第5話:依頼の真意


ジズが長老の家を出ると、ちょうどロコが里の入り口の方へ歩いていくのが見えた。イリアの様子を頼んでおいたのだが、何かあったのだろうか。


「ロコ!」


腹に力を入れて呼び止めると、彼は立ち止まってゆるゆると振り向く。


「用は済んだみたいだな。ならちょうどいい、来い」


瞬間、問答無用で脱いでいたフードをガシッと捕まれ、半ば引きずられるように人気のなさそうな物陰に連れていかれた。あまりに突然なのでジズが咳き込んでいる目の前で、ロコはアゲハ、と一言口にして左手中指にある二つの指輪のうち黄色と黒の紋様のあるものに呼びかけた。すると――。


「はぁい」


という声と共に突然タテハに良く似た姿の少年が姿を現す。彼もロコの作った精巧な人形、普段は魔法具である指輪に収納されている。


「お呼びですか?」


首を傾げるアゲハ少年。タテハが冷静な雰囲気ならば、こちらは少し飄々とした雰囲気と言ったところか。開いているのかわからないぐらいの糸目が特徴的だ。


「タテハがギルドについているだろう?連絡がとりたい」


「ふふ、承知いたしました。お待ちを」


アゲハは口許を袖で隠しながら押し黙った。ややあって、彼はどこからともなく顔ほどの大きさの丸鏡を取り出して、その鏡面を二人に向けた。


これは彼の能力の一つ、≪遠見ノ鏡≫だ。同じ鏡を持つタテハと鏡越しに話ができるという便利な魔法である。


「タテハ、主殿が呼んでるよ」


その呼びかけに応じるように鏡面が揺れる。そのさざ波の中から顔を出したのは言わずもがな。


「はい、御用でしょうか、主殿」


「コルド様はそこにいるか」


「はいはい、聞こえておるよ、ロコ」


飄々としながらも落ち着いた声。そこでタテハが鏡を声の主に向けたのだろう。そこには白磁の肌と雪白の三つ編み、紫水晶の双眸にモノクルをかけたハイエルフの姿が浮かび上がった。


彼がコルド。ギルド≪白烏≫の実権を握る評議員の一人だ。


コルドの方にもこちらの姿が鏡で見えているようで、


「ああ、ジズも一緒か。ならちょうどよい。追加依頼の話は聞いたか?」


「聞きました。なんで勝手に決めてるんです」


ジズがむくれた表情で言うと、コルドは、許せ許せ、と軽く笑う。


「なにせ、こなたの大切な友人だ。力となりたくてな」


「では、貴方がやればいいでしょう。私とジズでなくばならぬ理由、それを知りたい」


今度はロコが噛みつく。もっともな問いだ。コルドもその質問を待っていたかのようにニヤリと不敵に笑って見せた。


「鋭いな、ロコ」


「世辞はいらない」


「ふふふ、変わらんなぁ。――では教えようか、おことら、≪月慈の民≫が護るものは見たであろう?巡礼の意義も聞いたか?」


コルドの楽しそうな問いにジズは頷いた。すると、鏡の向こうの彼は、はて?とわざとらしく首を傾げた。


「ここまで聞けば察したと思ったのだがな…」


「なにそれ?新しいサボりの言い訳ですか?」


ジズは少し苛立った口調で返す。すると、コルドは、ふむ、と頷きながらさも楽しげに笑みを深めた。


「察しの悪い小僧だな。まあ、そう思うならそれでもよかろう。とにかく任せたぞ。おことらにもけして損無き依頼だ」


ここまで言ったのだ、いい加減察せよ。


にこりと笑いながら毒を吐き、ではな、と軽く手を振るコルド。待てよ、とジズが怒鳴るのも聞かず、彼は鏡面から姿を消した。

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