第7話:約束
安堵したのか、キリルの表情に自然と笑みが浮かんだ。殺気も何も感じない、心からの笑顔。それはキリルがイリアの考えに同意したことを示していた。
「騙されるな、キリル!!」
突然、声がした。一行が揃って振り返ると、茂みから縄できれいに絞め固められたダークエルフが現れた。その顔はジズにも覚えがある。
「シーギ……無事だったの」
「おやまあ。これを見て無事ととるなんて、なんと御目出度い坊やだ」
澄んだ声。
ややあって拘束されたシーギを蹴倒して背中を踏みつけた人物もジズは知っていた。
「チェフィ!?どうしてここに……」
「お仕事ですよ。《吸血虫》の駆除と大量発生の原因究明……、ついでにジズさんが困っていた助太刀せよ、との指令が下りましたので」
はい、これにてやかましい虫の駆除は完了でございます。
やめろ、と足元で怒鳴るシーギをチェフィーロはグリッと少々強めに踏みつけた。そのあんまりと言えばあんまりな仕打ちにキリルの目に怒りの色が生まれる。
一瞬、なぜキリルが怒ったのか、状況がわからなかったジズだが、黒く染まったシーギの髪を見て、なるほど、と納得する。恐らく彼もまた閉じ込められた一族の一人なのだろう。
「チェフィ、いくら敵とはいえそれはさすがにないよ。足どかしてやって」
「そうですか?ジズさんたちの邪魔をした一味なんですし、これぐらいしても構わないかと思いますが。……でもまあ、そう言うなら」
彼はそう言ってわりと素直に足を降ろしたが、縄をとくつもりはないようだ。そこまでの信頼できない、ということだろう。
「《灰蜘蛛》、あいつはお前の仲間か?」
「そうだよ。君こそ、あいつは仲間?」
「そうだ。……シーギと話したい、構わないよな?」
「だそうだよ、チェフィ」
ジズが話を振ると、チェフィーロは呆れたような表情で深く息をついてみせた。どうやらチェフィーロもキリルとシーギの関係に気がついているらしい。
「はぁ、相変わらず甘い方ですね。……このままでよろしければ好きなだけおしゃべりなさいませ」
チェフィーロはシーギを縛った縄をグイッと引いて彼の体を無理矢理立ち上がらせた。縄の食い込む音と共にシーギは顔を歪め、チェフィーロを恨めしそうに見やった。
「くそ、あまり調子に乗るなよ、人間風情が」
「その《人間風情》に負けたのは、あんたでござんしょ?ほら、わちきの気が変わらないうちにさっさと終わらせてくなんし」
シーギの怒りを彼はつまらなさそうに受け流す。
「チッ!まあいい。それよりも、キリル。お前はなぜイリアを始末していない?リュゼ様の気配も消えてしまった、一体何を企んでいる?」
「シーギ、聞いてくれ。俺たちの口伝は偽りだったんだ」
「なんだと?」
怪訝な顔をするのも無理はないだろう。シーギとて先程までのキリルと同じように、《月慈》が自分たちの祖先を騙して閉じ込めたと信じて疑っていないのだから。
「俺たちの祖先は魔族にたぶらかされて、侵攻の手助けをしたんだ。《月慈》の連中は、俺たちをはめるために閉じ込めたんじゃなかった」
キリルはそれを偽りと教えるために必死に説明した。だが、生まれてから今日までずっと信じていた《希望》を彼一人の言葉で覆すことは簡単ではなかった。
「何を言ってるんだ、キリル。お前、まさかこいつらに洗脳されたのか?」
「違う!!俺たちは利用されていたんだ、昔も、今も……」
「信じられるか、そんなこと!じゃあなんだ、俺たちの祖先が悪いのか!?だから、俺たちはずっと閉じ込められて、真実をねじ曲げられ、魔族の手駒にされてたって言うのかよ!」
「そういうことみたいだ。《誓約》がそれを証明した、偽りはない」
激昂するシーギに語りかけるキリル。しかし、シーギの目には今やキリルに対する疑念の光が生じていた。
「キリル、なんでそんな嘘をつくんだ?」
「だから、嘘じゃないと……っ!」
「じゃあ!俺たちがずっと苦しんできたことはなんだったんだ!俺たちの祖先が悪いからって、どうして俺たちまで苦しい思いをしなきゃならねぇんだ!」
「……っ、それは」
キリルは言葉につまってしまう。すると、黙って聞いていたチェフィーロが、やれやれ、と肩をすくめた。
「これでは平行線ですね、時間の無駄です。もういいですよね?」
「お前、シーギに何するつもりだ」
「それはギルドの評議員の皆様に決めていただきます。あぁ、あんたらもついでに一緒にいらっしゃい」
「なっ!なぜお前なんかと」
手招きをしてくるチェフィーロにキリルが噛みつく。が、チェフィーロは涼しい顔で言った。
「その子、瀕死でございましょ?ギルドにて治療を受けさせてやりますから。それでよろしいでしょ、ジズさん」
同意を求められたので、ジズは頼むよ、と短く返した。そして驚くキリルに視線を移し柔らかく笑んだ。
「大丈夫、チェフィは変な奴だけど、何もなしに誰かを傷つけるようなことはしない」
「そういう問題では……」
「ねぇ、キリル。まずは生きなきゃ。そうでなければ《希望》はずっと最果てにあるままだ。一族を助けるために君のすべき最善は、その子の治療からだ」
俺も巡礼が終わったらすぐに帰って診てやるから。
言い聞かせるようにキリルに投げかける。すると、初めは頑なだった彼も次第に受け入れ始め、終いには、わかった、と頷いた。
「イリア、約束だよ。巡礼が済んだら、必ずまた会って封印のやり方を変える研究をしよう」
「もちろんだよ、キリル。約束する」
二人はそんな言葉をかわして別れた。お互いの願いを叶えるための道へと……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます