第12話:希望の≪種≫


イリアはジズの言葉に終始驚きを隠さなかった。言葉を失っていると見える。だから、ジズは一緒に沈黙した。別に感想を求めている訳ではない。彼が気持ちを整理するのは少し時間がいるだろう。


「地上はどんなこと?」


ややあって、彼からそんな問いが投げかけられた。ジズは少し悩んでから、地獄かな、と口にした。


「地下住まいが長い君たち の一族ならわかるだろうけど、太陽の光に含まれた物質は、俺たちには有害だ。皮膚は焼けて痛かった。目も悪くなった。体が重くて痛くて…。こんなところに住める人間は狂ってるって思った。―― 死を思ったこともあった、このままだと狂ってしまう。情けない。自分が無力だ、ってさ。ね?ただの心の弱い人間だろ? 」


「それなのになんで…」


「生きたいから、それだけだよ」


「意味がわからないよ…。生きたいのに、死にたくなるようなところに行くなんて、どうかしてる」


ジズは苦笑すると、そう思うかもねぇ、と呟いた。だがすぐに、でもね、と優しく言葉を続ける。


「希望はあるはずなんだ。俺たちの≪種≫の成長を遅らせることができる≪ナディ≫の花粉、それを俺はずっと探している。それがあれば、≪コバルティア≫の人間の命が救われるから」


話がそれてしまったね、とジズはそれ以上続けるのをやめた。語ったからといって何になる?自分はイリアの半分以下も生きていない人間だ。偉そうに講釈垂れても、結局自分はイリアよりも人生経験のない若輩者だ。


だが、イリアは文句も言わずに聞いてくれた。それは正直に嬉しかったので、つい語らなくてもいいところまで語ってしまった。


「…やっぱり強いよ、お医者様は。そうやって自分のためじゃなくて、誰かのためなんて…」


僕なんて、とまた続けそうになるのでジズは慌てて首を振った。


「いやいや、巡り巡れば自分のためだよ。誰かのためなんて大層なこと、もう考えてもない。――

俺からしたら、自分だって苦しいのに、周りに気を遣ってひたすら我慢をしてる君の方が、ずっとすごいと思う」


「でも自分で決断したから地上に行けたんでしょ?強いよ。僕はまだ決意がつかないままだ…」


イリアは下を向く。頑固だなぁ、とジズは困ったようにこっそりと息をつきながら笑った。かつての自分とよく似ている。ぐずぐず言ってよく師匠と兄貴たちを困らせたものだ。


だからこそ、痛いほどイリアの気持ちはわかった。しかし、わかるよ、と同調できるほど、ジズはまだイリアを知らない。本当に理解できたら、思うところを語ってみようと密かに彼は決心した。


沈黙が流れる。


「ねぇ、一つ聞きたいんだけど」


ジズはそう口を切った。イリアがこちらを向いたので、彼はさらに続ける。


「君が≪陽光過敏症≫を治したいのは一体何故?地上に出なきゃならないでもあるの?」


今回の依頼で一番気になっている点をぶつけてみた。すると、イリアはコクリと頷いてゆるゆると口を開いた。


「今年は100年に一度の巡礼の年なんだ。地上に生きる≪メルディ≫全てに祈りを捧げる神事。その巡礼者として、今年は僕が選ばれたんだ」


枯木の≪メルディ≫に≪光の息吹≫を与えて成長させること。それが≪月慈の民≫が脈々と受け継いできた伝統的神事。それを行うためにも≪陽光過敏症≫を完治させたい、そうイリアはどことなく弱々しい声で話したのだった。







――≪ナディ≫は≪メルディ≫に宿るもの。雪解け水を飲んで成長し、かつ生命力の強いものが≪ナディ≫を宿らせると言われている。見つけるのは至難の技だよ、ジズ。せいぜい頑張ってね。


――君の命が尽きる前に、見つかるといいね。ぼくらは間に合わなかったからさ…。




ジズの脳裏にそんな声が浮かんでは消える。同時に直感した。


この≪巡礼≫が自分たちの希望の≪種≫となることを。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る