第8章 血を喰らう怪物【5】

 ルーナはブラースティとの距離を広げるために、更にバイクのスピードを上げるが、しかしブラースティも負けじと溶解液を吐き出してくる。 


 基本的には僕達に直接溶解液を当てようとしてくるが、しかし時折、溶解液は僕達の向かう先の場所に落下し、それを避けながら、飛んでくる溶解液を避けながらと運転しているので、回避する度に速度が落ち、最高速度を一定に保つことができないので、なかなか振り切ることができない。


「くうう……厄介なことしてくるわね……」


 どうやらルーナも苦戦しているようだ。


 出口も近づいているのだろうけれど、しかしこの洞窟を出たからといってブラースティが確実に追いかけて来なくなるとは限らない。


 なんとかアイツを足止めする手立ては無いものか……。


「……マジスター、あいつはどうやって僕達の位置を判断してるんだ?」


「む? どうやってというと?」


「あの耳を使って音で僕達の位置を判断してるにしても、溶解液の狙いがやけに正確過ぎる。かといって見た感じ、目は無いみたいだし……他に何か、僕達の位置を正確に把握できる能力があるんじゃないかと思って」


「うむ、そういうことか。ヤツは音の他にも、確か赤外線を感知できると聞いたことがある」


「赤外線?」


「ああ、つまり生物の発する熱を感じ取ることができるそうだ。音で獲物がいるかどうかを判断し、獲物が放つ熱でその正確な位置を把握するとな。確か、吸血コウモリも同じような特性を持っていたはずだ」 


「発せられる熱で……か。マジスター、もしこの周辺に僕達よりも熱を持った物体がそこら辺に撒き散らされたら、ヤツは僕達を判断できるのか?」


「どうだろうな……ただ、周囲全体に熱がこもるようなことになったら、そうはいかなくなるかもしれない……しかしコヨミ、それがどうしたというんだ?」


「いや……もしかしたら、あの魔物を振り切る方法を思いついたかもしれない! ルーナ、君の拳銃を貸してくれないか!?」


「ええっ!? ハーミットをアンタに? 言っておくけど、これは普通のリボルバーとは違うのよ?」


「大丈夫……と思う!」


「と思うって! 大丈夫って言いなさいよっ!」


「信じろ!」


「信じれないわよ! そんなわだかまりが残るような返事されたらっ!」


 僕はじっと、ミラー越しでルーナに目で訴える。


 この方法を実行するには、僕の持っている短剣では不可能。拳銃が必須になる。


 射撃は苦手だが、別に精密射撃をするわけではないので、多分僕でもできるはずだ。


「むううううう……あーもうっ! 分かったわよ! 腰にホルスターがあるから、そっから取り出しなさいっ!」


 ルーナはしばらく渋ったものの、根負けし、僕に拳銃を使用する許可を与えてくれた。


「ありがとうルーナ。えっとホルスターってこれ?」


「アンタどこ触ってるのよ! それはただのベルトでしょ!」


「え? ホルスターってベルトのことじゃないの?」


「違うわよこのバカっ! ホルスターっていったら拳銃入れのことでしょうが! これよこれっ!」


 ルーナはハンドルから片手を離して、ホルスターなるものを触って僕に示してくれる。


「ああ! それか! ホントだ拳銃が入ってる!」


「はぁ……アンタ本当に拳銃扱いきるんでしょうね?」


「大丈夫大丈夫、こういうのはフィーリングだから」


「入れ物も分からないやつが偉そうに言うなっ!」


 怒鳴られながらも、僕はホルスターからルーナのリボルバーを取り出す。


 形としては、スタンダードなリボルバーと大して変わらないが、特筆すべきはその色で、全体が赤よりも少し暗い色、茜色にコーティングされている。


 色としては目立つのだが、しかし光を反射しないコーティングが成されているのか、鋭く光るというよりかは、鈍く光るため、派手といった印象は受けなかった。


「初めて見るな、こんな色した拳銃……」


「ふふん! ハーミットは色だけじゃなくて、性能だってそこら辺のヘボ拳銃とは格が違うわ! 扱い方は普通のと変わらないから、試してみなさい!」


「なんで君がそんなに得意げになってるんだ? まあいいや、では……」


 僕はマテリアルガントレットを装備している右手で拳銃を握り込む。するとガントレットには今、火属性の魔石の欠片がセットされていたため、ハーミットの周囲には炎が巡り始めた。


「なるほど! コヨミ、それで地面を燃やすということだな!」


 どうやらマジスターには、これから僕がやろうとしていることが理解できたようだ。


 そう、ブラースティが僕達の位置を熱で判別しているのなら、それ以上の高温の物質を周囲にばら撒けば、判別しようが無くなってしまう。


 あくまでも奴は、その場の熱の有無を感じ取っているだけで、細かい度合いの区別まではできないだろう。


 煙で身を隠すのではなく、炎で身を隠すのだ。


 僕はハーミットの撃鉄を起こす。確か訓練で、シングルアクションの方がトリガーの引き切りが軽いとかなんとか言っていたような気がする。


 サボっていた割には、意外と憶えてるんだよなこういうことって。 


「成功してくれ! 僕の秘策っ!」


 僕は引き金を引く。


 すると撃鉄が倒れ、薬莢やっきょうの底を叩き、銃口から弾丸が発射された。


 弾丸は真っ直ぐに飛び、約十メートルくらい離れたところの地面に着弾する。着弾した弾丸には火属性の魔石の効果が宿っているため、そのまま燃え出すのかと思っていたのだが……。


「えっ……どわあああああっっっ!!!!」


 着弾した弾丸はいきなり大爆発を起こし、その場の地面を燃やすどころか、爆発のあった周囲全体をくまなく燃やし尽くし始めたのだ。


 さすがに一発で、ここまでの規模になることは予想外だったが、しかしブラースティの足止めをする当初の目的は狙い通りとなり、ブラースティは炎に反応したのか、溶解液の射出を止め、追いかけていたその足も止めてしまった。


「な……なんだこの拳銃……もはや拳銃の域を越えて、重火器レベルじゃないか!」


「だからさっきからずっと言ってるじゃない、ハーミットは普通の拳銃じゃないって! それはハーミット・レッドっていうオーパーツなのよ」


「オーパーツ? これが?」


「そうよ。その拳銃はわたしの故郷、ノースハーウェンの城の庭から出土したもので、それこそ現代兵器ができる以前から存在したリボルバーなの。しかも銃弾を発射するだけじゃなく、能力の一つとして、その銃弾に魔力を込めて発射することにより、爆発を起こすことができるのよ」


「なんだそれ……そんな物騒なものが、よく城の庭なんかに埋まってたな」


「わたし達の時代になってからは戦争なんて滅多に起こらなかったけど、ノースハーウェンの周辺にある国の民族は、みんな元々戦闘民族と呼ばれるほど地域紛争の絶えない民族ばかりだったのよ。あの周辺は年中寒いから作物は育たないし、土地も豊かな場所とは言えなかったから、生きるために他の民族から物資を奪い合うしかなかったの。だから故に、こんなものが出土したんだと思うわ」


「ああ、なるほど。じゃあ君の祖先は戦闘民族ってことなのか、なるほど」


「なに一人で納得してるのよ?」


「いや、なんでも」


 この子の好戦的な姿勢は、性格というよりかは血なんだな。


 これで一つ、僕の中の大きな謎が今、解けた気がした。 

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