第14話:支えし二人の戦い


ドシャッと生々しい音がする。突如襲撃してきた大量の獣を仕留めたチェフィーロは、その死骸の中心ではぁ、と深く息をついた。


「全く……、本当に虫ケラはしつこくてなりませんね」


彼は町を出てからずっと山道をかき分けながら襲いかかってくる獣を全て蹴散らし続けていた。


この大量の獣を操っていたのは例の《吸血虫》である。父でギルドの評議員であるアディスの情報によると、どうやら《吸血虫》がこの近辺のみで異常に大量発生しているとのことだった。人為的な原因も考えられるため調査すると共に、ジズたちを阻む敵であるならば露払いをするのが今回の仕事だ。


「はぁ、やれやれ。疲れました。まさかこのようなことになっていたとは……」


山に入ってから三日、休まず戦うなんて何の試練なのか。チェフィーロは物憂げに天を仰いだ。自他ともに認める享楽主義者である彼は、自分の興味が向いたことがない限り動かない。表の顔はあくまでも「絵師」なので、普段はここまで戦うこともないのである。そんな彼の今回の仕事ぶりがこれだ。


彼は知らないだろうが、彼の働きで《吸血虫》操る獣たちがジズたちを襲うことはなくなっていた。とはいえ、こうして休むことなく戦っていれば疲れるのも道理である。


「ねぇ、休戦いたしません?」


チェフィーロは目の前に立つ男にそう言う。大柄な体躯のその男の耳はエルフのように鋭くとがっている。が、纏う気配はエルフの清廉されたものとは大きく異なっていた。その男が《月慈》の霊場襲撃の折りに《スカル・ナイト》に応戦していたシーギであるということを彼は知らない。


「そうだな、お前が退くならこちらは構わんぞ?」


三日戦い続けているチェフィーロ同様、シーギもかなり消耗している様子が見てとれた。それもそのはず、巡礼を阻むためにばら蒔いた《吸血虫》は目の前の青年に片っ端から蹴散らされてしまった。戦力補充のために再度ばら蒔いても結果は変わらない。ならば、とじかに相手しようとかけた奇襲も封殺され、今の今まで泥沼化しているのだから。


「あー、それはダメですね……。わちきの仕事は《吸血虫》大量発生の調査なんです」


あんたのばら蒔いてるそれですよ。


指で示されたのはシーギが持っている《吸血虫》の入ったカプセル状の容れ物。


「仕事か、誰の差し金だ?」


「はあ……、細かいことをごちゃごちゃとうるさいですねぇ。とりあえず皆迷惑するので、その虫ケラばら蒔くのやめてもらえませんかね?」


「断る。お前こそこちらの邪魔をするのをやめてもらいたいのだが?」


「無理です。仕事ですから」


「では、消えてもらうとしようか」


シーギが抜き身の細剣の先をチェフィーロに向ける。彼は息をつくと、手にしていたガラスペンのような形のロッドの先端を突きつけ返した。


「御免ですね」


クルルと軽快にそれを回しながら、柄に備わった色とりどりの石をまるでピアノかなにかを弾くように指で叩く。瞬間、ガラスペンの先端から噴き出した黒いインク状のものが次々とコウモリの形をとってシーギに襲いかかった。


そう、これが魔導絵師と呼ばれるチェフィーロの能力。複雑な術式が書き込まれたガラスペン型の魔法具から魔法をインク状に変化させて使役するという力だ。


しかし、それはお世辞にも戦闘向きのとは言えないものだ。


「お絵描き遊びは家でするんだな」


シーギが細剣の先端に黒い稲妻を乗せ、無造作に一閃させると、コウモリはたちまち霧散する。彼はそれだけにとどまらず、地を蹴ってあっという間にチェフィーロと間合いをつめ、近距離では回避の難しい突きを繰り出す。が、インクが邪魔をしてチェフィーロの体に攻撃は届かない。


「《オスクロ・ティンテ》、とこしえの闇より生まれし獣と成れ……」


チェフィーロのペンの先端から真っ黒なインクが狼の形となって飛び出した。


「《ネロ・リッツァ》、冥き稲妻よ貫け」


彼に攻撃の届かなかったシーギは一旦彼から間合いをとると手から黒紫の稲妻をまるで鞭のように打ち出した。


二つの攻撃はぶつかり合った瞬間に相殺される。チェフィーロとシーギはそれを確認する前にさらなる詠唱を行っては魔法を放つ。一進一退の攻防。忌々しそうな表情のシーギに対しチェフィーロはとても楽しそうに口角をあげていた。


「何がおかしい?」


「いえ、まさかここまでやるとは……。ふふふ、愉しいですねぇ」


「こちらは微塵も愉しくない。さっさと消えろ」


「あぁ、つれない方だ」


ですが、それでこそ、愉しみがいがあるというもの。


シーギは心底忌々しそうに舌打ちをすると、再び手に稲妻を集束させていく。どうやら勘にさわったらしい。


「我らは今度こそあの方の申した《希望》の下、地の国の封印をとくのだ。その崇高なる目的を笑うというのなら、もはや容赦せん」


消え去れ、という言葉と共に稲妻が飛ぶ。チェフィーロは笑みを崩すことなくペン先を向けると、放ったインクでそれを簡単に相殺する。


「……はぁ、で?」


「なっ!お前になにが……っ!」


「えぇ、その崇高なる目的とやらを笑うつもりはござんせんよ。えぇ、むしろ《希望》をお持ちなら叶えて差し上げたく思いますけどね。……ですが、先約があるのです。わちきはその方のために、あんたの《希望》を潰します」


悪気も何もなく、屈託のない笑みでとんでもない言動を吐いたチェフィーロ。シーギはさらに頭にきたらしく、ただ一言、殺す、と呟く。さらに強い魔力が放出されるのをチェフィーロは楽しそうに見つめていた。


その瞬間、突然強い魔力の気配が彼の肌にぴりりと刺さった。


「……おや?」


彼はそれまで気だるそうにしていた目を見開くと、中空に視線を巡らせて気配の主を探した。


どうやらここから西の方向で強い魔力の持ち主がぶつかっているらしい。しかもその片方はよく知ったギルドの仲間のものだ。


「……あぁ、これは喜ばしい」


すると、チェフィーロの目の前でシーギが突然肩を揺らして笑いだした。


「どういうことです?」


「あの方が、我らのために……」


「はぁ?誰です」


怪訝そうに言うチェフィーロ。瞬間、彼はすさまじい速さで鋭く飛んできたシーギの細剣をインクで弾いた。それは先程のシーギよりもずっと速く強い力となっていた。


――雰囲気が、変わった?


チェフィーロは緩んでいた口角を引き締めてシーギを睨み付ける。すると、今度はシーギの方が口角をあげながら勝ち誇ったように言う。


「我らの《希望》を叶えてくれる地の国の使者が来たのだ。これで奴等も終わりよ。さあ、お前もそろそろあの世に旅立つ覚悟はできたか?」


「……はぁ?何だか知りませんが、これはわちきのもう一つのお仕事に関わりそうですね」


とりあえず、あんたをぶち殺してしまいやしょ。


二人の殺気だった目がお互いを貫く。





互いが見据えた異なる《希望》、捻れ捻れたこの戦いはまだまだ終わらない。





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