5
回想が終わり、市川は再び飛行船の、王族専用客室に立ち戻っていた。飛行船は空中に静止して、窓の外の景色はぴくりとも動かない。
新庄は、淡々と後を続けた。
「卒業後、おれはアニメ制作会社に潜り込んだ。おれは知っての通り、絵も描けないし、物語も作れない。しかし、雑用をこなすのは、苦にならないから、ぴったりの職場だった。木戸は『蒸汽帝国』で漫画家としてやっていけなくなって、おれがアニメ業界に引っ張り込んだ。後は、皆が知るとおりだ」
市川は背筋を伸ばし、新庄に向かって尋ねかけた。
「それで、田中絵里香はどうなった?」
新庄は肩を竦めた。
「結婚したよ。子供もできて、木戸とは二度と顔を合わせなかった」
市川は首を捻った。
「それにしちゃ、妙だな」
新庄は目を見開いた。
「何が、妙だと言うんだ?」
市川は新庄をじっと見詰めた。
「あんたの話じゃ、絵里香は二才しか、歳が違わないんだろう? この世界で出会ったあの娘は、どう見ても二十歳前後にしか、見えない。順当なら、新庄さんか、木戸さんと、そう年齢は違わないはずだ。若すぎら!」
新庄は「うむ」と頷く。
「それについては、おれも不思議だと思っていたんだ。おれは現実の絵里香を知っているが、この世界で出会った絵里香とは、別人だ。あれは、本物の絵里香だろうか?」
すると、それまで黙りこくって、新庄の独演を聞いていた山田が口を開いた。
「おそらく、木戸さんの記憶の中だけの、絵里香なんだろうな。市川君に発注したキャラ表は、木戸さんの思い出に生きている田中絵里香なんだ。だから、新庄さんの顔を見分けられた。もし、純然たるこの世界のキャラクターなら、新庄さんが声を掛けても、何の反応もしなかったはずだ」
洋子は眉を顰めた。
「それじゃ、あたしたちが今いる世界は、木戸さんの空想の中ってわけ? いやだ! 何だか、気持ち悪い……!」
いかにも寒気がしたというように、洋子は腕でむっちりとした胸を抱えた。腕でぎゅっと抱きしめたので、谷間がくっきりと浮き上がった。市川は思わず、洋子の胸元に行きかけた自分の視線を、無理矢理どうにか引き剥がす。
その時、三村が言い難そうに、口を開いた。
「あの……その田中絵里香さんが、これから行く隣国のお姫様と同じキャラクターなんですよね? 絵里香さんは、なぜか僕を殺そうとしました。大丈夫でしょうか?」
三村は、市川たちと一緒の時は、以前どおりのオドオドした、気弱な面を見せる。今も、口にするのさえやっと、と見えた。全員の凝視を受け、慌てて顔を伏せる。
市川は大声を上げた。
「そうだよ! あの女、三村を──つまりアラン王子──を殺そうとしやがった! どうなってんだ? ストーリーはこの先、どうなる?」
新庄は首を捻り、腕組みをする。
「どうなるのかな? 原作にはないエピソードや、キャラクターがポンポン出てきて、さっぱり予想がつかねえ……」
市川は、最初から気になっていた絵コンテの内容を思い出した。
「ところで、木戸さんはなぜ、絵コンテを原作と違って描こうとしたんだろうな?」
新庄は頷いた。
「多分、今度こそ、本当に、自分がストーリーを組み立てる能力があると、証明したかったんじゃないかな? 結局、失敗したが……。しかし今のストーリーも原作にない。とてもじゃないが、木戸さんが一人で考え付くとは思えないが……?」
山田が不吉な予言をするように、目を据えてボソリと呟いた。
「登場人物の誰かが、死に直面するような展開があるかも、という予想は当たったな」
三村は蒼白になって、悲鳴を上げた。
「や、やめて下さいっ! 命を狙われているのは、僕なんですよっ!」
市川は胸に浮かんだ疑問を、口に出しかけた。が、慌てて寸前で呑み込んだ。
本当に、『蒸汽帝国』のストーリーを進めているのは、木戸監督なのだろうか?
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