第16章 旅は道連れ世は情け【6】
「えっ! 君マテリアルガントレットを持ってるのかい!?」
するとマンハットは僕の方に足を進め、僕の右腕に装着されているマテリアルガントレットを見て、更に仰天したような声を出した。
「しかもこれ、僕が作ったプロトタイプじゃないか! でも何で君がこれを?」
「えっ……いや……僕はただ、マジスターから最新武器の教習の時に受け取っただけで、出どころまでは今まで知らなかったんですけど……」
そう、これは僕がまだマグナブラの兵士だった時に、最新兵器の教習ということで、当時教官だったマジスターから手渡され、そのまま持って帰らされた物だった。
だから僕は正直にそのことを答えたのだが、しかしマンハットはそれを聞いて、首を捻っていた。
「教習の時に? でも確か教習では、サンプルを使って簡単な説明しかしないって僕は聞いていて、だからそのプロトタイプは、量産を可能にするために武器工場に預けていたはずだけど……」
「……おいマジスター!!」
僕はすっくと立ち上がり、マジスターの方に詰め寄る。
マンハットの話を聞く限り、僕はマジスターが何をやらかしたか、その予想がついたからだ。
「マジスター、お前このガントレット、武器工場から盗んだんだろ? 盗んで僕に預けたんだろっ!」
まるでルーナが僕に詰め寄って来た時のように、僕はマジスターに怒りの矛先を定め、鬼の形相でにじり寄る。
一時は目を逸らしていたマジスターだったが、しかし僕に根負けしたのか、膝から地面に着き、そしてその額を土にピッタリと着け、土下座をしてきた。
「スマン、コヨミ!! 実はお前をレジスタンスに引き入れる作戦と同時に、わしはそのマテリアルガントレットがレジスタンスの脅威になることを知り、それを取り上げる作戦も併用しておったのだ!」
やっぱりそういうことだったか。
マジスターはあの時、レジスタンスの工作員だったからな。そんなことを仕出かしても、おかしい身分では無かった。
まあ、今の今まで気づかなかったんだけど……。
「ということは何だ、僕はマテリアルガントレットをユスティーツフォートまで運ぶための、
「むむむ……そうだっ!!」
「クソッ……いや、でも待てよ? じゃあ何で着いた時に、僕からマテリアルガントレットを奪おうとしなかったんだ?」
一体あれは何故……。
「ぐう……とる暇が無かったというのが、正しいかもしれんな。あの時はお前を先に首領室に連れ込み、レジスタンスに加えることがわしにとって最優先事項だったからな。それにお前をレジスタンスにしてしまえば、それをお前から取り上げる必要も無くなったし」
「なるほど……でも首領室に入る時、武器は没収されたがガントレットは没収されなかった。普通レジスタンスがマテリアルガントレットの情報を知ってるなら、その時に没収されてたはずだろ?」
「それはエイン・ルージが、マテリアルガントレットというものがある、という情報しか握っていなかったからだ。だからその姿形までは分からなかったから、あの時没収されなかったというわけだ。実際わしも、その姿を目にしたのは盗んだ時が初めてだったからな」
「そうか、そういうことだったのか……」
「本当にスマンかった!!」
マジスターは悔やむように、地面に額をめり込ませるようにして、僕に頭を下げに下げまくる。
その姿を見て、僕の中の怒りも次第に和らいでいき、カッとなった頭は冷水に着け込まれたように、冷めていった。
「……はぁ、もういいよマジスター。どうせ過ぎたことだし。それにこれがあったから、僕も今まで命拾いできたんだし」
「むう……本当にすまなかった!」
マジスターは立ち上がり、額に土を着けたまま、もう一度背中を九十度近く曲げて、僕に謝罪した。
はぁ……これはまだ見つからなかったから良かったものの、僕は王殺しの罪に加え、窃盗の罪も負いそうになっていたのか。
考えただけでも恐ろしいよ……本当に。
「まあ……いさかいはあったにせよ、しかし僕としては冥利に尽きると言った感じだね」
するとそう言って、僕達の間に入って来たのは、一方的な被害者となってしまったマンハットだった。
「冥利に尽きる……とは?」
僕は首を傾げる。
「ああ……だって僕が作った物を、そんなみんなで血眼になって奪い合うほどに、良い物だと思ってもらえたんだろう? だから作った側としては、これ以上に嬉しい反応はなかなか無いものだよ」
「なるほど」
前向きな考え方だなぁ……と、僕は感心してしまった。
確かに考え方としては間違ってはいないのかもしれないけど、しかしその自信策の物が盗まれたのにも関わらず、そんな呑気なことを言っていて、果たしていいのだろうかと、感心する反面で、疑問にも思ってしまう。
「モチロン、盗むことは感心できないけどね?」
マンハットはそう言って、眼鏡のブリッジをくいっと人差し指で上げた。
あっ、やっぱり駄目なものは駄目なんだな。
「すまなかったマンハット術師……」
マジスターは僕にしたのと同じように、背中を曲げてマンハットに謝罪をする。
「もういいんですよマジスターさん。彼の言う通り、もう過ぎたことだ。それにこれだけでも、あの国から取り上げることができて良かった……」
マンハットはふっと、小さな溜息を吐いてそんなことを呟いた。
あの国から取り上げる……その一言が、僕には引っかかった。
彼はそういえば、自分の思っていることと、あの国……マグナブラがやろうとしていることが違ったから、国を出て来たと言っていたな。
マグナブラだって、こんな権威のある人間を好きで追い出すような真似は、決してしないだろうし……一体彼とあの国の間で、何があったのか。
そしてマテリアルガントレット以外の、マグナブラに取られてしまった物とは一体……。
「……そうだ皆さん、食事はもう取られましたか?」
まるでそっくり話題を変えるかのように、突如マンハットは僕達にそんなことを訊いてきた。
「いや、まだだけど……そういえば腹減ったなぁ……」
もう夜だし、一日中バイクで突っ走ってたし、ルーナに告白したしされたし、脱輪した車は押したしで、僕は疲労困憊、腹も間違いなくぺっこぺこになっていた。
濃い過ぎるんだよな、一日一日が。
「では救助していただいたお礼に、僕が皆さんにご馳走を振る舞いましょう! と言っても、そんな大そうな物は出せませんが」
「ご馳走!? やったああああああああっ!!」
最後の一言まで聞かず、僕は両手を挙げて喜ぶ。
昨日の宿の食事以降はパンと水だけでやり過ごしていたので、それ以外なら正直なんだって、今の僕にはご馳走に成り得る。
「ふふっ……では少し待っていてください」
そう言い残して、マンハットはグレーの車の中へと入って行った。
そういえば彼の車は、全体的にはコンパクトに見えるのだが、しかし後ろの部分が四角く膨らんでいて、歪な形というか、今まで見たことの無いような車ではあった。
「はぁ~いいわねキャンピングカー。バイクもいいけど、長旅ならキャンピングカーの方が便利が良いのよねぇ」
マンハットの車を見ながら、ルーナはそんなことを呟く。
「へぇ~、あれってキャンピングカーって言うんだ」
「そうよ。中にはコンロとかシンクとか収納スペースとか色々あって、この車の中で寝泊まりすることができるの。だけどこの車は、普通のキャンピングカーにしてはコンパクトなのよね。多分特注で作ってもらったのかもしれないわね」
「ふうん……こういうこと詳しいよねルーナ」
「なによ? いけない?」
「いや、素直に尊敬するよ」
「そう。こういうのってよく、男のロマンって一括りにされるんだけど、ロマンは男だけの物じゃないって、わたしは主張したいわね!」
「なるほど、ロマンねぇ」
だけど今の僕には、ロマンより飯。花より団子だった。
さっきルーナが、この中にはコンロがあるって言ってたから、きっとちゃんとした料理が出てくるのだろう、間違いない!
そんな大きな期待を抱きながら、しかし胃袋は空っぽにしたまま、僕はただひたすら、出てくる食事を待ち望んでいたのだった。
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