第15話「8番目の破片者」2/3
満月が掛かる夜空の下――いよいよ8番目の破片者との死闘が始まる。
「パンダだ……」
「パンダじゃん……」
「ぎゃああああああああ巨大なパンダですわああああああぁぁっ!!」
「ぱんだー! ……って、なぁに??」
しかし異口同音に呟く創伍達が目の当たりにしている破片者――パンダンプティは、人間に擬態していた時とはまた別の意味で彼らを圧倒した。
「な……なんて姿だよ……」
「あらぁ……? あ〜〜あぁ〜〜……ベンチ壊しちゃったかぁ〜〜〜〜…………やっぱりこの姿は色々と不便だなぁぁ……」
パンダの顔から下は、岩の如き頑丈な白黒の鎧――胸部には「
「それじゃあ……誰から来てもらっても構わないよぉ〜〜〜〜……」
そしてハンディキャップのつもりだろうか。パンダンプティは先制を仕掛けず、刃爪をクイクイと手前に向け創伍らの攻撃を誘ってきたのだ。
「なっ……何なんですのアナタはっ!? この私を前にして構えようとすらしないなんて〜〜っ!!」
「うぅわ……こりゃまた随分とデカイねぇ。創造世界じゃ、こんだけの図体してたら何かと不利があって真っ先に狙われやすいもんだけど、打ち合う気も起こさせないその見た目のおかげか……もしくはマジもんの修羅場を潜ってきてたりして……?」
「で、デカければいいってもんじゃありませんですわよっ! こんな奴いかにもスピードは皆無って感じですし? 体格差を活かせばイチコロですわっ!」
だが創伍達も圧倒的不利ではない。鈴々の考察通り、強靭な装甲で身を固めた分だけ敏捷性は大きく失われているはず――体格差を活かした小回りと四人のコンビネーションが利けば、創伍達にも十分な勝機が見込めるだろう。
「そうっすね……ならこの場は皆で力を合わせ――」
「よって! この場はスピードとパワーどちらも兼ね揃えた私一人に任せれば問題ありませんわー!!」
「って……あぁ!? 鈴々さん待って!!」
だがその為に最も欠かせないのはチームワークである――そう強調しようとした創伍の横を……自ら野暮な真似はしないと宣っていたはずの鈴々が、先手必勝と言わんばかりに脱兎の如く駆け出していた……。
「巨体の不利を知れですわっ〜〜!!」
「……………………」
助走をつけて高らかに跳躍する鈴々は、その肢体に見合わない怪力で背中に背負った釣鐘の竜頭を握り、パンダンプティの脳天目掛けて手斧の如く振り下ろす。
「
開戦の火蓋を切った鈴々の技は、釣鐘で相手を殴るという怪力任せの大胆な攻撃だが、その破壊力は馬鹿にできない。地面を揺らし、亀裂を走らせる渾身の一撃は傍で見ていた創伍達も立ちすくむ程だ。それを生身の者が受けたとしたら致命傷は免れない。
叩きつけた鐘から伝わる確かな感触に勝利を確信する鈴々。立ち上がりざまにほくそ笑んで決め台詞を放つ――
「ふふん! 来世に幸あれ……ですわ♪」
だが喜びも束の間――
「ん〜〜……それはどうかなぁ…………」
「え……」
仕留めたはずのパンダンプティの姿は無かった。鈴々の眼には、釣鐘によって抉れ盛り上がった芝生が広がるのみ。
「――鈴々さん! 上だっ!!」
創伍の呼び掛けによって現実に引き戻される鈴々。打ち倒したつもりのパンダンプティは、既に入れ替わるようにして彼女の頭上を取っていたのだ。
「敏捷性は皆無……僕はそんなこと一言も言ってないんだけどねぇ~~…………」
「な、何が起こったんですの……!? おわ、ちょっとタンマっ、あっ――」
これだけの重量級キャラを相手にスピードで負けるはずがない。そんな高を括っていた鈴々は、重力に従い落下してくるパンダンプティをどうにか出来るはずがなく……
――踏み潰されてしまった。
「り、鈴々さんっ!!」
「鈴々お姉ちゃん……ぺしゃんこになっちゃったぁ!」
鈴々の釣鐘よりも凄まじい衝撃に揺れる園内。勇ましく先陣を切り出したW.Eのエージェントが一瞬で返り討ちに遭うという予期せぬ事態に、創伍とシロが戦慄してしまう。
これには踏み潰した当の本人も肩を落として落胆する始末。
「あぁ~~あ……もっと出来る相手かと思ってたけど……あっけないなぁ……」
(なんて速さだよ……まさかあんなギリギリの所で機敏に避けちまうって……!)
それ以前に創伍が最も驚かされたのは、パンダンプティの俊敏さである。鈴々の攻撃が命中する直前、彼は体重を偽っているかと疑うくらいの軽い身のこなしで後方へ飛び退いたと同時、ふわりと浮かぶように跳んで彼女の頭上を取ったのだ。その姿はまるで瞬発力を活かして獲物を狩る猛獣ピューマの様であった。
「さてぇ……お次はどちらが相手かなぁ……??」
「っ……!」
「何もしないの……? じゃあ今度はぁ……こっちの番だねぇ……」
そして鈴々を倒しても尚、構えることなく死闘を続けようとする姿に、創伍はある予感がした。
(アイツは強い……。恐らく俺達全員が力を合わせても渡り合えるかどうか……)
戦うことが本意でなければ殺気も無い。それなのに、これまで戦ってきた破片者とパンダンプティは
それが分からない限り、どんな技を仕掛けようにも無謀な攻撃になるのでは……と躊躇する創伍に、パンダンプティからの容赦ない攻撃が繰り出される。
「
両腕の装甲と肩に装着された四本の竹筒から砲撃音が鳴り響き、空中に撃ち上げられた直径2メートルのドス黒い大玉……
「みんな逃げて!!」
シロの叫び声を合図に散り散りになり、大玉が地面に落下した直後――ズダダダダッ!! と重々しい爆音が一度のみならず連鎖して響き渡る。
それらはリレーで使うバトン並のサイズの爆竹を大量に巻き付け丸めたような砲弾で、花火としての爆竹とは比べ物にならない。爆炎を巻き起こし、地面も吹き飛ばす程の威力は大量破壊兵器と呼ぶに相応しい。
「――つぉらぁ!」
その見境ない爆撃を、乱狐は難なく逆手に取ろうとした。
広範囲に渡る爆煙に紛れてパンダンプティの死角を狙い、一気に間合いを詰めて低軌道の飛び蹴りを放つ。
対大型異品に鍛えていた乱狐の
「……おっと危ない」
しかし……背にも眼が有るのだろうか、パンダンプティはまたも素早く且つ正確に、乱狐の奇襲を見切り、腕の装甲で蹴撃を防いだ。
ただの岩なら砕けたであろうものを、亀裂を付けるどころか装甲の丸みと硬さに衝撃が吸収され、反動により乱狐は無防備のまま浮いてしまう。
「あぁっ……!?」
「
そしてその隙を逃すことなく、パンダンプティの鋭い刃爪が乱狐を襲う……
「――乱狐さんっ!!」
そこへ遅れた加勢が割り込む。煙に紛れ、別方向から現れる創伍であった。
今は迷っている時ではない。闘わなくては自分達が殺られる――と、爆撃で嫌でも思い知らされたのだ。窮地の乱狐を救おうと芝生に転がっていた石を走りざまに拾い上げ、右手の異能で変化させた巨岩をパンダンプティの腹部に撃ち込む。
「うっぐ……!」
創伍の攻撃までは対処出来ず、怯んだパンダンプティはズシンと重い音を立てて仰向けに転倒。
「おぉ、サンキューね。創伍!」
「それより早く! 鈴々さんをっ!」
その隙に、彼に踏み潰された鈴々を回収するのであった……。
* * *
「うわぁ〜、こりゃ派手にやられたね。アタシだったら即死もんだわ」
「なに呑気なこと言ってるんですか乱狐さん! 早く応急処置しないと……シロ、まだ間に合うか!?」
「う〜〜〜〜ん……これどうやって治せばいいのかな?」
鈴々の身体は満身創痍……というより、今にも風で吹き飛ばされそうな厚さ2cmくらいの平面状になっていたと言うのが正しい。常人なら既に圧死している。
しかし乱狐は同僚である彼女をいたわろうともしない。
「いやいや……だって鈴々、
「えっ……?」
――何故なら彼女はまだ死んでいないのだ。
「……………………うっ」
「えぇっ!?!?」
「ひゃあっ!!」
乱狐の呼び掛けに反応し、圧死したかに見える平面状の鈴々がクネクネと蠢き始めるではないか。
そして奇怪なことに、自分の親指を口に咥えると風船を膨らます要領で息を吹くのだが……
「っぷはぁ……! はぁ……はっ……! あああ、あのクソ異品があぁぁぁっっ!! 絶対に許しません……ぶち殺してやりますわ~っ!!」
彼女自身が風船のように膨らみ、やがて元の鈴々に戻ったのだ。
「落ち着きなって。敵さんも予想以上に出来るって分かっただけでも、あんたの『ギャグ漫画級生命力』も無駄じゃなかったってことで、いーじゃんいーじゃん!」
「ちょっとそれ私が噛ませ犬だって言いたいんですの!?」
「「………………」」
一体何が起きたのか……二人の会話にすらついていけず唖然とする創伍とシロに、乱狐がようやく種明かしをしてくれる。
「ごめんごめん。二人とも驚かせちゃったね。鈴々は超不条理ギャグ漫画出身のキャラだから致命的なダメージを受けても、ゴキブリ並……いやギャグ漫画特有の生命力でしぶとく生き残れるんだよ」
「それって……潰されても、爆弾で吹っ飛ばされても……?」
「死なないね」
「水に沈んでも炎で焼き尽くされても……?」
「死なない死なない」
「…………さいですか」
ヒバチやつららとはまた違う……いや、ある意味で上位互換とも言うべき都合の良い能力者に、創伍は反応することさえ面倒になった。
「へぇ〜〜〜〜……僕が苦手なタイプが混じってたか……」
そんな彼らの会話を聞いていたパンダンプティが、睡眠から目覚める動物のようにゆっくり起き上がると、両者再び向かい合う。
「でももしあのまま死なれたら興醒めだしぃ……ハンデには丁度良いかもねぇ……」
「………………」
「それにぃ……道化師もようやく闘う気になってくれたようだからさぁ……」
「……やるしかないようだしな」
初戦はまず互いに手の内を見せ合うまでに留まり、休む間もなく闘いの第二幕が開こうとしていた。
ただし肝心な足並みはまだ揃っていない。
「まったく本当口の減らない奴ですこと! さっきのは油断しただけですわ! 次はこうはいかなくってよ!?」
「でも
「べ、別に助けてなんて一言も言ってないですし! 真城さんの助けがなくてもどうにか出来ましたわ! ですが……抜け出す手間は省けたんで、借りが一つ出来ましたってことにしといてあげてもいいですわよー?」
お人好しの創伍にとっては体が自然に動いたくらいの事。素直に礼を言わない鈴々の意地の悪さを軽く受け流した。
「いいですよ。俺はただ鈴々さんが放っておけなかっただけですから。でもヒバチさん達と違って鈴々さんと一緒に闘うのは初めてなんだ。バラバラになるより、仲間なら力を合わせて闘いたいな」
「
仲間――鈴々にとってはあまり聞き慣れず、鳥肌が立つような気に食わない言葉であった。今日まで彼女は持ち前の怪力で多くの敵を倒し、類稀なる才能を用いて功績を勝ち取ってきた。常に他人を蹴落としてでもナンバーワンに拘り続けていたのだ。
しかし今、自力で倒せるかも分からぬ強大な敵が立ちはだかる。自力で倒せないならば、創伍達の力を利用する手はない。
「……ふん。仕方ありませんわね」
スカートを
「真城さん、あなたと私とでは『瓢箪に釣鐘』ですわ。しかし……あなたに足を引っ張られようと居ないよりマシというもの。どうしても共闘したいと仰るのでしたら、戦線に加えてあげてもいいですわよ?」
「ったく本当に素直じゃないなぁ。鈴々って……」
「じゃあそういうことでいいです。ここは力を合わせましょう。さぁ行くぞ、シロ!」
「はーいっ! それじゃあ
創伍もこれでようやく息が合わせられると満足気だった。
鈴々という異端者も交えた上で、今宵も創伍達の新たな舞台が始まる――
* * *
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