第2話:対話と容態



≪月慈の里≫に着いてから早四日が経った。ジズたちが訪れた初日にいきなり≪お祈り≫で力を使い果たしたイリアだったが、昨晩飲んだ≪月の雫≫の効果で今日は大分調子が良いようだ。


ジズとイリアの関係は少しずつ密接なものに変わってきていた。三日三晩欠かさずイリアの元にいたのも関係しているのだろう。その間に彼らはお互いの故郷の色々な伝統やしきたりについて語らった。


ロコはというと、ジズがイリアにかかりっきりなので、テソロや里の長老たちと話をしたり、一昨日は一度地上に戻ってギルドへの伝書をタテハに持たせたらしい。今回は荒事もなさそうなので、彼はひたすら補佐に回ってくれる。ありがたい話だ。


さて、今ジズは里の長老の家を訪れていた。話したいことがある、と向こうが彼にそう言って来たのだ。ジズはロコとテソロにイリアを任せて、一人長老の家にやって来ていた。


「失礼します、ジズです」


ドアをノックすると、中から家政婦らしき女性のエルフが姿を現した。彼女は、どうぞこちらへ、と家の中に彼を導く。


「長老さま、お連れいたしました」


「おお、よくぞいらっしゃいましたな。まあ、座ってください」


白い髭を蓄えたエルフの長老が椅子を進める。室内は比較的簡素で、地下でとれる石造りの机と椅子が部屋の中心にある。座り心地は椅子に取り付けられたクッションのおかげで大分いいが、少し固いように思われた。文句をつけるほどではない。


「突然お呼び立てして申し訳ありませんのぅ」


「いえ、こちらこそきちんとごあいさつもせず失礼いたしました」


先程も言った通り、彼はイリアの方にかかりっきりだったので、あいさつに行かなければ、と思いつつも実行できていなかった。謝るべきはこちらである。しかし、長老は首を振ると、構いませんよ、と返してくれた。


「時に、イリアの調子はいかがですかな?」


「端的に申し上げますと良くはありません。万全には程遠く思います」


「左様ですか。ちなみにイリアは何と言う病なのですか?」


その問いを受けてジズは腰のポーチから小さく畳んだ紙を出して長老に手渡した。イリアのカルテである。


「まずは最初コルド様から伺っていた容態に関しては≪陽光過敏症≫と≪炎皮病≫に間違いありません。≪炎皮病≫に関しましては魔法具で進行が止められているので、皮膚の炎症を止める軟膏を処方しました。しかし、≪陽光過敏症≫に関しては、有効な処方薬がありません。なので、副作用の少ない薬を頓服薬として処方させていただきました」


「≪陽光過敏症≫は治らぬのかのぅ」


「完治は難しいですね、そもそも何百年と地下に暮らしていれば、太陽光に対する抗体は生まれつき持たないですから。どうしてもその場で症状を緩和させる対処療法をとらざるを得ません。一番良いのは太陽光に当たらないこと、です」


「そうか、≪コバルティア≫の先進的な医療技術でも難しいか」


「完治に限りなく近い状態には持っていけます。ただ、太陽光に当たればまた発症する可能性は残されています」


世の中には治るものと治らないものがある。治るものは病、治らないものが障害とされる。イリアのそれは障害に近い。故にどう治すかではなく、どう付き合うかという考えが必要だ。医療魔法で何とかすれば、と思う人もいるだろう。が、例えば急性の疾患や怪我なら魔法で何とかなるだろうが、長年脈々と受け継がれた体質そのものを治すことは難しいのだ。


魔法とて万能ではない。完璧でもない。必ず限界はあるのだ。



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