激動 PM00:00 遠野 燈火
「なんなのもう!?」
耳を塞ぎたくなる程に鳴り響く非常事態を告げるサイレン。
遠野家オカン型少女である遠野 燈火は、スーパーの戦利品を入れたトートバッグ片手に自宅へと向け駆け出していた。
「縁から来たメッセージに返信も出来ないし、どうなってるのよ」
走りながら突然通信不全に陥り、連絡手段がなくなってしまった歯痒さに言葉が漏れる。
しかし通信が遮断される直前に縁から届いたメッセージにより大まかな現状は把握することは出来た。
しかしそれは余計に自分が取るべき行動を決めかねる結果となってしまう。
「縁は対策庁、雫は自宅。どうしてこうウチのバカ達って纏まりがないのかなぁ!?」
合流するにしても各自がてんでバラバラな場所に居る為、襲い来る不安と掛かる時間を予想して悪態を吐く。
しかし、別視点から考えると悪態を吐いた彼女も例外なくバカの仲間としてカウントされていることに気づくことはない。
特に未だ手放さいトートバッグとか。
「まずは確実に合流できる雫。――――強化魔導式、駆動ドライブっ!」
彼女が過ごしてきた生活の中では滅多に使うことの無かった魔導式を呼び出して起動する。
デバイスが唸りを上げながら彼女の身体能力を底上げしたことで走る速度が上がる。
先程までとは比べ物にならない速さで流れていく景色に、若干の戸惑いを覚えながらも自宅へと最短距離で走り抜けていく。
ちなみに遠野家大黒柱である青年が同じ魔導式を使ったとしても彼女の様な効果を得ることは出来ないだろう。
【原初】を持つ彼女はそれに見合った莫大な魔力を有しており、同じ魔導でも魔力差により雲泥の差が生まれるからだ。
「いやぁぁぁぁ――――っ!!」
――タンッ。
「――っ!――。――」
自宅へのショートカットである公園を横切ろう入り口に差し掛かった時、劈くような悲鳴と乾いた発砲音、次いで異国の言葉が耳に届く。
半ば反射的に入り口付近の茂みへと身を隠し迷彩魔導を起動した。
「――。――」
「――――」
目に飛び込んできたのは銃器で完全装備した男達と、撃たれたことにより命を奪われた少女の亡骸だった。
遠目からでも頭を撃ち抜かれたと解ってしまう。
それは子供故に視力が良い為か、それとも頭という人にとっては無くてはならない物の上半分がなくなっていた所為なのかは解らない。
しかし、確実に見なくてもいいモノを直視してしまった。
確実に助からない、しかし無傷である身体はそれを拒むかの様に時折痙攣を繰り返しては撃ち抜かれた箇所から勢い良く血を撒き散らす。
「ぉ、ぇ――――っ」
逆流してくる胃液を必死で抑えながら、蹲るように死体から目を逸らす。
修羅場を潜ったことはある。
しかしそれは自分が命を狙われている状況に限る。
いくら断片的な記憶の内に凄惨な光景が混じっていようとも、初めて経験する”殺し”の光景。
それは引き取られてから平穏無事に過ごしてきた少女には余りにも衝撃的で、少女が本来持っている能力を十分の一でも発揮すれば目の前の男達は為す術もなく灰になるのだとしても、それは少女から行動する気力を奪うには十分すぎる物だった。
「はっ……、はっ」
「おい、まだ目的のガキ共はみつかないのか?」
「元々望みが薄い内容だろ。こうやって騒ぎを起こしながら少女を殺すだけで給料がもらえるんだ。時間まで楽しもうぜ」
「そうだな、とりあえず万が一もある。確認がてらガキを見つけ次第どっちが先に一発当てられるかゲームでもするか」
初めて体感する恐怖に思考が纏まらずに呼吸が乱れる。
そしてデバイスがオートで翻訳魔導を起動したことにより男達の会話が理解できたしまった。
察するに内容は簡単。
目的の少女を見つけ出し処分すること。
その内容は、茂みに身を隠している少女にとっては身が縮む程に心当たりが”ありすぎた”。
「とりあえず最も可能性がある場所には回収班と”狂犬”が向かってるんだろ?」
「そうだな、正直俺もあっち側に回りたかったぜ。三人共身体の一部さえ持ち帰れ――お、来たぞ」
話途中で再び悲鳴と乾いた発砲音が響く。
蹲りながら茂みの隙間に視線を向けると避難する途中だったのだろう。
自分より少し幼いと見受けられる少女とその母親が、弾丸に腹部を抉られ臓物と血をコンクリートに広げながら重なるように倒れていた。
再び繰り広げられた光景に先程と同じく腹から熱い物が込み上げてくるのを感じて必死に押さえ込む。
自分達が生きている所為で罪のない命が奪われている事実に罪悪感が溢れていく。
それを紛らわす為か、自身が崩れぬ為の自己防衛か、思考は男達の会話に移った。
三人と言った。
生死は問われていない。
自宅に武装集団や能力者が向かっている可能性がある。
(雫が、危ない!)
「んっ、はぁ……はぁっ!」
目の前の現実から目を背けるように家族の危機に思考が至り、薄紙一枚と言っていい状態ではあるが気持ちを立て直すことに成功した少女は、込み上げてくる物を必死で耐えながら自宅へと向かおうと動き出そうとする。
しかし
(なんで動かないのよっ!?)
思考を埋め尽くした恐怖は、少女の震える足を地面に縛り付けた様に動くことはなかった。
そして全く言うことの聞かない身体に震えながら戸惑う彼女に、再び聞きたくもない発砲音と少女達の悲鳴が耳に届く。
「おねぇちゃんっ!!」
「痛いっ、痛いよ……っ!」
目にしたのは姉妹であろう少女達。
「ちっ、二人同時に来たから狙いが逸れちまったじゃねーか」
「まぁあの状況で何も無いなら外れだな。おしっ。ヘッドショットゲームだ」
まるで遊ぶかのように軽い口調で少女達の命を奪おうとする男達だった。
姉を心配して駆け寄る妹。
順番を決め終え銃を構えて狙いをつけ始める男。
少女達の命は数秒後には無慈悲な鉛玉によって奪い去られるだろう。
(無理だよ。私、何もできないよ……)
考えるまでもなく予想できる未来が目の前でなされようとしている中、少女は恐怖に押しつぶされそうになりながら心で悲鳴を上げる。
まだ生まれたばかりの彼女なら戦うことも出来ただろう。
しかし今は違う。
大切な家族と騒がしくも穏やかな日常を過ごす内に戦うことに、正確に言うのならその過程で失う可能性に恐怖するようになってしまった。
誰しも失いたくモノがある。
なまじ危機から離れた生活を送り続けた事で彼女の選択肢は少なくなってしまった。
たとえ【原初】という強大な力を持ち得ようとも使いこなせなければ意味がない。
今の彼女が助けたいと無謀な正義感に駆られ飛び出した所で、恐怖に震えている状態では戦いにすらならないだろう。
男達よって葬り去られた少女達の一人になるのは想像に難くない。
そして勝つという未来を思い描くのは命が懸かった実戦では想像以上に難しい。
誰しも自分の命は大事なのだ。
(ごめんね、ごめんね……)
彼女の選択は間違ってはいない。
家族である三人も、その選択を否定することはしないだろう。
家族と他人。比べるまでもなく家族に傾くのだから。
心の中でこれから死に逝く姉妹へと届かぬ謝罪を繰り返しながら震えを抑えている彼女に、よく見知った男の後ろ姿が脳内に浮かび上がる。
それは家でよく出かける前に見る背中だった。
(無理だよ)
傷だらけになりながらも自分達を抱えて死に物狂いで走る姿だった。
(怖いよ)
そして安心させようと無理をして浮かべたぎこちなく痛々しい笑顔。
それは意地を張り、無理を通し、決して諦めることをしなかったバカの姿。
悩み、苦しみながらも手の届く命を見捨てることが出来なかったお人好し。
自分達の盾となり、襲いかかる絶望から守り抜いてくれた家族。
彼ならどうしたのだろうか。
そんなの解りきっている。
口では悪ぶって現実主義者の様な態度を取ってはいるが、助けたいと思ったら恐怖に震えていようと虚勢を張りながら飛び出すだろう。
そしてポッドの中で静かに朽ち果てるはずだった自分は、
「っ……!」
少女は何かを決意したかの様に震える身体を押さえつけながら呼吸を整える。
「ぁ、あぁぁぁあぁぁぁぁっっ!!」
そして叫びは想いを乗せて響き渡り、彼女の周囲は紅蓮の炎に埋め尽くされた。
「はっ……?」
「嘘だろ……」
華氏二千度。
それは溶岩の表面温度と同じ千九十度。
それが今の彼女が炎として出せる最大熱量。
隠れていた茂みは獄炎と呼ぶに相応しい力の余波を受けて燃え尽きた。
後には影しか残らず、高すぎる熱量は触れずとも周囲の建造物を溶かす様に燃やしていく。
【原初】煉獄火刑。
今や【火遊び】と改名されてはいるが、だからと言って能力まで変わるわけではない。
炎を巻き起こすのは本来の使い方ではなく、あくまで副産物。
しかし、目の前で相対している男達にとってはその身に破滅をもたらす炎に映っているだろう。
そして姉妹へ向けて銃を構えたまま固まる男達を見据えて、
彼女は逃げ出した。
「はっ……?」
「……っ! 撃てっ、撃てぇ!」
突如として現れた絶望がいきなり背を向けて逃げ出すという事実に固まっていた男達が我を取り戻すと同時に銃弾を放ってくる。
「大丈夫っ、私に銃弾は、効かないはずっ」
しかし彼女の身体に届く前、熱く厚く纏う紅蓮の炎の壁に阻まれてそれは燃え尽きる。
そしてそれを一目散に逃げる背中で感覚的に理解して安堵する。
元来優しい彼女は戦う事はできない。
戦うにしてもその強すぎる異能は否応なく命を奪い去ってしまう。
それは奪うことに慣れていない彼女には堪えられるものではないだろう。
しかし恐怖に震え戦う事を拒絶しようとも、目の前で手の届く命を見捨てることはできなかった。
見捨てた先に来る未来で、何時もと同じように家族と笑い合う事はきっと出来ないから。
故に逃げる。
大切な日常に胸を張って戻るために。
自身を囮として派手に存在を知らしめながら。
これ以上関係の無い少女達の命を奪わせないために。
生き抜く覚悟に火を燈して。
「ポニーテールの悪魔舐めんなぁっ!!」
背後で銃声や怒号が響く中、虚勢を張りながら強化魔導を使用して駆け抜ける。
しかし順調に進んでいた彼女の逃走は、進行上の道路を砕きながら落ちてきた物体により終わりを告げた。
「えっ――――?」
足を止めて降ってきた物体が立ち上がるのを見上げる。
それは自分とは比べ物にならない程に巨体を持った人間だった。
後ろから追いついてきた男達の足音が聞こえてきた事で焦りが生まれる。
突破するのは容易だ。目の前の人物を燃やし尽くせばいいだけの話。
それを可能にするだけの力を彼女は持っている。
しかし手加減が効かない程強烈な異能は、彼女の性格と相反して使うことを拒絶した。
そんな甘さは必然的に挟み撃ちの形となり、彼女を危機に陥らせ。
巨大な手が彼女へと伸ばされた。
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