蛇の道は蛇


「デートですか? デートなんですか? 私達以外に少女でも引っ掛けたのですか?」


「相手は誰? それは画面の中の彼女じゃない?」



「お前らの俺に対する認識はよーくわかった」



 昨日鉄さんに言われた通りに私服に着替えて出発しようとした時、普段と違う様相で出かける自分に三人が詰め寄ってきた。


 確かに週末に差し掛かっているとはいえ、平日の朝から私服で家を出ようとすれば何かあるのかと疑問に思うのはわかる。

 だが、少女を引っ掛けるだの画面の中の彼女とか意味がわからない。

 俺が好きなのはナイスバディのネーチャンだと言っているだろ。



「…………」



 そして何も言わず不安の色を宿した瞳で見詰めてくる燈火の圧力の方が二人より強いのは何故だろう。

 やましいことなど無いのに浮気がバレた亭主の様な気分を味わう羽目になっている。



「仕事だよ。私服捜査」



「はい、かいさーん」


「さっ、シーンの続き見よ」


「……」



 俺の返答を受けて祭りは終わったとばかりに解散を告げる縁、それに続いた雫が部屋へと戻っていく中で未だ佇んでいる燈火が口を開いた。



「なんで休みでもあんまり履かない靴を履いていくの?」



 その言葉で部屋に戻ろうとしていた二人の足が止まった。

 沈黙が訪れるが二人が振り返ることなく、立ち止まったまま俺の返答を待つ圧力を感じる。

 そして唯一俺に視線を向けてくる燈火がどこか怖い。




「おめかししてこいって言われたからな、最近履いてなかった靴を出したい気分になっただけだよ」



 本当にやましい事があるわけではない。

 これから向かうのはれっきとした仕事のはずだ。

 靴だってホントに久しぶりに履きたくなったから出しただけで特に何かあるわけじゃない。


 二つの背中と正面から感じる圧に屈しないよう毅然として答えたつもりだったが、何故か声が震えていた。




「うん、分かった。じゃぁ最後に、一緒に捜査する人は男の人?」


「お、おう。古橋 鉄郎って言う昔お世話になった人だ」



 知らない内に頬を伝っていた冷や汗を自覚しながら正直に答えると、数秒ほど考える仕草をした後に小首をかしげて満足そうに笑顔で頷く。



「うん。変なこと聞いてごめんね。いってらっしゃい」



 それと同時に止まっていた時間が動き出したかの様に部屋へ戻っていく二人を尻目に、送り出してくれる燈火から逃げるように仕事へと向かう。


 スーパーでポニーテールの悪魔と呼ばれていたが、たしかに揺れている髪の毛がどことなく怖く見えたのは否定できなかった。
















「どうした? どこかげっそりしてるぞ」



「見えない圧力を体感しただけだ」



「なんだそりゃ?」



 全てはこいつが悪い。

 何時も通りに火の付いていない煙草を咥えている顔を殴りたくなる。


 あの後私服のままバスに乗った頃、街へと向かう旨の連絡が入り大急ぎでバスを降りて街へと向かい、先に着いていた鉄さんと合流した。




「で、私服のまま調査ってどういうことだよ。一応職員証明は持ってきたがいるのか?」



「いや、いらん。むしろそれは邪魔にしかならないぞ。これから行くところは所謂アウトローだからな」



「いいのかそれ?」



 天下の対策庁が法のはみ出し者達と関わる事に疑問を投げる。

 プライベートでも関わりがあれば、後々あらぬ疑いを掛けられるのは目に見えている相手に、わざわざ仕事中に接触する意味がわからなかった。

 情報がほしければ尋問や司法取引、拷問にでもかければいい。



「お前な、いちいち発想が物騒なんだよ。まぁ聞け、欲しい情報を持っている相手ならいいが、持っていなかった場合そこで終わる。だが、もしある程度の交友を築くことが出来たなら更に奥へと道を繋げることが出来る。良いな? 今から行くのはそういう情報を専門に扱うコネにお前の顔を繋ぎにいくんだ」



「ふーん、まぁ蛇の道は蛇ってところか」



「そういうことだ。だからバカ正直に制服なんか着ていけば会うどころの騒ぎじゃない。最悪囲まれて蜂の巣にされるぞ。間違っても自衛以外で物騒な考えは起こすなよ。バッジもだ」




 割と真剣な表情で釘を刺された。


 確かに現在日本は比較的治安が良いとされているが、全てを把握出来ているかと言えばそうではない。

 間違いなく不穏分子は存在するし、表からでは手を出すことが難しい案件もある。



「それに通常の調査なら三課や他の二課の部署で間に合ってる。俺達の部署の名前を思い出してみろ」



「色物二課」



「それは俗称だ。特殊捜査係。つまりはそういうことだ」




 改めて道行く人々を含めて町並みに目をやる。

 科学技術と魔導技術が入り乱れ、そこに世界で最も異能が根付いている関係か、様々な技術が発達しているのが解る。

 完全なる都心という訳でもないのに人々が雑多に行き交う。

 建築物もかなり多く、少し歩いて振り返れば後ろの道は人で埋め尽くされ見えなくなってしまう。

 東京という日本でも屈指の人口密度を誇る為か、人で溢れ返り”すぎている”。



「ということは、俺達は汚れ役って訳か」


「そういうことだ」



 そういう状況は先程の通り、不穏分子にとっては活動しやすい環境に他ならない。

 それを調査、逮捕する為には虎穴に入らねばならないということ。

 影に埋もれて救われることない少数、表に出ること無く報われることの無い少数を守るために動く。

 それが俺が所属することになった特殊捜査係という所らしい。




「ま、それでも完全に守りきれてるかって言えばそうでもないんだが、やならいよりはマシだろ。確かに救えた者は存在するからな」



「ま、嫌いじゃないな。そういうのは」



「そういうわけで俺達の仕事は少々と言うかかなり特殊だ。内容は殆ど一課から三課に被っているが、主に扱うのは犯罪の準備段階で抑えること。最近だと密輸や密売、一昔前ほどじゃないが異能者、魔導士の人身売買なんかもある」



 確かに一課から三課までの内容全てに被っていると思う。



 重犯罪の対処や殺人事件の捜査や大規模な鎮圧など、一般的な対策庁のイメージ通りの職務となる一課。



 一課が出るほど大きくも無い事件や市内の巡回など、主に抑止力としての職務が多い二課。



 そして内外問わず調査依頼に出向き、その結果によってどの部署に回すか定めて報告する三課。


 


「給料明細をまだ見てないだろうから解らないだろうが、一応俺らは隠されているエリートといっていい。まぁ内容的にも何時切られてもおかしくない汚れ役を請け負ってるからな。下手したら一課の強襲係よりも手取りがいいかも知れない」



「マジでっ!?」



「食いつきいいな。まぁそれだけヤバイ仕事って事を理解しておけよ。そして今は”特殊捜査”中だ。間違ってもあのような通常の犯罪に手を出すような真似はするなよ。どこから情報が漏れるかわからないからな」




 そう言って指差した方向には何かしらの諍いに依るものか、女性が魔導で、男性が異能で周囲を巻き込んで暴れまわっていた。

 周囲は逃げ惑いながら警察や対策庁に連絡を入れているのが目に映るが、鉄さんが動く気配は無かったのでそれに従い事の成り行きを見守ることにする。




「まぁ心配するな。ほら来た」



 しばらく時間が経ち、そろそろ無視できない被害が出そうになってきた頃、恐らく二課であろう対策庁の特殊車両が到着して魔導遮断式や練度の高い連携により異能の出鼻を折り、次々に取り押さえられていた。




「なるほど、だいたい理解できたわ」



「そういうことだ。ああいう表立った事件は俺達が手をだす案件じゃない。少なくとも特殊捜査係にいる間はああいうのには手を出さない方向で。現場レベルでは一課も三課も関係ないからどこかしらが出張ってくる」



「ほいほい、見つけたら一般人の振りして直通で連絡入れるわ」



「まぁそれぐらいだったら別に構わないさ。まぁ何時だって腐っているのは上層部って相場が決まっているが、大将が睨みを効かせているからな。現場レベルにまで口を出すやつは居ないだろう」



 大将とは後見人のことだろう。

 普段頭のネジが全て取れているとしか思えない奇行を繰り返してはいるが、やはり二百年以上日本の治安を守ってきた実績は伊達では無かった。



「大将なりの愛情表現だろうから多めに見てやれよ。それに葵をここに推薦したのだって大将なんだから面白半分でやったとは思わないぞ」



「はっ? なんでだよ」



「俺達は隠れて調査と追い込みをするのが仕事だ。ということは有名なのはマズイって事だ。つまり、無名で且つある程度の実力がないと務まらない。そしてここにいる間は極力自分達の情報は秘匿される。仲間内の数名には共有されているが、お前は少女達を隠しておきたいんだろ?」



「……はぁ。そういうことかよ」



「ま、危険は跳ね上がるがそれだけ認めてもらったって事だろ」




 そういうことなら予めキチンとした説明が欲しいと思うが、憧れた背中から自分の実力が認められた事や、此方の事を考えてくれたことは素直に嬉しいと感じる。


 どうして普段そういうところをもっと出してくれないかなぁ。



「じゃ、いつまでもここに居てもしょうがないから行くぞ」




「あいよ」




 そうして俺達は町並みに溶け込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る