第14章 新たなる地を目指して【2】

「ちょっとコヨミ! 聞いてる!?」


 ルーナはずいっと、僕のすぐ鼻先に自分の顔を接近させ、その両目でキッと僕を睨んでくる。


「ああ聞いてるよ。確かに僕は諜報に関してはまだまだだ……だからこれから少しずつ、鍛錬していくことにするよ」


 僕は顔を俯け、両肩を落とす。


「そう……分かってるならいいのよ」


 ルーナはフンと鼻を鳴らして、腕を組んだまま僕から遠のいた。


 よし……これでいつものパターンに入った!


 ルーナは不意に相手に反省をされると、いつも怯むのだ。多分、自分が言い過ぎたんじゃないかという、一種の罪悪感のような、そんなものを感じて一歩引くのだろうな。


 基本彼女は行動も発言も、揃ってなりふり構わない感じなのだが、しかし弱っている相手を見てしまうと、いつもの感じが消え、躊躇ってしまうところがある。


 そういう彼女の、弱き者へ躊躇する優しいところを逆手にとるのは、少々心が痛むものだが、しかしこのままお小言を聞き続けるのは、僕としては避けたいところなので、すまないがこのような姑息な手を使わせてもらう。


 すまんなルーナ……。


「それじゃあわたしは先に部屋に行ってるから、ゼロと一緒にすぐ来るのよ? いいわね?」


「ああ、分かった」


 そう言って、ルーナは宿の建物の中へと、先に入って行ってしまった。


 ふう……どうにか乗り切れたか……。


「キッキッキッ……徐々に人の扱い方が上手くなっておるようだな」


 振り返ると、ライフ・ゼロがバイクの後部座席から降り、ぶかぶかのヘルメットを脱ぎながら、乱れた髪を整えていた。


「扱い方って……別にそんなのじゃないよ。ただの生活の知恵さ」


「生活の知恵ねぇ……しかし以前にも言った通り、うぬには他の者には無い潜在的な能力がある。それが徐々に表に出てき始めておるということだ」


「ふん……そんなものが、僕にあったらの話だけどね」


「キッキッキッ、認めんのう、頑なに」


「……僕はそこまで自惚れれない」


 とは言いつつも、自分にまったく才能が無いとは思わない。射撃といい、バイクといい、これほど短期間で、物事をマスターするこの能力を持っていて、自分には才能が無いですなんて言ったら、それこそただの嫌味にしかならないからね。


 しかしそんな能力があったとしても、それを鼻に掛けるようなことを、僕はしたくないだけだ。


 おごりは人を、思わぬ落とし穴に嵌めるなんて言うから。


 それから僕はライフ・ゼロと一緒に宿の中へと入り、二階にある、僕とマジスターが共同で使ってる部屋へと入った。


「おおコヨミ、ライフ・ゼロ戻ったか」


 部屋にはマジスターが椅子に座り、そしてルーナが僕の普段寝ているベッドに腰掛けて待機していた。


「ああ、それでマジスター、ルーナからちょっと聞いたんだけど、情報ってどんな物が手に入ったんだ?」


「うむ……しかしその話をする前に一言付け加えておくが、これはあくまで正規に出回っている情報ではない。だから完全に信用のできる話では無いということだけは、念頭に置いておいてくれ」


「分かった」


 むしろ僕達が欲しがるようなグレーな情報が、正規の情報として出回っていたら、そっちの方こそ、マグナブラ政府の罠なんじゃないかと、こちらとしては疑ってしまうものだけどな。


「さて……では早速本題に入るが、今ミネルウェールスで傭兵を密かに募集しておるそうだ」


「傭兵を? 確かミネルウェールスっていったら、世界有数の鉱物産出国じゃなかったっけ?」


「おお、知っておったか」


「そりゃああれだけ有名な国なら……でもマジスター、そんな大国なら普通、マグナブラのように自国の兵士を揃えているはずだろ? なんでそんな国が、傭兵なんて雇おうとしてるんだよ?」


「うむ……実は国として正規で雇っているのではなく、ミネルウェールスの王子が個人的に雇っているということだ」


「国の王子が? ……まさか汚れ仕事ウェットワークをさせるため……とか?」


「む……そのまさかだ」


 マジスターは少しだけ眉を上げて、驚いた表情をしてみせる。


 完全に当てずっぽうだったが、まさか当たっちゃうなんて……。


「まさにわし達、嫌われ者の狼ヘイトウルフに相応しい仕事だ。そしてこの世界の革命を起こす第一歩としても、十分な仕事だ」


「革命を起こすのに……十分な仕事?」


「そう、その仕事内容は……ミネルウェールスの練磨大臣の殺害だ」


「なっ!!?」


 僕はその瞬間、一歩足を引いてしまった。


 それは思ったよりも直截的で、そして本当に、まるで僕達のためにわざわざ用意されたような、そんな汚れた仕事だった。


「情報では、今ミネルウェールスはそこの練磨大臣、エンヴィの手に落ちかけているらしい。先代の王が病死を遂げ、その後の政治の代行をということで、国で最も力を持っていたエンヴィが政権を掌握した」 


「王子がまだいるっていうのに、練磨大臣に国の最高指揮権が渡ったっていうのか?」


「そうだ……というのも、先代の王と王子は対立関係にあったようでな。練磨大臣を擁護する王に対して、王子は王位継承後、練磨大臣を追放するための政策を展開しようと目論んでいたらしい。しかしその目論見がエンヴィの目に入ってしまい、王の耳に伝わり、王子はミネルウェールスの西端にある、イスジスという片田舎に追放された」


「なるほど……それで王子に王位が継承されなかったから、代わりにエンヴィが最高指導者の椅子に座ったというわけか……フッ、どこかの国の末路に、どことなく似てるな」


 どこの国とまでは言わないが、しいて言うならこの前、僕が捨てた国のことだ。


「練磨大臣が……暁の火が存在し続ける限り、そのような国は今後増え続けるだろうからな。外から来た侵略者に国を乗っ取られる恐怖を、その国の民達は知らず知らずの内に、味わい続けるということだ」


 マジスターはそう言って、フンと鼻を鳴らしてみせた。


 そうやって練磨大臣が征服した国が増えていき、いつしか世界は暁の火で一色に染まる。世界独裁の誕生というわけだ……。


 そうなってしまってはもう、暁の火に歯向かうことは、人間を止めるに等しい行動となるのだろうな。全ての物事が統制され、監視され、そこに個人の意思は無くなる。


 民衆は暁の火によって生かされるだけの、単なる『モノ』と成り果ててしまうのだ。


 しかしそれはある意味、神によって生かされているという理念を持つ、天国に近いような世界とも言えるのかもしれないな。


 ……そんな世界になるくらいなら、僕は地獄で暮らしたって構わないくらいだけどね。

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