BACK TO THE OCEAN 間章5 正義のための遠征
間章5 正義のための遠征
ガタン、ゴトン……ガタン、ゴトン……。
ずずっ……カチャン。
「フフッ……初めて列車というものに乗ったが、なかなか快適なものだ。高い場所から見渡す景色も良いが、こうやって流れる風景を見ながら飲むコーヒーも悪くない」
ガチャ、ガラガラ……ザッ!
「失礼します、大臣!」
「うむ、ウィル君か。朝から何事だ?」
「実は先程マグナブラから緊急の連絡がありまして、マンハット術師が行方をくらましたそうです」
「マンハット……ああ、あの練魔術師のことか」
「ええ……どうやら兵器開発局には長期の休暇届を出されてまして、それからは誰もその姿を見ておらず、夜になっても家に明かりがついていなかったので、周辺住民が兵団に通報したところ、家の中はもぬけの殻。それと、彼が所有していた車が無くなっていたと」
「車を……では国外に逃げ出したという可能性もあるわけだ」
「はい。ですので、急いで追跡を行っていると」
「そうか……」
すっ……ずずっ。
「……あの」
「ん? なんだい?」
「いえ……妙に落ち着いておられるので」
「ああ……つまり君は、よくこんな緊急事態に落ち着いてコーヒーなど飲んでいられるな……と言いたいのだろう?」
「いえっ! そのようなことは決して!」
「フフッ……別に構わない。この状況では、普通の人間であるならば、そう考えるのが当たり前だ」
「はあ……」
「しかしボクは普通の人間では無い。つまりこの状況、ボクからしたら緊急でもなんでもないというわけだ」
「な……何故そのようなことが?」
「もう手立ては打っている……ということだよ」
「まさか……こうなることを予期していたのですか!?」
「フフ……元素爆弾投下後のブリーフィングの際、マンハット術師の表情には、後悔と恐れがあった。その時、この男は近い内に自分の罪悪感に苛まれ、マグナブラから逃げ出す可能性があると踏んでいた」
「そんなっ!? 表情だけで?!」
「案外出るものさ。君も気を付けた方が良い」
「は……ははっ! 心しておきますっ!」
「フッ……話は戻すが。マンハット術師が逃走するかもしれないと予想したボクは、彼がここから居なくなっても、元素爆弾を再度構築できるよう、彼の元にあった元素機構の設計図とデータを全て、こちら側で管理することにした。そしてその後任者となれる練魔術師にも、密かに連絡を着けてある」
「そ……そこまで……」
「備えあれば憂いなし……それに、ボク達が欲しかったのは彼自身では無く、彼の能力だ。それを吸い出した今、もう彼の役目は終わったに等しい」
「なるほど……」
「これで分かってくれたかな? ボクがこうして、ゆっくりとくつろいでコーヒーを飲んでいる理由が?」
「ええ、十分に」
「それはよかった……」
ずずっ……カチャン。
「ではマグナブラの方に、もう捜索をする必要は無いと伝えておいた方がよろしいでしょうか?」
「ん? うーん……いや、その必要はない」
「えっ? いいのですか?」
「うむ。なんせここで捜索を中止させたら、僕の今までの思惑を他の人間に悟られるかもしれないだろ? それに後任の練魔術師の件に関しては、まだ首相にも伝えていない」
「伝えていないのですか!?」
「この件は、あくまでマンハット術師が逃走するという前提で考えた、僕の保険だ。それが現実化した今だからこうなっているものの、もし彼が逃げ出しもしないのに、この件を首相に伝えていれば、余計な混乱を招くことになるだろう?」
「た……確かに」
「それに今ボクは別件の最中だ。その程度のことに構ってなどいられない」
「アクトポートの視察……ですよね」
「そうだ。そうなのだが……しかし事前情報を聞いた感じでは、ただの視察では終わりそうにないからな」
「まあ、あの状況では、我らは招かざる客。穏やかに成し遂げる……というわけには、いかないでしょうからねぇ……」
「フッ……ウィル君。我らは決して、招かざる客ではない」
「えっ……」
「自治区長とはもう、統合の話はついている。つまり我らは通常なら、歓迎されるべき客であるはずなんだ。しかしその場所の長が了解を出したというのに、その下に着いている者達が勝手にやんや騒いでいる。まさにそっちの方が異常なんだよ」
「なるほど……」
「マグナブラとアクトポートの統合は、最早トップとトップの間で交わされたルール。それに今更反旗を翻す者は即ち、ルールを破ろうとする犯罪者だ。まあ……極論ではあるけれど、しかし反するが故に、本当の犯罪者もその中から出てきているそうじゃないか?」
「ええ……駐在しているマグナブラの兵士が数人負傷していますね。あと駐屯地に火炎瓶が投げられたとか。過激派の人間は未だ増加中とのこと」
「アクトポートの駐在兵および、自警団だけではもう収まりが利かない。だからこうして、ボク達が駆り出されることになった。視察と称した、制圧をね」
「まさに数年前に行われた、
「あれとは違う。一応彼らはアクトポートの住人だからな。海賊とは違って、滅ぼすことは許されない。あくまで制圧だ」
「はっ、すいません……」
「それに海賊とは異なり、彼らの中には、金で雇われているだけの連中や、周りの雰囲気に押し流されて批判しているだけの連中もいる。そんな、はした金やチンケな民意に流されている人間には、わざわざ手を下さずとも、二、三人の見せしめを出せばすぐさま手を引くだろう」
「被害は最小限に……ということですね?」
「被害じゃない、リスクだ。あまりに手を出し過ぎると、そうでない人間にも我らの印象は悪くなってしまい、批判者は数を増してしまう。そうならないように、偽善であることが大切だと言っているんだよボクは」
「偽善……?」
「そう。ボク達はあなた達を、この土地を守っているんだという偽善の心が大切なんだ。そうすることで、そこに居る人間は安心し、我らを正義だと信じてくれる。そしてボク達を批判している者達は、次第に悪と見做され、我らはその悪を討伐する、正義の味方となれるのさ」
「そ……そういうことですか」
「そういうものだよ、人の心は。正義の反対は悪だと信じたがる。正義の反対は、どこまでいっても正義だというのに」
「…………」
「フフッ……少々話がずれてしまったね。とにかくやり過ぎないことだ。分かったかな?」
「ははっ!」
ザッ!
「うむ。話が長くなってすまない」
「いえ、こちらこそありがたいお話を聞かせていただき、感謝致します!」
「到着までゆっくりしておいてくれ。おそらく現地では、休む暇も無いかもしれないからね」
「お心遣いありがとうございます! では失礼します!」
ザッ! ガチャ、ガラガラガラガラ、ガチャン。
「フッ……さてと、引き続きボクも、しばらく仕事のことは忘れて、静かにコーヒーブレイクを楽しむことにしよう」
ガタン、ゴトン……ガタン、ゴトン……。
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