終動





「ん、だよ。次から次へと邪魔ばかりしやがってっ!」



 蹴り飛ばされた際の衝撃を上手く逃した狂犬は直ぐ様体勢を立て直して銀髪の女性へと突撃。

 彼からすれば決着といういい所に突然現れた女性を排除するために行動するのは当然であり、相手が誰であろうと加減するほど優しい性根をしている訳がない。




「ええ、厄介ですね。まともにやりあえば非常に面倒だと解ります」




 常人なら何が起こったのか理解することもできない速度で振るわれた拳は女性に当たることなく空を切った。

 そしていつの間に構えたまま何一つ動かない青年を抱えた女性は遥か後方に存在しているのを確認する。



 

「おめぇなにもんだ。転移系か? それとも加速か?」



「ま、似たような物ですね」



 己が知覚できなかった行動を目にしたことで狂犬の意識が切り替わる。

 獲物を定めた時のそれへと。

 意識が切り替わったのはそれだけではない。


 女性に抱えられた青年の様子もおかしいのだ。

 抱えられているにも関わらず身体は不動。重力や風に従って揺れるはずの髪すらも動いていないのだ。

 まるで時を止められてしまったかの様に。



「まぁいい。そいつは俺の獲物だ」


「奇遇ですね。私も狙っているんですよ」



 だいぶ意味が違うのだが彼は理解することはない。

 だが、己の邪魔になるということを理解した狂犬は考えを放棄。

 目の前の女性へ拳を構えて獰猛に笑う。


 トドメをさせない状況に思うことはあるのだろうが、それ以上に再び強敵と戦える状況は彼にとってたまらないものないのだろう。

 例え満身創痍の状況だとしても先程の攻防により高ぶっていることも相まって、彼が戦いに臨む理由としては十分な物だった。

 


「ならまとめて潰してや――――」



「――また彼と戦いたくはないですか?」




 女性の言葉に口が止まる。

 本来のなら躊躇なく言葉と共に飛び出しただろう。

 彼をよく知る同輩が見れば驚くような光景。



 獲物と定めた相手を前に固まっているのだから。

 しかし彼にとってそれほどまでに先程の戦いは胸躍る物だったのだ。

 未だ届かず何も成せずに終わる最上位との戦いや、一方的に終わる格下との戦いでは味わえない高揚。

 削り合い、凌ぎ合い、己の全てを出し尽くした果てに掴み取った勝利。


 正確に言えばまだトドメを刺していない以上完全な勝利を手に掴んだわけではないが、それでも彼にとっては生涯で忘れられぬ戦いになるのは間違いない。

 そんな内心を読み取ったのか女性は言葉を続ける。



「貴方の目的が何かは知りません」



 目的の少女を捕獲、又は殺害後サンプルとなる身体の一部を入手。


 しかし彼のとって任務なんかよりも己を磨くために立ちはだかる障害との戦いこそが本当の目的。

 いずれ戦う最上位の人物達を倒すため、その過程で得る極限の一瞬に浸るために。

 当初抱いた想いはとうの昔に擦り切れ、戦うことで得られる感覚に至上の悦楽を求めている。



「しかし今一度彼と戦いたいのであれば引くことをお勧めします」



 故に女性の言葉は抗いがたい誘惑となって耳に届く。

 しかしその誘惑は彼に与えられた任務の放棄につながる。



「そして再び貴方と戦う時、彼は更に強くなって貴方に勝ちます」



 女性の言葉に答えようと口を開きかけた時。

 背後から狂犬には聞き慣れた女性の声が耳に届いた。




「ヴォルフ! 撤退合図が出たわ」



「……わかった」




 短い返事と共に目の前の女性から視線を外し、軍用装備を身に着けた同輩の女性に手を伸ばして肩を掴む。



「珍しいわね。あの女、獲物じゃないの?」


「……今やっても置いてかれるだろ。それに逃げようとする相手を追うほど余裕もねぇ」




 そう。と短く返事をした同輩は掴まれた肩を確認して異能を行使する。

 いつもと違いゴネる様子もなく素直に従う狂犬の様子にどこか引っかかりを覚えながらも、発動した異能は二人を別の空間へと移動させる。












「ふぅ……。なんとかなりましたね」




 転移系の異能なのだろう。

 脅威が目の前からいなくなったことを確認した銀髪の女性は静かに息を吐く。




「正直、どうしようかと思いました」



 相手の味方と思われる女性が出現した時は本当に内心冷や汗でいっぱいだったのだ。

 彼女自身現状戦う力は僅かにしか残されていない。

 お仕置きと称して無理やり異能の使い方を身体に覚え込まされた反動で魔力が底を尽き始めているのだから。




「それにしても嫌いではないのですが、洋服になれてしまうとやっぱり動きづらいですねぇ」




 青年を抱えている腕とは反対で揺れる着物の袖を確認しながらつぶやく。

 先程まで着ていたゴスロリ服はお仕置きの際に破れて使い物にならなくなってしまったのだ。

 そして差し出された相手とお揃いの着物。

 本人曰く予備だというが、意識を取り戻して裸であることに気づいたタイミングで出されたのだ。

 どんなに嫌でも羞恥には抗えず袖を通すしかない。




「とりあえずそれは置いておくとして、また無茶をしましたね葵」




 大きくなったことで支えられる様になった腕の中で固まったまま動かない青年へと語りかける。

 しかし返事はない。

 当たり前だ。怪我の進行を阻害するために彼の時間を止めているのだから。



「まぁ言いたいことは後でたっぷり話しますから今はゆっくり眠っててください」



 怒りや労い。言葉にできない複雑な心境を紅い瞳に映しながら彼を病院へと運ぶために動き出す。




「あ、服新しく新調しないといけないですね。まぁ今回の件を盾に有耶無耶にしてしまいましょう」




 そうして彼らの戦いは終わりを告げた。



「……家、どうしましょう……」



 とある家族の生活に大打撃を与えて。






                 ◆





「ヤァマトォッ……ダァマシィィィッ!!」




 どこからか取り出したサングラスをかけ、目からビームという何とも言葉に困る攻撃をテロリスト残党へと向けて放つ天野 恭平。



「ジャック、大和魂とは恐ろしいものだな」


「違うと理性が言ってはいるが、目の前で証明されているのだ。これが真実なのだろう」


「あはは、本当に何でもありだねぇ魔王閣下は」




 顔を横へとスライドさせた結果、レーザーもといビームは全てを薙ぎ払う様にテロリスト諸共辺りを破壊していく。

 そんな光景を目に、どこか面白そうに騒ぐ大使と激しく勘違いをしている黒服二人は上空を飛ぶ魔王を徒歩で追いかけていた。



「ね。何も心配はいらないといったでしょ?」


「確かにそうですが、マクス大使。我々の立場も考えてください」


「ジャックの言う通りです大使」



 大使のわがままは今に始まったことではないので諦めを含めた苦言を呈す二人。

 しかしどこ吹く風で笑う大使に大きな溜息が出るのを自覚する。


 残党処理に向けて飛び立とうとした魔王へシェルターから飛び出てきた大使が見学をお願いし、快く快諾された。

 確かに脅威が去ろうとしている現状、ある意味魔王の側にいることが最も安全なのは間違いないのだろう。

 しかし願った方も快諾した方ももう少し立場や目を気にしてほしいと思うが、口に出す勇気を持つものはいない。




「もう少し根性みせろやぁっ!!」



 逃走する車両へ無数のバットが襲いかかり出来の悪い剣山の様を表す。

 そして再び宙を舞うバットは足で逃げるテロリスト達のケツ目掛けて散開する。



「すごいね、これが日本のケツバット言うものか」



 周囲から別の意味で色んな悲鳴が木霊する中、またもや変な勘違いが加速する。



「おそらく違います」



 それを受け数少ない常識枠のジャックが訂正に入るが、言い終わるなり激しい轟音が辺りに響く。



「ちゃぶ台返しだぁぁぁぁ!!」



「おぉ、これが世の中の父親達の怒りが最大になると使えるという伝説のちゃぶ台返し」



「ジャック。あれは家だよな」



「あぁ、そうだな。間違ってもテーブルではない」



 豪快に家をひっくり返して進路を塞ぐ魔王。

 もう少し穏やかな戦いはできないのかと思わなくもない。

 常識とは何なのか自分自身を疑い出した二人は、再び空高く舞う家を尻目に天を仰ぐ。




「クールジャパンっ!!」



「センキューっ!」




 声援を送る大使に応える魔王。

 もう言葉を発する気力ないのか後を続く二人は何も話さない。



 そして粗方片付けた頃。離れた場所で一発の花火が上空に咲いた。



「……終わったみたいだな」



 花火を確認した魔王が大きく腕を振るう。

 すると今まで鳴り響いていたサイレンは鳴りを潜め、品川広域掛かっていた通信妨害が解除された。

 そして息を大きく吸い込んだ魔王、天野 恭平は先程までのふざけた調子とは打って変わり品川一体に響く大きな声で言葉を紡いだ。






『特別対策室室長。天野 恭平だ』




 拡声魔導か異能の効力か、しかし戦地となっていた品川一帯で生きている人々へ確かに届く声。




『拠点防衛に命を懸けた者達よ、よくぞ守り通した』




 それは各地で命懸けで戦った仲間への労いの言葉。




『大きな脅威は去った。しかし未だ残党は存在している』




 戦いの終わりを告げる言葉であり未だ各地で数多く残るテロリスト達に向けられた言葉。




『何時迄も守り続けるのは辛かっただろう。だが相手はもう頭を失った烏合の衆だ』




 そして一呼吸開けた天野 恭平は口にする。




『後ろは任せろ。打って出るぞ! 俺達の意地を見せてやれ!』



 反撃を告げる言葉を。



 同時に遠くからでも聞こえる怒号にも似た雄叫びが周囲から上がる。

 それは防衛する者達が待ち望んだ瞬間。

 天野 恭平英雄が自由に動ける状況。


 何も気にすることなく自分達が守る街を破壊した愚か者へ鉄槌を下せる合図。

 後ろは任せろと英雄が言ったのだ。

 声を上げる者達は憂いなく飛び出していく。

 己が信念を貫くために。




「ではマクス大使。ここら一帯は片付けましたので安全ですが万が一があります。近場のシェルターへお戻りを」



「そうだね。これ以上は閣下の迷惑になりそうだ」




 反撃の合図を終えた英雄は言葉通り稼働中の全シェルターの援護に回るのだろう。

 見学はここまでと察した大使は後ろを歩く二人へと声をかけシェルターへと向かう。




「ジャック、ジェイムズ。道中よろしくね」



「「はっ」」




 そして大使が短く別れを告げると共に英雄の姿が消える。




「うん。今回の会談は色々楽しかったねぇ」




 戦いの終わりを感じながらテロがあったにも関わらず上機嫌に言葉を紡いだ。



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