第4話:敵ヲ殲滅セヨ
ジズは白衣のような上着の裾をはね上げると太股に巻き付けていたベルトからメスをとり、その数本を繁みに投じた。ギャッ、と声をあげるあたり恐らく昆虫か獣の類い。ジズはすかさず反対の太股にある懐剣を抜き、その繁みに向かって走り出した。
虫か動物かと侮るなかれ、人の肉を喰らう種とて存在しているのだ。生半可な武器と覚悟は命取りである。
繁みに入ったジズを待ち受けていたのは狼の群れだった。ざっと十数匹、一様に口からよだれを垂らし目を血走らせていた。
「あーらら、相当キテるねぇ…」
――ちょっとこれだと、剣での戦いは嫌だなぁ…。
苦笑混じりに、しかしながら目は真剣そのもの。使い捨て用の手袋をはめながら、ジズはそう口にした。
しかし、目の前の狼は人肉を喰らうのではなく、鳥類の肉を好む種族のはずだ。人の気配には敏感で、自ら人間の前には躍り出ぬ警戒心の強い種族のはずだが。
――そういえば、この山道で最近≪吸血虫≫が大量発生してるとか、街の掲示板にあったな…。そいつらのウィルス感染で凶暴化でもしたか?
≪吸血虫≫、動物の生き血を吸い付くし、その屍を操って人間の血を狙う虫だ。この虫は微量の魔力を持っており、その力をウィルスとして対象に注入することで操っているのだ。≪吸血虫≫自体は小さな虫なので、人間に直接襲いかかってきては、あっという間にはたかれて終わる。が、大型の獣を操ることで獣が吸った血をさらに吸い付くすという、なんともエグく厄介な虫だ。
ジズがその虫の存在を確かめる前に、狼たちが襲いかかってくる。ジズは地を蹴って木に跳び乗ると、今度は腰にある医療品ポーチを開いて中を手早く探る。
――ハーシャラの精油とトゥペの粉末、ストックは五つ。…手早く済ませたいし、一つぐらいはいいか。
ハーシャラとトゥペ、ランタンのオイルに使う植物性の油と、≪吸血虫≫の持つウィルスを駆逐する成分を持つ粉末だ。混ぜれば…。
そう決断したジズの行動は速い。ハーシャラの精油の入った瓶にトゥペの粉末を入れて蓋をし、片手でよく振った。同時にポーチからマッチを取り出して口に加え、先端を箱の着火材に器用に擦り付けて火をつけた。
「巣ごと一網打尽にできたらラッキーなんだけどな。……消火は、後で考える!」
ジズは言いつつ瓶の蓋を開けて火のマッチと共に木に群がる狼たちめがけて落とした。あとはご存じの通り、眼下は見事に燃え上がって狼たち諸とも焼き尽くしていく。
「よく燃えるなぁ…」
ジズはその光景を眺めながら指で首筋の蜘蛛の刺青をなぞっていた。その時の彼の刺青は、心なしかぼんやりと淡く光っているように見えた。否、実際に光っていた。
――≪捕食者ノ目≫は巣の気配をとらえていないか……。巣が焼けたか、ここにはないか、どっちかだね。
蜘蛛の刺青を持つジズには少し特殊な能力があった。自分が敵と認識したモノと同質の気配を探る≪捕食者ノ目≫、魔力を蜘蛛の形に具現化し索敵などに利用する≪蜘蛛ノ子≫、魔力を細い糸にして対象の捕獲や治療など汎用性のある≪蜘蛛ノ糸≫。全て生まれつき備わっていた能力である。
≪捕食者ノ目≫で近くの敵を一掃したことを確認したジズは消火剤となるアガルスの粉末を持っていたことをと思い出したので、とりあえずあるだけその辺りに振り撒いてから地上に降りた。
ロコの方はもう片付いただろうか?
ジズはとりあえず集合場所に向かうことにした。
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