決着の刹那




 研ぎ澄まされていく感覚は相手の一挙一動を正確に捉え、遅延していく時間。

 それは自分が極限の集中状態で有ることを教えてくれる。


 互いに踏み込んでから何秒経ったかなんて解らない。

 しかし強化に強化を重ねた自分の踏み込みは間違いなく相手との距離を一秒もかからずに踏破するだろう。

 つまり、まだ一秒も経ってはいない。




 互いに構えた拳が狙うは奇しくも同じ。

 人体の急所となる正中線。

 徐々に近づき近づいてくる相手の構えで察する事ができた。



「――――」



 相手が打ち込む為に引き絞られた右腕ではなく、此方の拳に対処するべく左腕を動かした。

 いや、動かそうとしていると積み上げてきた経験が教えてくれた。


 このまま行けば此方の拳は逸らされ自分は相手の拳を受けることになる。

 互いに限界まで力を込めているのだ。間違いなく致命傷となるだろう。



「――――」



 故にその防御を抜く為に自分も左腕を動かす。

 逸らす為に動かされるであろう腕を振り払うために。




「――――」




 此方の挙動を確認した相手が更にそれをいなすべく行動を起こそうとする。

 これでは先程予感した未来と同じ道を辿るだろう。



「――――」



 従ってそれに対処する様に動きを変える命令を身体に伝える。



「――――」



 再び手を変える相手。



「――――」



 それに呼応して進路を変える腕。




「――――」


「――――」



 


 何時しか色さえ失った世界で打ち合うことのない数多の攻防を繰り広げる。

 互いに言葉はなく発する事もできない。

 注視しするは迫る相手のみ。


 更に研ぎ澄まされた感覚で相手の挙動を察して動く。

 指の動き、力の込め方。

 身体の向き、徐々に変わっていく角度。

 揺れている髪の動きすら正確に捉えていく。


 何か一つでも見落とせば拳は届かず命は刈り取られるだろう。

 故に極限まで圧縮された時間の中で命を燃やし尽くすように加速する。

 己の望んだ未来を掴み取るために。





「――――」


「――――」




 そうして刹那の時間で幾多の打ち合いを続けていた自分達は遂に手が届く距離まで近づいた。

 ここから始まるのはやり直しの効かない最後の勝負。

 泣いても笑っても一瞬後には勝者だけが残るだろう。







 此方の右拳本命を逸らすために腕が伸ばされた。



 それをいなすべく此方も手刀気味に左腕を突き出していく。



 呼応して撚るように曲がる腕に手刀が逸らされる未来を幻視する。



 対応すべく手刀を崩して捻られる腕に指を当てて動きを止める。



 それに合わせて止めた腕が本命ごと振り払うように加速して下へと振り払われる。



 止めるため腕を半回転させると同時に開いた手で振り払う腕を受け止める。







 そして互いに本命を打ち出す為に最後の踏み込みが始まる。

 地を抉るように叩きつけられた足はアスファルトを砕く感触と共に繰り出される拳に力を伝えていく。


 永遠にも感じた一瞬。

 遂には眼前まで迫った相手の顔を視界に捉えながら本命である右拳を突き出していく。

 暴力的なまでに高められた魔力は抑えきれずに激しい光を放ちながら進む。



 互いの身に迫る拳。

 ゆっくりと、しかし確実に胸へと伸ばされていく。

 再び力の入った相手の腕を受け止めた左手で感じながら手のひらに力を込めて持ち上げる様に押さえ込む。

 


 貰った。



 このまま行けば自分は拳を受けるだろうが、目の前で攻防を繰り広げた互いの両腕が邪魔をして致命傷とある箇所には届かない。

 そのために繰り出した手刀。掴んだ腕。

 後は相手の腕を巻き込んで自分の腕を犠牲に差し出せばいい。

 そして互いの腕に邪魔されること無く自分の拳は相手へと突き進む。


 お互いにこれ以上異能を使える余裕なんてないのだ。

 いくら足掻こうとこれ以上リソースが無いのだからどうしようもできない。



 そして俺は善人でもお人好しでもないのだ。

 家族が殺されそうになってまで相手の生命に気を使う真似をする奴なんて狂ってる。

 それにどうせ狂うなら家族を守るために狂ったほうが何倍もいい。

 


 だから腕なんか幾らでもくれてやる。

 半身が欲しいなら持っていけ。

 だが、代償はお前の命だ。





 そうして望んだ未来を掴み取る寸前。

 押さえ込んでいる腕を相手の前に差し出そうとする直前。

 下へと加わっていた力が突如として無くなり、持ち上げる様に押さえ込んでいた手は抵抗がなくなったことで跳ね上がるように上へとずれた。







 左腕の加速と魔導を切りやがった。






 予想外の出来事に身体の重心は崩れ、身体に込められていた力は霧散してしまう。

 そして相手は元々そのつもりだったのか魔導と加速を切った事で跳ね上げられた腕に体勢を崩すこと無く、空いたリソースで拳を加速させていた。



 これでは防御も間に合わない。

 崩された体勢はこの状況下では致命的だ。

 込められていた力の殆どは重心がずれた事であさっての方向へと流されてしまった。

 未だに目標からずれながらも突き進む右腕は僅かながらも力が残ってはいるが、当たったとしても相手を打倒することはできないだろう。

 それに加速された拳は自分の拳より先に届く。



 万事休す。

 これがリストに載りづらい対人型にも関わらず二桁に位置する力。

 多少強くなって新しい切り札を得た所で所詮は付け焼き刃。


 基本性能が並ぼうともそこに至るまでの土台が無いのだから結果は見えていたのだろう。








 で。






 それが諦める理由になるわけがないだろ!!





「――――!!!」






 限界まで酷使した天秤を更に酷使する。

 相手の魔力を、速度を減少させて傾いた身体の復帰力を上昇させて拳を加速させる。


 本来なら減少させきれない量。

 そして増加できない程の量。



 天秤は己自身。

 減少させた力は皿の上に乗り、増加させた力は反対に乗る。

 重いものを乗せれば当然傾くし傾いた衝撃は力が経由している為、反動という形で自分に返ってくる。


 傾ききったらそれ以上乗せることはできず、釣り合わせなければ活用することはできない。

 たとえ釣り合わせたとしても重いものを乗せれば天秤自分が損傷する。



 だからどうした。

 どうせ死ぬならどちらで死んでも同じだろう。

 むしろ雫が後ろに状況なら只で死ぬ訳にはいかない。


 それにこいつさえどうにかすればアイリスが雫を回収してくれる。

 脅威がなくなれば流石にそれぐらいの優しさはあると信じたい。




「――――!?」




 突然減少した速度と魔力に驚きの表情を浮かべる狂犬の姿に自然と自分の広角が上がるのを自覚する。



 いい顔じゃねぇか。

 バカを舐めるなよ。例え弱かろうと意地があるんだよ。

 それに最近知ったんだが、どうやら天秤って代償さえ無視すれば大体なんでも出来るってマジみたいなんだぜ。




 こんな風に復帰力なんてふざけたもんでも自分が納得してれば発動するんだよ。



「――――!!」



 ずれたはずの重心が戻っていき、当初と比べると大分力が逃げてはいるが十分に打ち込めるだけの力が戻ってきた。

 しかし代償は予想以上に大きく、天秤が重さに耐えきれず崩壊するように身体の中で何かが破裂して崩れていく感覚を覚える。

 同時に何かを失ったのか聴覚を始めとした感覚ががなくなっていくのを自覚する。


 どの道この一撃を放つのに視覚と触覚以外要らないんだ。どうでもいい。



 お前だけは必ずぶちのめすと決めてるんだ。

 ウチの子に手を出して只で済ますわけがないだろ。



 しかし己の身を犠牲にしてもあの一瞬で開けられた溝は大きく、まだ相手の拳が届くほうが先だと直感する。

 良くて相打ちが精々。

 ずれた分相手の方がダメージは少ないだろう。



「――――」



 そしていつの間にか驚きの表情から何が楽しいのか物凄くいい笑顔の狂犬が目に映る。

 速度を奪ったにも関わらず、此方と同じく限界を超えたように拳を加速させていた。

 




 ああ、分かったこいつバカだ。




 純粋に限界に挑戦するのが楽しくてしょうがないのだろう。

 ダメージが少ないとはいえど、下手したら死ぬかもしれない攻撃なのは間違いない。

 その中でもこうして笑っていられるのだからバカとしか言えない。



 しかし自分にもその感覚がわからないでもない。

 雫が後ろに居ない状況だったりすればどこかしらで共感してしまう所があるだろう。

 男の子なのだからしょうがない。


 ただ、相容れないほどに生きてきた環境が、それによって培われた考え方が違うだけなのだろう。




 だから自分と同じように全てを振り絞って打ち出してくる相手に自分も全てを出し尽くす様に応えるべく、更に拳を加速させ渾身の一撃を繰り出した。




 そして、互いの拳が直撃するのを自覚すると同時に意識を失った。

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