3
場面は変わって、葬式の映像が現れた。単調な読経の声が響き、あちこちで啜り泣きが聞こえている。
遺影が正面にあって、それは祐介の顔だった。そこに新庄のナレーションが被った。
「最終学年、卒業間際に、祐介は死んだ。新入生歓迎のコンパで、一気飲みの、急性アルコール中毒だった……」
「ちょっと待って!」
洋子が金きり声を上げ、市川は再び客室に座っている自分を取り戻す。洋子は呆れたように眉を上げ、新庄を睨んでいる。
「胸の病気で死んだんじゃないの? 今までの話の筋なら、どう考えても……」
新庄は素っとぼけた表情で、肩を竦める。
「祐介は虚弱体質だったが、喘息だ。胸の病気とは違うよ」
洋子は、がっかりしたように「はーっ」と溜息を吐いた。新庄は「続けようか?」と誰ともなしに呟く。
一同はもちろん、大いに頷く。先が知りたいからだ!
「葬式の際……」
新庄が話を再開し、再び回想に戻る。
神妙な表情で、木戸と新庄が正座をしている。少し離れた場所に、絵里香の姿もあった。
木戸は、ちらちらと絵里香の横画を盗み見、手元のメモに、何か描いていた。メモがアップになると、それは絵里香の似顔だった。
隣に座る新庄が、木戸の手元を覗き込んで呆れ顔になる。
新庄は木戸を肘でつつき、囁く。
「おい、葬式の最中だぞ! 場所をわきまえろ!」
新庄に注意されて、木戸は顔を赤らめた。が、絵里香を見つめる視線は、じりじりと焦げるほど、熱っぽい。
やがて葬式は終わり、一同は外に出る。
並んで歩き出した新庄と木戸に、絵里香が駆け寄った。表情には怒りがはっきりと見てとれ、眼差しは険しかった。
しかし、怒りに燃えていながら、絵里香には曰く言いがたい美しさがあった。怒りは、絵里香の美しさを微塵も損なわず、むしろ別の美しさを付け加えているようであった。
「ちょっと待ちなさいよ!」
二人は、ぎくりと歩を止めた。木戸は絵里香の凝視に、顔を背ける。絵里香の怒りの視線は、木戸一人に向けられていた。
絵里香は手に、一冊の漫画週刊誌を持っている。絵里香はその雑誌を、木戸に向け、突きつけた。開いたページは『蒸汽帝国』連載のものだった。
「これは、何? 昨日発売の雑誌よ。あんたの新連載とやらが載っていたわ! どうして祐介の名前がないの? この漫画は、祐介の原作でしょ?」
絵里香の突きつけた誌面を見て、新庄は驚きの表情になった。さっと木戸を見て、新庄も詰問の口調になった。
「おれも知らなかった! てっきり原作者の名前に、祐介の名前が入るものだと……」
顔を背けたまま、木戸はもごもごと口の中で呟くように答えた。
「祐介が言ったんだ。自分の名前は出さなくていいって……。おれの……木戸純一名義で描いてくれと……。だから……」
絵里香は怒りから、呆れ顔になった。
「そんなヨタ話、信じろと言うの?」
が、新庄は考え込む表情になる。
「いや……祐介なら、ありえる」
「えっ?」
新庄の言葉が、絵里香には意外だったらしく、目を丸くしたままでいる。木戸も、新庄を見詰めた。
「祐介だったら、言うかもしれないな。名前を出さなくてもいい、と。どうだい、絵里香。祐介の性格、君ならよく知っているんじゃないのか?」
新庄は最後のセンテンスに意味を込めるように強調し、ちらりと木戸を見た。
木戸は新庄の言葉に、顔を真っ赤に染めている。顔を背けたまま横目で絵里香を盗み見しているが、視線には嫉妬がめらめらと燃え盛っていた。
ふっと絵里香の勢いが萎む。
「そうね……。祐介だったら、言いそうな台詞ね。あの人、原作者の名前云々なんか、全く気にしない人だったから……」
顔を挙げ、もう一度きつい眼差しになると、木戸に対し、言葉を浴びせかける。
「いいわ、もうゴチャゴチャ言うのは、やめるわ! だけど、約束なさい!」
木戸は怯えた視線を、絵里香に向けた。
「や、約束?」
「そうよ! 祐介の『蒸汽帝国』を、絶対に完結させるって約束するのよ! あれは未完の大作なんだから……。途中で放り出すなんて、あたし、許さないっ!」
暫し、三人の間を重苦しい静寂が支配した。
新庄が木戸の脇腹をつついた。
「おい!」
木戸は弾かれたように、頷く。
「わ、判った……。きっと、完結させる。約束だ!」
木戸は大きく息を吸い込むと、一歩、絵里香に近づいた。
指――小指を近づける。
「指きり、しよう……。約束の……」
絵里香は不審そうな表情になるが、やがて晴れやかに頷いた。
「ええ! 指きり! 約束よ!」
木戸と絵里香の指が絡み合う。指きりの動作が終わっても、木戸は絵里香の指から自分の指を離そうとはしなかった。
「ちょ、ちょっと!」
絵里香が再び怒りの表情になり、木戸は慌てて指を離した。じっとりと、粘っこい視線で絵里香を見つめる。
ぞくっと絵里香の顔は蒼白になった。くるりと背を向けると、言葉もなく走り去る。木戸は絵里香の後ろ姿を、じっと見送っていた。
新庄は不安そうに、そんな木戸を見守っていた。
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