第8話:幕間の話



《コバルティア》、それは地下に広がる《臆病者》たちの都市の名前。かつて地上のある国に仕えていたが、地上に現れた魔族に恐れをなし戦うことなく国を捨てて逃げた人間たちの都市のことだ。彼らは、かつて仕えた国が滅びる瞬間を目の当たりにし、その後悔と贖罪の念を胸に自ら地下へと姿を消したのである。


近親婚を繰り返し、地下のモノを口にして生きてきた彼らは、いつしか遺伝子の構造や《陰》の気によって体を蝕まれていた。元々人間は地上に暮らしていたため、《陽》の気が優位である。そのため、地下で摂取したあらゆるモノに含まれた強すぎる《陰》の気は、人間にとっては猛毒であった。彼らは次第に短命になり、一族は滅びの一途を辿っていた。


そんな中で一人の少年が覚醒した。原初の《異端児》、別名 《灰の遺児》だ。彼は寿命が極端に短い代わりに、強い《陰》の気と《陽》の気を操ることができる稀有な存在だった。その強い力は死者をも動かし、自らに不老不死の呪いをかけ、再び《コバルティア》に繁栄をもたらしたのだ。


しかし、死者を動かす力とは、本来命を散らした瞬間に肉体を飛び出す魂に呪いをかけて、永遠にその肉体に縛りつけるというものだった。また、その術で動き出した死者は術者が息絶えるまで永遠に術者に隷属しなければならない身となったのである。


術者は次第に力を持ち、《族長》と呼ばれるようになった。彼も一族をまとめ、短命の苦しみから逃れられるように《民》に呪いをかけ続けてきた。《民》もまたそれが至極当然のことであるように、その呪いを受け入れていた。


さて、何百年経ったろうか。ある世代から突然 《族長》の呪いを受けることを拒む《民》が生まれ始めた。許されるまで死者となって生き続けなければならないことに苦しみを覚えた《民》たちだった。


自分たちがどうして地下に閉じ込められなければならないのか。あの戦いを知らない世代は、この運命に疑問を持ったのだ。


死者たちは、地下から出ようと考えたことなどなかった。自分たちの罪をよく知っていた彼らにとって、地上へ赴くことは禁忌であったのだ。いくら時代が流れても、地上の人間たちが《コバルティア》の存在を忘れても、それは消して許されたことにはならないから。


しかし、《民》を悩ませ続ける短命の呪いをとく鍵は地上に行かないとないのだという。地上ではなく、《コバルティア》で生まれ育った子たちは禁忌である地上を目指すようになった。


人間らしい生き方を忘れていた《族長》は、その無駄な行動に呆れつつ、同時に必死に何かを求める彼らから、人間らしい生き方とは何かを少しずつ思い出し始めていた。


だから、彼は《コバルティア》で生まれたある《灰の遺児》たちに一つ昔話をしてやった。どんな病も治し、この命を長らえるための特効薬。その材料となる花―《ナディ》のことを。


《臆病者》の自分たちは死ぬことも怖れ、永遠の命にしがみついた。しかし、この子たちは違った。死ぬことを怖がるのでなく、「生きたい」という強い意思が彼らにはあった。《臆病者》に似つかわしくない、堅固な想いが……。


なるほど、この子らは《希望》だ。同世代に《灰の遺児》が三人も生まれる、ということは奇跡と言っても過言ではない。もしかしたら、この子らは変えられるかもしれない。《臆病者》の自分にはできなかった《民》の《救済》をこの子ならできるかもしれない。





自ら《希望》を担った《灰の遺児》らは地上へと消えた。未だに帰ってこないが、《民》も《族長》も信じていた。彼らはやり遂げると。新しい《希望》を手に必ず帰還するだろうと。




《ラフェルトの帳面》






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