第二章:灰蜘蛛への依頼

第1話:出立


此度の依頼者の住まう≪月慈の里≫は人里離れた山奥にある。ジズがとどまっていた≪ラデル≫の町からは北東の方角に位置している。山奥で道が整備されていないため、馬車は使えないが、歩いても二日ぐらいの距離だ。


町の外には凶暴な魔獣もいるため、無許可で町を出ることはできない。そこで必要となってくるのがギルドの発行する通行許可証だ。ただし、世界中にある数多のギルドが統一の書式で作っているそれを手に入れるためには、何らかのギルドに所属している必要がある。ジズは現在国際手配をされているため、どのギルドにも登録ができないのだ。


そのため、彼の場合は少し特殊な出入り方法がある。





ある日、≪ラデル≫の町の出入り口に設けられた関所に二人の人物が訪れた。


一人はすらりと均整のとれた肢体と端正な容貌の茶髪青目の青年。もう一人は、ボロボロの布切れで全身をおおった小柄な人物。見るからに怪しい異色の組み合わせに案の定、衛兵はおい、と声をかけてくる。その声に反応したのは青年の方だ。


「なんだ?通行許可証は見せただろう?」


「そっちのボロ布の奴のはまだ見ておらん」


衛兵の厳しい目線に小柄な人物は少し身を引くようなそぶりを見せた。通行許可証がなければ外に出られない、という決まりを知っているからであろう。


だが、青年は彼を見下ろすと不遜な態度で足を指差した。すると、小柄な人物はオズオズと衛兵に足を差し出した。


「……奴隷か」


足首に巻かれた鉄製の足枷を見て衛兵はふむ、と頷いた。


実は通行許可証がなければ出入りをできないのは、戸籍を登録している平民以上の身分を持つ存在に限られていた。この世界では奴隷になった者はどんな人物であっても戸籍は抹消されてしまうため、通常必要な手続きは必要ないのである。


一見、奴隷の方が便利だと思われ勝ちだが、実は違う。通行許可証を持たない奴隷は出入りの記録が残らないため、行方不明になっても憲兵による捜索が行われないのである。通行許可証は不便のように見えるが、民を守るため欠かせない制度なのであった。


「奴隷なら問題はない、精々死なせないように気を付けるといい」


「生かそうが使い潰そうが、私の勝手だ。――もういいか?」


「ああ、引き留めて悪かったな」


衛兵は一転 、さっさと行けと言わんばかりに手を振った。青年はもう一度小柄な人物を見下ろし、互いに頷きあってから町を出た。

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