第21章 大海賊の娘【3】

「大きい灯台ねぇ……」


「ああ、そうだな」


 ルーナと共に、僕は灯台の足元から頭を見上げる。


 おそらく高さは三十メートルをゆうに越えているだろうか……そのてっぺんからは強い光が発され、光は黒く染まった海の方へ向かって、真っ直ぐと伸びている。


 夜だからというのもあるのかもしれないが、その姿はどうにも物々しい、威圧感のようなものを、僕は見て感じ取った。


「では皆さん、参りましょう」


 トライクから降りたロベルトは僕達を先導し、灯台の入り口である重い鉄の扉を、鈍い金属の音をたたせながら開ける。


 すると扉の先には二つのルートがあり、一つが先の見通せない、暗闇に続く廊下であり、そしてもう一つが、この灯台の頂上へ上るための階段があった。


「こちらです」


 だがロベルトは躊躇うことなく、頂上へ向かう階段を選び、それを上り始める。


 僕達もロベルトに続き、階段を上っていくのだが、階段は螺旋状になっており、グルグルと永遠に上に伸びていた。


 日も暮れて、灯台の内部も真っ暗になってしまっているのだが、足元を照らすのは所々にぶら下がっている白熱電球の淡い光のみであり、そのこともあって、見上げてみても視線の先には闇しか無く、最初の内は、一体どれほど上れば最上階に辿り着くのか、その見当すらもつけることができなかった。


 永遠と続く階段を淡々と、ただひたすらに上り続け、足が重くなり始めたくらいになってやっとうっすらと、頂上が見えてきた。


 しかしここで灯台守をしているってことは、テティさんはこの階段を毎日上っているってことだよな……そう考えると、かなりタフな女性であることは間違いないだろう。


 僕の後ろを歩いている唯一の女性メンバーは、さっきから息をゼーゼー切らしているからな。


「おいルーナ、大丈夫か?」


 後ろを振り返ると、ルーナは肩で息をしながら、手すりを持ってなんとか一歩を歩んでいるような、そんな状態になっていた。


「大丈夫……ダイジョウブだから……」


「本当かよ……」


 その青ざめた表情を見れば、そうでないことを一目瞭然だが、しかしそれでも足を引っ張らないように、強がりを言ってみせるルーナ。


 まあ、そう返されるだろうなとは思ってたけどね。


 それからは、ルーナのペースに自然と合わせるようにゆっくりと階段を上っていき、頂上へ辿り着いたと同時に、彼女はその場にへたり込んでしまった。


「お疲れさん」


「はあ……はあ……へへ……ありがと……」


 僕がポンと肩に手を置くと、ルーナは息を絶えず吸ったり吐いたりしていたが、その時だけニッコリと僅かに、僕に笑顔をくれた。


 まったく……カワイイやつめ。


「フッ……女にはその階段、堪えるだろう? アタシも最初はそうだった。今じゃ

もうすっかり、慣れちまったけどね」


 すると階段とは反対方向、海へ向かって強い光を放つ巨大な照明がある方向から、女性の声が聞こえてきた。


 声のした方へ振り返ると、その女性は丁度照明台の真下の部分に胡坐をかいて座っており、体は海の方角へ向いていたため、僕からはその後ろ姿しか、今は確認することができなかった。


「テティさん、わたしです」


「その声は……もしかして、司厨長のロベルトか?」


「はい」


「フッ……数年振りね」


「ええ、お久しぶりです」


「あの二人はあの後も、事ある毎にここを訪れているが、アンタは一度も来なかったからね。聞いた話じゃ、テールタウンでハンバーガーを作ってるそうじゃないか」


「はい」


「儲かってるの?」


「それなりには」


「そうか……お前の料理は船上でも人気だったからな」


「恐縮です」


「フッ……その感じも相変わらずか……」


 すると胡坐をかいていた女性はすっくとその場に立ち上がり、照明台の周りをぐるっと回って、僕達の真正面に腕を組んで、その姿を現した。


 彼女は黒のボディスに白いレースブラウスを着用しており、レースブラウスからは薄っすらと下に着ている同色のキャミソールが見えている。


 下にはボディスと同じ黒のカーゴパンツを着用し、全体的に白黒でまとまっているので、そこにアクセントを付け足すためなのか、首には黄色のスカーフを巻いており、そして頭には、彼女が元海賊であることを象徴する(という意味で着用しているかどうかは分からないが)黒茶のパイレーツハットを被っていた。


 おそらく彼女がそうなのだろう……大海賊の一人娘、テティ・ロジャース。


 色っぽい女性だが、しかしその立ち姿にはどこか、風格が漂っていた。


「それで……久々に顔を合わせに来たかと思ったら、こんな時間に、こんな大所帯で乗り込んできて……何用だい?」


「単刀直入に御用件だけをお伝えしますと、この方たちは今、バルマシア大陸へ向かうための船乗りを探しているそうで、是非テティさんに彼らの船渡しをしていただきたく思い、ここへやって参りました」


「ほう……久々にツラを見せたかと思ったら、見ず知らずの人間共の足になれと?」


「……はい」


「フッ……クックッ……アタシも随分コケにされちまったもんだねぇ。それとも、アンタの面の皮が厚くなっただけか、ロベルト?」


 テティは薄く口で笑いながらも、しかし目だけは笑っていなかった。


「勿論あなただけをというわけではありません。あなたが海に出るのなら、わたしも共に向かいます」


 するとロベルトは、そのテティの鋭い視線に屈すること無く言い返し、その言葉を聞いた彼女は「ほう」と少しだけ感心をしているようだった。


「昔は無口で有名だったのに、そんな口説き文句も言えるようになったみたいだな?」


「…………」


「フッ……まあいい。時間潰しに話くらいなら聞いてやっても」


「ありがとうございます」


 ロベルトは店で僕達にしたように、深々とテティに頭を下げる。


 とりあえずこれで、交渉はできるということだな……しかしまさか、ロベルトさんも一緒に着いて来てくれることになるとは思ってもみなかったけど。


 まあそれも、僕達が彼女を口説き落とせたらの話なんだけどな。


「話を始める前にロジャース殿、これは我々からの心ばかりの品だが、どうぞ受け取ってはくれまいか?」


 そう言ってマジスターが彼女に差し出したのは、先程煙草の専門店で購入したドライシガーだった。


「ドライシガーか……丁度切らしていたからありがたい。しかし贈り物にプレミアムでは無く、ドライをあえて選んだのは、ロベルトの入れ知恵か?」


「うむ……そうだ」


「フッ……やっぱりね。しかもクバナ産……こんなドンピシャでアタシの好みを、見ず知らずの人間が買って来れるわけないがないからな」


 テティはフッと鼻で笑い、マジスターからドライシガーを受け取ると、早速箱を開けて一本シガーを取り出し、ポケットに入れていたオイルライターでそれに火を付け、吸い始めた。


「すぅ……ふぅ……アンタ、名前は?」


 白煙を吐きながら、テティはマジスターに名を尋ねる。


「アトス・マジスターだ」


「ふうん……マジスターさんか。それであなた達はどういう目的で、バルマシア大陸へ渡るつもり? 勿論、観光では無いんでしょ?」


「カッカッ、観光なら旅客船を使えば良いからな。わざわざ優秀な航海士殿に船頭を頼む必要もあるまい」


「フッ……で? 目的は?」


「うむ……ミネルウェールスの王子が今、練磨大臣によって乗っ取られた国を取り戻すため、傭兵を集めておる。わしらはその革命勢力に加担するのが目的だ」


「ほう……革命ね。すぅ……ふぅ……」


 テティは動揺することも無く、かといって協力的な態度をとることも無く、ゆっくりと、じっくりと話を聞きながらドライシガーを吸い、煙を吐く。


 その姿はどこか色っぽく、大人の女性の感じが出ており……こう比べるのもなんだが、ルーナには無い妖艶な雰囲気を醸し出していた。


「なによ?」


 その時僕はふと、息切れを解消し、僕の隣に立っていたルーナへと視線を向けてしまっていた。


「いや、なんでも」


「?」


 ルーナは眉をしかめて、首を傾げていたが、それ以上追究してくることは無かった。

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