第10章 沈黙の戦場【4】
「でも……なんでそんな回りくどいことを。そんなんだったら、さっさと侵攻しちゃえば……」
「そこがこの話のミソだ」
「ミソ?」
ルーナは頭を傾げ、マジスターは更に続ける。
「うむ……防衛と侵攻では、この後に及ぶ国民への反響が変わってくるんだ。もし侵攻をしたとして、その後に国に何らかの影響が出るとなると、国民は必ずその責任や問題の解決を、侵攻した兵団に問い質してくる。しかし防衛したとなると、侵略してくる敵軍、つまり自分達の居場所を侵そうとする害悪を兵団が取っ払い、国を守ってくれたと、国民は兵団に賛辞を送るというわけだ。まあ所謂、英雄視するというやつだな」
「全てはその後の政治のためってこと……?」
「そうだ。マグナブラは今、王が不在になり政治としてはかなり不安定な状態になっている。そこで侵攻をし、国民の支持を落とすということになれば、グリードの政権は長くはもたない。しかしここで防衛という選択をし、国を守って国民の支持を仰げば、もはやあの国にグリードを批難できる人間はいなくなるということだ。これで完全なる独裁政権の完成ということだ」
「暁の火のようになる……ってことよね」
「そう、絶対的な権力になるということだ」
「じゃあここに送られた兵団の人達は全て……」
「そういう意味では、政治のための犠牲となった……ということだな」
「…………クッ!!」
すると突然、ルーナは僕の胸倉を掴み、僕を睨みつけてきた。
「な……なんだよ突然!?」
「なんで……なんで利用されるために死んでいくのよ……」
「…………」
「わたし達には自分達の意思があるはずなのにっ! 他人の、ましてや息もしていない政治のために命を削るなんてオカシイじゃないっ!! なんで……なんで……」
「…………」
ルーナは怒号をあげ、僕の胸倉を更に強く掴むが、顏は終始下を向いたままだった。
僕はそんな、誰にもぶつけることのできない彼女の怒りを黙って聴く。
彼女の怒号は、そのまま僕の心の中に積もる怒りと同じもの。だからこそ、僕にしか彼女の怒りを受け止めることはできない……そう思ったのだ。
「……気がすんだかい?」
ルーナは落ち着いたのか、僕の胸倉は依然として掴んだままだが、顔を伏せたまましばらく黙り込んでしまったので、僕は尋ねた。
「…………ゴメン。アンタのせいじゃないのに」
「うん……僕はアイツのようにはならないし、なれないからね」
「アイツ……?」
「セブルス……あの男は自分を高めるためなら、人を踏み台にすることもいとわないような、そんな男。彼らもまた、アイツの地位のために踏み台にされた犠牲者なんだ」
「アンタ……そのセブルスってやつのことよく知ってるみたいだけど、どんな関係なの?」
「アイツとは……ただの同期だ」
「ただの同期? それだけでそこまでその人のことが分かるの?」
「分かる……何故か分かるんだ。アイツのことだけは」
分かりたくなくても、分かってしまう……あの男が考えそうなこと。
でも何故分かってしまうのかは、僕自身理解できていない。
理解したいとも思わないし……。
「そう……」
僕の言っていることを完全に納得したといった感じではなかったが、その一言だけを言って、ルーナは腕の力を抜き、そのままだらりと僕の胸倉を手放したのだった。
「……コヨミ、会話の途中でスマンがこれからどうする? 兵団も全滅、レジスタンス側の戦士は撤退したようだし、この戦場はもはやもぬけの殻だが、まだ情報収集をするか?」
それまでずっと黙って僕達の様子を窺っていたマジスターが、僕に問いかける。
「いやマジスター、僕達は第三者からの情報を拾ったに過ぎない。やっぱりここまで来たんだし、この目で戦場を見ておかないと」
「うむ、それもそうだな。それに今、わしらには十分な装備が無い。できることならここで、装備の調達もしておきたい」
「そうだね」
僕は小剣、マジスターに至っては無装備。
ここが戦場となったが故に、武器はゴロゴロそこら中に転がっているだろう。それこそ、これは噂に聞いた話だが、カネの無い武器屋は戦闘の終わった戦場で落ちている武器を回収し、それをレジスタンスのような政府や暁の火に対抗する勢力に横流しをして儲けている奴もいるとか。
揃える物は早いうちに揃えておきたいところだが、だけど多分、その中に剣は一本たりとも転がってはいないんだろうなぁ……。
銃弾が飛び交う戦場では、最早剣はただの前時代の遺物だからな。
「よし、じゃあ移動しよう。レジスタンスの兵が撤退したとはいえ、警戒を怠るな」
「ああ……ルーナ、行けるか?」
僕はさっきからずっとうな垂れているルーナに、右手を差し出す。
すると彼女は左手で僕の手を掴み、そしてその顔を上げ、瞬時にこう言い放った。
「なめんな」
「フッ……そうだな。この程度で心配するような奴じゃなかったな」
僕に向いている彼女の瞳には、再び闘志が宿っているように僕には見えた。
どうやらこのじゃじゃ馬は、まだ走り足りないようだ。
「マジスター、出発準備完了だ!」
「カッカッそのようだな! 今は前方に敵もいない、しっかりわしに着いてこい!」
マジスターを先頭に岩陰を出て、僕達は再び藍色の深い空の下、赤黒い土の荒野を進み始めた。
モチロン敵兵への警戒は忘れてはいなかったが、幸い、先程の二人のレジスタンスの戦士が言っていたように、戦士達は皆、既に引き上げていたようで、敵兵に接触するようなことは無かった。
だが歩を進める度に、目の前の風景が荒々しくなっていき、岩肌には銃弾で撃ち抜かれた跡や、岩自体が爆弾で破壊されたのか、不自然な形に崩れ、黒く焦げている物なんかも目につき始めた。
薬莢もマガジンも大量に地面に落ちており、戦の爪跡が生々しく感じる。
「うっ……こりゃあ酷い……」
そして僕が眼前に捉えたのは、戦場の中で最も残酷な爪跡……人の死体だった。
兵装はマグナブラ兵団のものであり、背中には数弾の弾丸を受けており、その兵装は大量の血液に染められ、地面に伏している。
腐敗した臭いは無く、血生臭いことからまだ新しいものであることが分かる。
僕は呆然と見ているだけだったが、しかしマジスターはその遺体に近づき、その横に落ちていたライフル銃を手に取った。
「ネオアームズの半自動小銃か……やはりマテリアルガントレット同様、まだアサルトライフルの支給には至ってないようだな。血液の付着は無いようだし、弾倉にもまだ弾丸が十分に残っている……背後から奇襲を受けたのか……よし、これは貰っておくことにしよう」
そう言ってライフルを背負うと、マジスターは遺体に敬礼し、そして僕の元へ戻って来た。
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