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 影は次第にはっきりとした輪郭を持ち始め、やがて人の形になっていく。

 もう、顔の目鼻立ちも判る。がっしりとした顎、つるつるに剃り上げた頭に、太い眉。壮年の男だ。

「バートル神聖王国に、堕落の穢れを持ち込むのは、お前たちか!」

 くわっと大口を開け「導師」は吠え立てる。

 市川は思わず噴き出しそうになるのを、必死になって我慢していた。まったく、厭になるほど狂気の指導者のステロタイプだ。

 大きく見開いた両目は、爛と燃えるようで、怒りのためか、首から上が真っ赤に染まっている。身につけているのは、真っ黒なローブで、逞しい腕を挙げ、詰問するように三村を指差している。

「導師」の怒りに、バートル側の全員はひれ伏し、恐怖の表情を顕わにしている。三村の隣に座っているエリカ姫も、顔色を蒼白にさせて、必死に震えを堪えていた。

 指さされた三村は、まったく動じる色を見せず、悠然と「導師」を見詰め返していた。

「僕はただ、バートル国の国民に、便利な生活を提案しているだけです。バートル国の人々は、もっと文化的な生活をする権利がある! あなたは、それを否定するのか?」

「くわーっ!」と、「導師」は背を反らせ、奇妙な叫び声を上げる。じたばたと手足を動かし、幼い子供のように地団太を踏んでいた。

「文化的な生活だと! お前たちの「科学」とやらを、バートル国に持ち込もうと企んでいるのだろう? お前たちの「科学」は、汚れている! 地中より黒い石炭を掘り出し、空気を汚染し、森を枯らし、幾多の生命を滅ばす、それが文化的だと自惚れているのだ! ならん! 断じて許せん! お前たちが次々と大地を汚すのは、看過できない! 人は自然の母なる懐で暮らすべきなのだ!」

 何かで聞いたような主張だな、と市川は思っていた。どこかのエコロジー団体の主張そのままだ。

 ふつふつと「導師」の大きな頭皮に、血管が浮き出てくる。怒りに震える「導師」は、両手両足をピン、と突っ張らせる。

 両目の黒目がぐぐーっ、と拡大し、「導師」の白目が、ほとんど見えなくなった。

 顎の辺りが角ばり、顔が変形し始める。「導師」の変身である。

 大公以下、バートル側の全員は「ひえーっ!」と甲高い悲鳴を上げ、じたばたと手足を足掻かせ、大広間から退散した。後に残るのは、三村とエリカ、市川たちだけだ。

 ずしり、と重々しい足音を立てて「導師」が一歩を踏み出す。「導師」の頭は、大広間の天井にすれすれに届くほどになっている。

「導師」は、見る見る体躯を膨れ上がらせ、巨大化していた。

 全身に甲羅のような皮膚を纏いつかせ、「導師」は丸太ん棒のような腕を、ぶーんと音を立て振り回す。

 ──許せん……成敗してくれる……!

 ごぼごぼと泡立つような音声で、「導師」は叫んでいた。もはや、人間とはいえない奇怪な姿に変形していた。

 岩の固まりのような拳が殺到するのを、さすがに市川は、のんびりと待ってはいられない。さっと身を翻して、拳を避ける。

 が、すれすれに通過した拳は、恐ろしい風圧を持っていた。

 ばさっ、と市川の髪の毛が逆立つ。

「うひゃあ! すげえ、迫力!」

「呑気な台詞を、口にしている場合か!」

 市川の軽薄な台詞に、山田が眉を険しくして叱り付ける。

「そんな、呑気に構えてるわけじゃないけどさ……! みんなっ、この場に愚図愚図してられねえっ! 外へ出るぜ!」

 市川の叫びに一同「おうっ!」と応え、どたばたと足音を蹴立て、出口へ向かった。

 どすん、どすんと大きな足音を立て「導師」が迫ってくる。肩が大広間の柱に当たると、割り箸のように、簡単に石柱がぼっきりと折れてしまう。

 みしみしと天井に罅割れが走り、あちこちから漆喰が剥がれ、ぼろぼろと床に撒き散らされた。

 市川たちは王宮から外へ逃走して、飛行船の駐機場所へと向かう。三村はホルスターから信号銃を抜き、空へ向けて一発撃った。

 ぱあーん……と乾いた音がして、晴れた空に信号弾が炸裂する。ぱっと白い煙が広がり、どおーんと遠くから、飛行船の空砲の応えがあった。

 市川は、ちらりと背後を振り返る。

 ぐわらぐわらと、王宮の建物を崩し、今や身長が数十メートルにも膨れ上がった「導師」が、破片を飛び散らかして姿を表す。

 すでに全身は王宮の最も高い尖塔より高く、のっしりと歩く姿は、怪獣だ。

「凄え……。特撮映画みたいだ……」

 呆れて市川が呟くと、洋子は猛然と噛みつくように喚いた。

「馬鹿っ! あんた、いつまでオタクみたいな言い方しないでよっ! あたしたちが危ないの、判ってるの?」

「判ってるよう……」

 市川は、ちょっぴり、反省した。

 飛行船が近づき、船腹の扉がぱっくりと開くと、何かを放出する。

 市川は喜びの声を上げた。

「待ってました! タイミング、どんピシャリ!」

 空中に投下されたのは、幾つかの機械部品である。部品にはパラシュートが付いていて、空中で傘が開くと、ゆらゆらとした動きで、地面に近づいてくる。

 どすん、と鈍い音を立て、部品は無事に着地する。市川たちは慌てて走り寄り、部品を確かめる。

 大丈夫、どこも壊れていない!

 ぴぴぴぴ……と、部品のパイロット・ランプが点灯し、部品は自らの力で、地面を這いずるように動き出し、集まり始めた。

 意思あるかのように、部品はお互いの接続部分を近づけあい、くっつきあう。ばらばらの部品同士、固まり合い、次第にある形を作り出す。

 市川は頼もしい思いで、完成に向かう、機械部品を見上げていた。

 洋子、山田、新庄の三人は、呆気に取られ、馬鹿のように口をぽかっと開いたまま、立ち尽くしている。

「まさか、本当にこんなものが……」

 新庄は小声で呟いている。山田は肩を竦め、「処置なし!」とでも言うように、両手を上げて首を振っている。

 洋子は唇を皮肉そうに歪め、両手を腰に当てて見守っていた。

 市川は口をにーっ、と真横に引き結び、満足した思いを胸に全員に振り返った。

「さあ! エンディングまで、まっしぐらだ! やったろうじゃねえか!」

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