第2話:謎
「そろそろいいかな」
「頃合いだな」
青年―ロコがそう返事をすると、小柄な人物がボロ布を脱ぎ捨てた。布の中でかがんで丸めていた背中を伸ばしながら、彼―ジズはやれやれとため息をつく。
「本っっ当に不便!早く国際手配解除にならないかなぁ」
「お前がどこかの御曹司のお抱えになれば済む話だろ」
偽装した足枷を外して鞄に放り込みながらジズはブツブツと文句を垂れる。木にもたれ煙管をふかしながら聞いていたロコは煙と共にポツリと返した。
「それはごめんだねっ!偉い人にヘーコラする人生なんて真っ平だよ」
ジズはそう言いながら鞄から出したマントを羽織り、フードを目深にかぶった。これは太陽の光に弱いジズのために特別な材料で織られた布で作られたコート、これがなければジズは昼間に外に出ることもままならないのである。
そうでなくても彼は一応指名手配されている身、どこで誰が見ているかわからない。フードは顔を隠すためにも必須だ。
「あーあ、悪いことしてないのにこの仕打ちはひどいなぁ」
「文句を言うなら、お前の故郷のように医学が発展してない地上の連中に言うんだな」
ロコは言いつつ、カン、と渇いた音を立てながら煙管の灰を落とすと、そのままジズの脇を通りすぎて山道に向かって数歩足を進めた。途中で振り返り、ふて腐れた表情のジズを乱暴に手招く。
「お前が動きやすい夕刻も近い、今日行けるところまで移動するぞ。さっさと来い、でなくばおいていく」
「はいはーい、と」
ジズは唇を尖らせながらロコの後に続いて歩き出した。太陽はちょうど西へ沈みかけ、東には白い月がゆっくりと昇ってきている。見れば空にはもう一番星が瞬いている、夕焼けもきれいだし明日は晴れるだろう。絶好の旅日和だ。
ジズは鞄から取り出したランタンにマッチで火をつけた。ゆらゆらと震える赤い炎が地面に火影を落としているうちはまだよいが、これから木々のひしめく鬱蒼たる山道を行くのだ。備えは早い方がよかろう。
「ねえ、ロコ。≪月慈の里≫って、どんな所なんだい?」
黙って歩くのも退屈なのでジズがロコに声をかけると、ロコは振り返ることなく、知らん、と短く返してきた。それに対しジズは、おや、と実に意外そうな顔をする。迷いのない足取りだからてっきり訪れたものと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「何でも≪月神≫の加護を受けた長寿の一族らしいな。故に普段は地下に暮らし、満月の夜にだけ地上に現れて月光浴をするそうな」
「…それじゃあ≪陽光過敏症≫にもなるさ」
でもさ、疑問なんだけど、とジズは呟くように言う。
「どうして、その貴族の若様は≪陽光過敏症≫の診察を俺に依頼してきたんだろうねぇ」
それがあまりに真剣な調子なので、ロコはここでようやくジズを振り返った。
「…≪炎皮病≫の治療がは本願なのでは?」
「なら、ますますわからない。≪炎皮病≫って魔力が制御できなくておこる病だから、魔力を制御する魔法具を身につけてしまえば、それで治るのさ」
魔法具作りなんてハイエルフにとってはお茶の子さいさいなのに、ましてコルド様なら作れないはずがないのに、どうしてだろうねぇ…。
コルド。ギルド≪白烏≫を取り仕切る評議員の一人。薬草学、魔法具の製作などに長けた才能を有するハイエルフ。そんな彼から直々に降りてきた仕事だ。恐らく余程厄介な症状なのだろう。
「それは、行けばわかることだ」
「だよね」
二人はそう言って頷き合うと、再び歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます