2つの山脈

リリーを捕まえて、飲み込んだ魔法石を吐かそうとしたが。


「むむー、これは下僕にはまだ早いのじゃ!

渡す訳にはいかん!!」


そう言って暴れて、結局取り出すことができなかった。

俺達の騒ぎを聞きつけた伯爵夫人も、その場に来たが。


「まあまあ、大変。お腹を壊さなきゃ良いけど」

と、リリーの健康を気遣うだけで。


――魔法石に関しては。


「そうね…… でも、その方が安心かも」

そう言って、クスクス笑うだけで。


「あたしはね、昔から男を見る目には自信があるのよ。

あの人も、地方の小さな男爵家の出身だったけど。

他の男どもより、光って見えたわ。


――あなたも、とても良い目をしている。


石の件はお任せしました。

……それから、娘のこともよろしくね」


そう言い残すと、優雅に立ち去って行った。

ひょっとしたら、あれは伯爵よりも曲者かも知れない。



シスターは、すっかり体調を取り戻したようで。

「リリー様、大丈夫かしら?」


他人の心配事を始める始末だ。

彼女のお人好は、ある意味…… 聖人の域に達しているのかも知れない。


「我なら大丈夫じゃ、それより豪華な飯がまだ残っておる!

エロシスターも良くなったようじゃし。

ほれ、急いで食いに行こう! 無くなってしまうぞ!」


アホの子はそう言って。

シスターの手を引き、元気いっぱいに食事が並ぶテーブルへ向かった。


あれなら、そんなに心配しなくて良いかも知れない。


もしぐずるようなら、きつめの虫下しポーションでもガブ飲みさせてやろう。

あいつにそれがキクかどうかは謎だが……


俺は、楽しそうに笑いあう2人の背を見ながら。



育児書も読まなくちゃダメだな、と……

――心の中でクールに呟いた。



++ ++ ++ ++ ++



「今までハーパードの街まで、馬車で半日かかったけど。

これで、たった2刻で移動できるようになるわ!」


お嬢様が、俺の隣で鼻息荒く解説する。


「水や温泉、魔法石なんかの資源も豊富だし。

応用魔法工場の建設予定もたくさんあるの。

これからは、この街。 ――サイクロンの時代ね!」


地震の影響で定刻より少し遅れて列車は到着したが。

開通式自体は、予定通り行うようだ。


宰相バリオッデ殿下が、壇上にゆっくりと上がった。

距離がありすぎて、ハッキリと顔が見えないが。


肩までのストレートの金髪の奥に潜む顔立ちは。

お嬢様に似ていなくもない。


年齢は40近くだと聞いていたが……

それを思わせない、美しさと威厳が。

この場所からもはっきりと感じられた。


「あたしは、聖国からここまで馬車で移動しましたから。

――20日以上かかりました。

今なら、どれぐらいで移動できるのでしょう?」


「ケイトは聖国の出身だったわね!

待ってて、路線図があるから。それで調べてあげるわ」


お嬢様が近くにいる兵士に話しかけると。

『ぱんふれっと』と呼ばれる印刷物を4冊持ってきた。


俺とリリーとシスターにも。それぞれ手渡してくれる。


それを開くと列車の時刻や、各駅の紹介。

見開きには帝国全土とその周辺の地図と、列車の路線が描かれていた。


「あたしは帝都からハーパードまで、列車で移動して。

そこから馬車で帰ってきたのよ。

その時、列車が1日、馬車が1日だったから……

聖国までは、帝都より西のブラウンモールの駅が近いし。

ブラウンモールからだと、20リーグぐらい離れてるから。

――そうね。列車で2日、馬車で1日ってとこかな」


「たった3日で? 列車って凄いんですね……」

シスターが驚きの声を上げる。


壇上に上がっていた宰相殿下が、拍手を贈られ退場した。

屈強な帝国の騎士達が、宰相殿下をおおうように警備に入る。


――どうやら問題なく、式典は終わりそうだ。


「ディーン様、そう言えば明後日……

教区長様が教会へ、挨拶におみえになりますが。

何か特別なご用意が必要でしょうか?」


最近のバタバタですっかり忘れていたが。そんな約束もしていたな。


「特に必要はないだろう。

もう伯爵家にも了解を取ってあるし」


「任せといて、ケイト!

あんた達に恥をかかせないよう。

あたしがちゃんと、とりなしてあげるから」


お嬢様が胸を張ると、その大きく開いたドレスの首回りから。

2つの膨らみがこぼれそうになった。


なんかもう、上半分完全に見えちゃってますが。


シスターもそうだが……

最近若い女性の間で、胸の開いた服が流行っているのだろうか?


俺が悩んでいたら。

「下僕よ!

この野菜で包んだ肉も、なかなかの味じゃぞ!」



相変わらずリリーは……

――飯ばかり食っていた。



++ ++ ++ ++ ++



シスター・ケイトの体調を気遣っての事だろう。

お嬢様が、帰りの馬車を用意してくれた。


俺が礼を言ったら。

「そ、その程度の事なんでもないわ!」

てれたようにそっぽを向いた。


それじゃあ、乙女絵巻の『悪役令嬢』じゃなくて。

少年絵巻の『つんでーれ』だと。突っ込んでやろうと思ったが。


変に『でーれ』られても困るので。

――放置しておいた。



馬車に3人で乗り込みしばらくすると、ゆっくりと地面が揺れた。

「ま、また地震ですか?」


怖がるシスターに。


「地震は一度起きると、何度も繰り返し揺れるのさ。

聖国は山も龍脈もない海沿いの街だと聞くから。

馴染みがないだろうけど。

この揺れ方なら、大きくはならないだろうから。安心してくれ」


俺が説明したら。


「ほう! 多少の知恵があるようじゃな」

アホの子に感心された。


「山や龍脈が地震を呼ぶんですか?」


教会まで時間がありそうだったから。

お嬢様にもらった『ぱんふれっと』の路線図を広げて。

隣に座っているシスターに見せる。


「賢者会では……

地面は人が気付くことが出来ない程の、ゆっくりとした速度で動いていて。

その動きがぶつかり合う場所が『山脈』だと考えている」


その路線図の地図の上に、開錠用の金具で。

帝国内に存在する2つの山脈を書き込む。


「それと、山々が火を噴く『龍の叫び』や。

温泉の水を温める力も…… 地下を流れる『龍脈』が影響していて。

これも地震の原因だと考えてる」


さらにその上に、4本の龍脈を書き加える。


「この2つが影響し合う場所は、地震が多くて。

外れている個所は地震が起きない」


聖国は、どちらも影響しない場所にある。


「この街は、龍脈のギリギリ端で、そもそも大きな地震の記録が無いし。

今の揺れも、ゆっくりと横に動いていたから。

……たぶんどこか遠く。

この辺りで起きた地震が、伝わってきただけだろう」


俺はサイクロンの一番近くにある、山脈と龍脈が重なる場所を指さした。


「だいたい間違っておらんな!」

リリーが反対側の椅子から、『ぱんふれっと』をのぞき込んできた。


そしてまた、自分の椅子に深く座り込み……

――寂し気に深いため息をつく。


横で見ていたシスターは。


「この辺りは誰も住んでいない山地ですし。

街に大きな被害が出ないなら、安心ですね!」


俺に身体を寄せてきて、ニコリと笑った。


『ぱんふれっと』の横で揺れるシスターの巨大な2つの山脈が。

馬車の揺れに合わせて、タフンタフンと振動している。


このままでは、俺に精神的な被害が及びかねないと。

もう一度路線図に目を落として……



「なあ、リリー。

おまえいつから気付いてたんだ?」

自分のバカさ加減に、あきれ返ってしまった。


「なんのことじゃ?」


「とぼけても無駄だ…… お前が通信魔法板を使って。

いろいろ調べてたのは知っている。


それに、駅の件で寝たふりをしてたのもな。


おかげで、ライアンとルウルの襲撃が成功したから助かったが……

本当はあの黒ずくめの奴から、なにか探るのが目的だったのか?


――ここが起点だとすると」



俺は『ぱんふれっと』を睨み、位置計算をする。

馬車の振動が邪魔で、数式が上手くまとまらない。


いら立つ俺を慰めるように。


「狙いはその、聖国じゃろう。

もっとも、この地での魔法結界の作成は……

――失敗しとるはずじゃ。

なぜその陣が起動を始めたのか、我にもサッパリ分からん」


リリーが困ったように、そう答えた。


「どうして早く、それを言わなかった!」

あせる俺の言葉に。


「問題が起きるとしても、その聖国とやらの一部じゃ。

多くの者が命を失うやもしれんが……

我らとは、関係ない話だと割り切ることもできよう。

下僕よ、主は…… それを止めに行って。

自分の命を危険にさらす気か?」


リリーの表情に、俺は返す言葉を失ってしまった。

今にも泣きそうな、その瞳から目を逸らし。


ただ俺は、『ぱんふれっと』に浮き出た。



『路線』と『龍脈』と『山脈』が形作る……

――五芒星ペンタグラムに、目を落とした。

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