第八章:昏冥

第1話:祈りと襲撃



夜、雲一つなく月がよく見える。

昼にゆっくり眠ったイリアは月の出と共に目覚めると、夕食に作っていたスープに見向きもせず月光浴に出てしまう。ジズは慌ててそれを追って外に出た。


小屋の前にはちょうど木のしげっていない広場のような場所がある。月の光が射し込むそこは月光浴には最適の場所だった。イリアはそこで目を伏せて手を合わせて、静かに息をしながら天を仰いでいた。


月光を孕んだ彼の白金の髪がキラキラと光る。それに共鳴するように体内を巡る力が満ちていくのをジズは見た。


すごい、と思った。彼の身から溢れる力は里を発つときよりも力強い。月の神の意思によるものか、はたまたイリアの意志であるのか、定かではないが、これを毎日続けたなら《巡礼》もつつがなく済むに違いない。


――このまま巡れば、《ナディ》はきっと花咲くだろう。悲願を達するためなら、この身なんて……。


瞬間、気配を感じたジズが動く。服の裾に潜ませていたメスを数本取り出してイリアを囲む気配に向かって投じたのだ。


――いや、やっぱり、それじゃ駄目だよね。


未だ気がつかずに月光浴を続けるイリアを囲む襲撃者たち。今日の刺客は泥人形だ。ジズのメスを受けても怯むことなくイリアに向かっていく。奴等には急所がない。月光浴をさせてはならないと本能的に悟った相手が阻止するためにしかけてきたに違いない。


――何度も揺れて、何度も迷ったけど……。もう、それも終わりだ。


ジズは腰にあるポーチの中から液体の入った瓶をふたつ取り出すしてコルクを指で弾いた。ハーシャラの精油、トゥペの粉末、液体燃料の元だ。護身用に持っているものがまだ残っていたので、それらを混ぜてよく振りマッチで火をつけて泥人形に投げつける。


泥は水分がなければ砂になる。水分を蒸発させて形を強制的に崩そうという作戦だ。


「えっ、うわぁっ!!」


辺りが明るくなったことでイリアが伏せていた目を開け、事態を把握するためにキョロキョロと視線を配る。


「大丈夫!それより早く《メルディ》に祈りを!!」


枯木になっている《メルディ》に燃え移ったら一大事だ。イリアは頷くとすぐに《メルディ》に駆け寄って手を合わせる。その目の前からボロボロに崩れかけた泥人形が襲いかかって来るのをジズはすぐさま《蜘蛛ノ糸》で拘束した。少し力を入れれば容易く崩れ去る。ジズはイリアの周囲をその糸で囲んで泥人形の襲撃を防いだ。


その時、イリアの祈りが済んだ。瞬間、辺りに清らかな光が差し一帯を浄化しながら《メルディ》に光が灯る。小さな新芽を枝から芽吹かせながら《メルディ》が揺れると、泥人形はまるで灰のようにサラサラと霧散していった。ジズの放った火もどういうわけか勢いを失い次第に沈下していった。


《捕食者ノ目》で辺りを探るが、敵の気配はない。何とか持ちこたえたようだ。ホッと息をついたところでイリアがジズに駆け寄ってくる。


「ジズ、終わったよ。守ってくれてありがとう」


「うん、お疲れ様。もういいのかい?」


イリアはちょっとだけ思案げ目を細めると、じゃあ、と首をかしげながら続けた。


「少しだけ月光浴させてほしい。明日のために力を蓄えておこうと思うから」


ジズは頷いて近くの切り株に腰かけると、再び彼が祈るのを見守った。その間も襲撃を警戒したが、幸い気配はなく、また襲撃されることもなかった。


どれぐらいそうしていただろうか。イリアがもう大丈夫、と言うので二人で小屋に戻ろうとしたとき、イリアのお腹の虫が寂しげに声をあげる。


「そういえば、ご飯まだだったね」


苦笑するジズにイリアは赤面しながら頷いた。すっかり冷めてしまっているだろうが、ロコの作ったスープがまだあるはずだ。俺もお腹すいたなぁ、と続けながら小屋の扉を開ける。


そこには予想通り湯気のたっていないスープの入った器が二つ置いてある。二つしかないところを見るとロコは先に食べたのだろう。そのロコの姿は小屋の勝手口の近くにあった。どうしたのか、じっと床を睨んで立ち尽くしている。


「戻ったか」


二人に気がついたロコは相変わらず涼しい表情だ。どうかした?とジズが続けると同時に、ジズの腹もキューと鳴く。彼はため息をつくと、食事のある一間に戻ってきて床に座って二人を促す


「さっさと食え。食ったら、ここを発つぞ」



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