【裏】静かに狂った少女

私事。


 高熱出してぶっ倒れてましたぁ!

 更新遅れて申し訳ない。

 というわけで再開致します。

 お楽しみいただければ幸いです。


――――――――――――――――――――――――――


「良い数値だ三十番。これを食べて休むがいい」


「はい、ありがとうございます」




 戦闘能力を測る実験が終わり、検査の結果特に問題が無いと判断された少女はいつも通りにお菓子に偽装された薬を受取ると与えられた部屋へと足を運ぶ。




「みんなただいま」




 扉を開けた先には少女と同じく実験により生み出された四人の少年少女達。

 今や数少ない生き残りである同胞へと明るい声で帰還を知らせる。



「おかえり三十番」



「みんな大丈夫?」



 少女より少し幼い少年が迎え入れると扉を閉めて仲間の容態を尋ねる。



「僕はなんとか大丈夫だけど、十九番が危ないかも……」



 少年が視線を移した先には肌の色が変質し、ベッドの上で苦しむ少女が横たわっていた。

 【砂】により異能を与えられた彼女達。

 それぞれに後遺症を負う形になった。


 素人が見ても理解するだろう。

 もう長くないと。



「待ってて。新しい薬貰ってきたから」



 しかしそんな状況の十九番と呼ばれた少女へと三十番が駆け寄る。



「三十番……ごめんね」



 そしてお菓子に偽造されている薬を十九番へと食べさせる。

 彼女は先の実験で思わしくない結果を残したために後遺症を誤魔化す処置は打ち切られていた。





 少しして薬が効いてきたのか容態が落ち着きを見せ、静かに眠りに着く十九番を見届けた三十番は残りの三人にもお菓子を配っていく。



「ごめんね。余分に貰おうとすると怪しまれるからこれしかないんだ」



「待って、三十番の分がないじゃないか……」



 今回配られたお菓子を全て残りの三人へと配り終わり謝罪する三十番へ先程出迎えた少年が口を開く。

 本来数日分を予定して配られたお菓子は全てなくなってしまった。


 追加配給などなく、これでは三十番が後遺症に苦しむことになる。




「大丈夫。私は自分で抑えられるから」


「でも……」



 安心するように応えた三十番と手に持ったお菓子へと交互に視線を移す少年は、後に襲うであろう後遺症の苦しみと三十番の容態を秤にかけて複雑な表情を浮かべる。



「ほら、早く食べる。見つかったらマズイでしょ?」



「……うん。ごめん」




 促された少年は三十番へと謝罪しながら包装紙を開けてお菓子を口にする。



「こういう時はありがとうの方が嬉しいよ?」



 それを見届けた彼女は少しふざけるように少年へと笑いかける。



「うん……ありがとう」



「よろしい。多分眠くなるからベッドに行ったほうがいいよ」



 そうして残りの三人を寝床へと促し、自分も与えられているベッドへと入る三十番。

 全員が落ち着き寝静まった頃、彼女は音を立てないように起き上がる。




「大丈夫。私は大丈夫」



 自分以外聞こえない声で呟いた視線の先には震える手が映し出された。

 それは後遺症の発現。

 起き上がったのも身体中を襲う痛みに耐えかねてのこと。


 一ヶ月以上まともに薬を取っていない彼女が未だに戦闘行動を行えていることは奇跡といっていい。

 本来は笑みを浮かべることさえ難しいほどの状態。



「みんなをまもるんだ」



 生まれついて聡明な彼女は理解している。

 自分達に未来が無いことを。

 聞こえてくる研究者の話や繰り返される実験からもそれは明らか。

 自分以外の同胞をこの手で葬った。

 耐久実験と称して身体が壊れる寸前まで異能を暴走させられたこともある。


 何れ使い潰されるだろう。

 情けも容赦もなく。

 それでも彼女は諦めることはしない。


 何が彼女をそこまで突き動かす正確な理由は彼女にすらわからないのかもしれない。

 薬を分け与えている四人もたまたま一緒の部屋になったに過ぎず、義理もないのだ。

 ただ繰り返される実験や襲い来る耐え難き苦痛以外、何の変化もない日々に嫌気が差したのかもしれない。



「みんなが居れば戦える」



 震える口から紡がれた言葉は何かに縋るような願いを込めて消えていく。






                   ◆





「三十番は一つの成功例といったところですね」



「ふーん」




 【砂】を使用した子供達の戦いを観測するモニタールームで研究者から報告を聞く白髪の青年は興味なさげに返答する。



「ほ、本人もいたって従順で戦闘以外でも目を見張る才能があります」



「へー」



 研究の報告に満足がいかないのかと焦った様子で戦闘以外の報告も加えていくが、青年の返答が変わる様子はない。

 青年からすれば休憩室代わりに使っているにも関わらず、聞いてもいないことを聞かされているのだから返答に力が入らないのも仕方がない。



「惜しむなら薬を取っていようとも長くないことですね。こ、この後すぐに生き残りと組ませての集団戦もありますので、よろしかったら」



 更に焦った研究者は後ろに備え付けられたソファーで寝転ぶ青年へと見えやすくモニターの位置を調整する。




「別に見たくて来てる訳じゃねぇか……ら、いや、このまま映せ」



「は、はい!」




 断ろうとした青年はモニターを確認して目つきを変えた。

 正確に言えば映し出されている白髪の少女を確認して。


 ようやく満足行く内容を示せたことで安堵した研究者の男は【狂犬】と呼ばれている青年の機嫌を損ねぬよう希望に沿うべく行動する。




「おい、薬を取ってるっていったよな。あー三十番だっけか」



「は、はい。こないだも与えた薬を直ぐに食べてしまったので追加も与えているぐらいです」




 映し出された画面内で集団相手に大立ち回りをする三十番と呼ばれた少女。

 先日見た時同様、圧倒的な技量を持って相手である少年少女達をなぎ倒していた。



「そうか、三十番と同じ組と相手の奴らどうなんだ」



「いえ、彼らは余り思わしくないので薬無しの耐久試験中です」



 男の言葉を受け、視線を外さぬまま青年は考える。


 明らかに三十番を勝たせる為の実験。

 それは青年としては構わない。

 だが、白髪の少女以外薬を与えられていないはずの両陣営で戦う子供達の動きが違うのだ。

 具体的には三十番の陣営だけ後遺症の症状が軽く見える。




「……」



 研究者である男は気づいていない。

 いや、殆どの者気づくことすら無いだろう。

 それは数々の修羅場をくぐり抜けてきた青年だからこそ感じたモノ。

 本当に僅かな物であり、近接型である彼だからこそ、重心の変化が明暗を分ける研ぎ澄まされた世界で戦う戦士であるからこそ気づいた違和感。

 先日見た時よりも明らかに三十番の動きがぎこちないのだ。



「おい」



「は、はいぃぃ」




 画面に映っていた戦いは三十番陣営の勝利に終わり、退出していく彼女の姿から視線外し男へと向ける。




「三十番と面会させろ」



「え?」



 突然鋭い視線に晒された男は震える事を忘れて間の抜けた声が室内に響く。



「あ?」



「は、はい! 検査後でしたら可能です」



 一瞬呆けた男から面会を取り付けた青年は検査終了後に連絡を入れる事を伝えると部屋を後にする。

 その顔は彼にしては何かを考えるような色が含まれていた。





                   ◆





「聞いたよ。ヴォルフに幼女趣味があったなんてしらかったよ」




 そして時間が経ち検査終了の連絡を受けて面会のために設けられた部屋へと向かう中、最近やたらと絡んでくる同胞の声が耳に届いた。



「あぁ? んなもんねぇよ。ついにボケたかババ――」


「――ん? 何かな? また裸で一週間過ごしたいのかな?」



 あらぬ疑いに買い言葉で返そうとするが、明らかに選択を間違えた青年は同胞である女性から圧を受けて口を閉ざした。




「……オメェから売ってきた言葉だろ」


「重さが違います。で、いきなりどうしたの? ほんとに幼女趣味に目覚めたわけじゃないでしょ?」



 釈然としない表情を浮かべる青年へと彼女は話を戻していく。



「別に。ただ少し気になっただけだ。最近やることも無いしな」



「ほんとに~? 最近おかしくない? 隊舎にも戻ってないみたいだし」



 素っ気なく話題を切り歩を進める青年へと女性は近寄りながら問いかける。



「うるせぇのに慣れちまったのか静かすぎて落ち着かねぇだけだ」



「ふぅ~ん」



 全滅の憂き目にあった隊員の補充が未だされていない隊舎は青年しか使うものがいない。

 それがどういう意味かは彼にしか解らないが、女性は意味ありげに目を細める。




「何時までついてくる気だ」



 不機嫌になっていく青年は元々鋭い視線を更に鋭くして女性を睨む。



「あらら、これは狂犬に噛みつかれる前に退散するとしますか」



 青年の視線を物ともせずおどけるように言葉を残して転移する女性を見送ると同時に面会部屋へと到着する。

 乱暴に扉を開けるとそこには行儀よく椅子に座る白髪の少女が目に留まった。




「はじめましてヴォルフ少佐。お会い出来て光栄です」



 扉を閉めて近づくと立ち上がり綺麗な敬礼で挨拶をする少女。

 座るよう促した青年は座り直した少女に向かい合う形で席に着く。



「改めまして三十番と呼ばれております。この度はどんなご用件でしょ――」



「――お前、薬飲んでないだろ」



 理由はない。されど確信を持った言葉。

 被せた言葉は少女を固めるには十分な物だった。

 押し黙った少女が口を開くことはなく、それは青年からは誤魔化しを許さない空気を感じたのも原因かもしれない。




「それに足手まといを庇いながら戦ってただろ」




「足手まといではないです」




 辛うじて口にした少女の言葉を鼻で笑い青年は言葉を放つ。




「どう見ても足手まといだろ。それはお前の自由だがどうしてすぐ死ぬ奴らを助ける?」




 薬を取っていないことで只ですら短い命を縮めている。

 耐えれている今はいいだろう。

 しかし少女に与えられている時間は有限だ。

 どんな想いがあれ義理があろうと何れは破綻する。


 この場所で誰かに頼ることは死を意味する。

 依存した方も依存を受け入れた方も最後は共倒れ。 




「……誰も居ない部屋は寂しいんです」




 絞り出すような声。




「そういうことか。依存してんのはお前の方だったか」




 答えを聞きようやく合点が付いた青年はつぶやくと共に少女と同じく口を閉ざした。


 少女の想いは博愛精神からくるものではない。

 ここでは情操教育など邪魔にしかならない。

 故に施されていない。


 おそらく生き残りが減っていく過程で何度か部屋替えがあり、実験の過程ですり減った精神は拠り所を求めたのだろう。

 なまじ強かったが故に他者を助けるという行為に依存した。


 自己犠牲という行為が少女を支える柱になっていたのだ。 



「聞きたいことは終わった。時間を取らせたな」



「いえ、此方こそ貴重なお時間ありがとうございました」



 沈黙の後、話は終わりだと告げた言葉に従い部屋を後にする少女を見送った青年は天を仰いで口にする。




「んだよ。わけわかんねぇ」




 それは何に対してか。

 胸中を渦巻く感情は青年にすら解らない。










 そして部屋の外。

 少女が退室する姿を遠目から見ていた白髪の女性は、未だ出てこない青年の事を考える。




「何れ来るとは思ってたけど……ほんとにお別れすることになるかもよ」




 悔しそうに口にした言葉は誰にも届かず宙に溶ける。

 同時に女性の姿は跡形もなく消えていった。





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