠れるよう。 ――そう、申し伝えたのですか?」


ライアンの質問に、ビクリとルイーズの肩が揺れた。

竜人族としては、きっと重大な問題なのだろう。


「それもあるがな。そもそも主ら人の形をとった『竜族』と違って。

我ら『龍』は…… 既に衰退して。滅びを待つ種族じゃ。


どうやらその事では、我が寝ておる間に。

主たちに迷惑をかけたようじゃな。


――申し訳ない事をした」



リリーが謝ると…… ライアンとルイーズは椅子を降りて。

地に頭を着けるような姿になり。


「滅相もありません。

龍姫様の深い考えによって、世が守られたのであれば。

――それは我ら竜族の誇り。

むしろそのお考えに、気付くことが出来なかった我ら竜族の……

浅はかさを恥じるばかりです」


「そう言ってもらえれば…… 助かるな。

そう、かしこまらんでも良い。面を上げてくれ」


そしてリリーは、祭壇の横にあった肉を口に放り込んだ。

ライアンとルイーズが席に着くのを確認して。


「それで、この教会と……

龍脈や列車を利用した大型魔法陣で。

誰かが『龍の嘆き』を再現しようとしてるのか?

――頼むから早く、詳細を話してくれ」


俺はあきれながら、リリーをうながした。


「もぐもぐ、それはじゃな、もぐ。ようはな、もぐ……」

「だから、食うかしゃべるかどっちかにしろ!」


俺が怒鳴ると、リリーはゴクリと肉を飲み込んで。


「違う部分の説明は以上じゃ。

あとは、足りん部分じゃな。


ラズロットの阿呆は、自分を贄に。

あの時『第三の門』を閉じたようじゃが……

――肉体は死んだが、精神は生きておる。


あれほど、惚れた腫れたと言い寄ってきたくせに。

精神体になってから、我が話しかけても、なしのつぶてじゃ。


いつの世も、男はいい加減だと諦めておったが」


リリーは俺を見て、ニャリと笑い。

突然手に持っていた、木の棒を俺に突き付けた。


「最近どっかの阿呆に取りついたようでな」

急に、身体が動かなくなる。


これは…… リリーが仕組んだ魔法術式か?


「やっと尻尾が捕まえられたようじゃ!

詳細とやらは、そこで逃げ隠れしておった阿呆に……

――直接、聞くとしようか」


そして目まいが襲ってきて。



どこか遠くから……

「相変わらず強引だなあ」と。

――ボケた男の声が聞こえてきた。

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