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「失礼致します! 報告に参りました!」

 ドアの向こうから、四角張った声が聞こえ、市川は三村を振り返った。

 三村は、ぐっと背を伸ばし、王子らしい物腰を取り戻していた。

「入ってよろしい!」

 凛とした、王子らしい命令口調である。市川は、三村の変貌ぶりに呆れた。

 がちゃりと音を立て、ドアが開くと、全身を、ぴんと突っ張らかせた騎馬隊長が立っている。相変わらず、口髭はこってりとポマードで固め、両端をピンと撥ね上げていた。

「現在、飛行船はバートル国の領内に入りました! 護衛の者、総て到着に備えておりますので、是非とも殿下の謁見を賜りたく存じます!」

 市川たちの視線が素早く交わされた。山田は市川の向かい側に立ち、頷く。無言で「設定画を完成させた途端だな!」と目が語っている。市川も頷き返した。

 つまりは、隣国が存在を始めたのだ。

「分かった……。今、行く」

 三村は鷹揚に頷いていた。三村の態度は、微塵も元々の気弱さを感じさせない。

 かちゃん! と踵を打ち合わせ、騎馬隊長はきびきびとした敬礼をして退出した。

「おい! ストーリーが動き出したじゃないか!」

 新庄が爛々と目を輝かせている。

 市川はさっと身を翻すと、窓に顔を近づけ、外を覗き込んだ。

 地平線の彼方に、森に囲まれた王宮と、その周りを城下町がぐるりと取り囲んでいる。全体に中世ぽい雰囲気で、ごつごつとした岩山に、へばりつくように城が聳えている。

 市川は子供のように叫んでいた。まさしく、たった今、山田が設定したお城である。

 城のデザインは、中世ヨーロッパに準拠していたが、山田は中近東らしき、モスクの建築様式も取り入れ、どことなく無国籍な雰囲気を漂わせている。

「バートル国の王宮だ!」

 市川の側に洋子が近づき、顔を並べた。

「本当だわ! 凄く綺麗……」

 無意識であろうが、洋子の胸が市川の背中にぎゅっと押し付けられていた。柔らかな胸の丸みが、はっきりと感じられ、市川は思わず顔が火照るのを感じていた。

「おい! 外を眺めるのは、いつでもできる! それより、謁見だ!」

 新庄の言葉に、市川はぎこちない仕草で、窓から身を離した。

 洋子も身を離し、市川の背中の二つの重みが消えた。もう少し、堪能したかったのに!

 ドアを出て、狭苦しい廊下を三村を先頭にぞろぞろと歩く。

 真っ直ぐ進むと、船尾部分に向かう。そこは広々として、公的な行事を執り行える構造になっている。

 船尾には、すでに三村の──いや、アラン王子の謁見を待つ護衛の兵が整列していた。

 みな、きちんと制服の皴を伸ばし、背筋をぴんと反らし、アラン王子の今や遅しと、到着を待っていた。

「アラン王子殿下! 謁見──!」

 入口で待ち受けていた儀場兵が、爵杖を振り上げ、高々と語尾を延ばして叫ぶ。ざざっと音を立て、全員が直立した。

 ゆったりと王族の威厳を漂わせ、三村が歩き出す。市川たちは御付きの者であるので、入口付近に立ち止まって控えている。

 と、市川の視線が、列の真ん中付近に立っている一人の女兵士に止まった。

 あの女だ!

 なぜか女兵士は、ぎらぎらと怒りの視線を三村に注いでいた。口許がぎゅっと引き絞られ、強情そうな意志の強さを顕している。

 三村が女兵士の前を通り過ぎると同時に、女は腰の剣をすらりと抜き放ち、叫んだ!

「アラン王子! 覚悟!」

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