第6章 不幸の連鎖【5】
「……分かった分かった。とりあえず僕も賛同するっていうことにしておくよ」
「ほ、本当か!」
「ただし、僕だってあまり自信は無い。だからみんなに頼りっきりになっちゃうかもしれないけど、それでもいいんだね?」
「ああ、その時はわしが全力でお前のケツを叩いてやるわい!」
「ケツを叩かれるのは痛そうだから、後押しだけにしてくれよ……」
「カッカッカッ! モチロン後押しもしてやるよ!」
マジスターは愉快に笑ってみせる。
「ルーナさんはどう?」
僕が尋ねると、ルーナは言葉よりも先に鉄格子のなかにスッと手を差しだしてきた。
「ルーナさんじゃなくて、ルーナでいいわ。これから一緒に戦う仲間なんだから」
「……そうかい。じゃあルーナ、僕もコヨミでいいから」
「ええ……じゃあそうさせてもらうわコヨミ!」
そして僕はルーナの伸ばした手を、手錠で繋がれた両手で強く握った。
この子、見た目によらず結構握力あるな……僕の方が負けてしまいそうだ。だけどそれくらい、固い握手でもある。
しかし握手はしたものの、新たな勢力を作ることに対して僕自身、心の底から決心が着いたかと問われればそうではなかった。まだ正直、半ばといった感じだ。
新たな勢力を作るのに、何をしたらいいのかが分からないというのもあるが、それ以上に僕は僕自身に関して自信を持てずにいた。
この三人くらいの小規模な集まりならともかく、もし仮にその軍勢が、今のこのレジスタンスのような大規模な集団になった時、僕はこれほどの人間を背負い込めるほどの器があるのか、それほどの人望と支持されるほどの人間であるのか、僕には見当がつかなかった。
だけどマジスターがさっき言ったように、今目の前に助かる道があるというのに、それを無為に潰すことはできない。
だから僕は、心の整理がついていない仮の状態ではあるが、それでもこの命を繋ぐために承諾することにしたのだ。
これから先のことなんて、まず今を生きないと存在しないことだから、僕はとりあえず、今を生きる決心だけは着けたのだ。
これは、僕にとってはそのための握手なんだ。
「地下牢の警備のシフトじゃ、深夜の一時半から十五分間、見張りの入れ替わりの時間があるわ。その間が脱獄するならチャンスね」
「あい分かった。地下牢の鍵は……」
「わたしは持ってないわ。多分、代わったやつが持って行っちゃったのね」
「そうか……ルーナ、コヨミの手錠の鍵だけでも、今なんとか外すことはできんか? コヨミが短刀を隠し持っておるから、腕だけでも自由に動かせれるようになれば、鍵など無くても抜け出せれるようになる」
「別にできるにはできるけど、短刀でどうやってこの鉄格子を破るの? 物理的に無理な気が……」
ルーナは首を傾げるが、マジスターはそれに笑って応じた。
「カッカッ、心配は無用だ。こいつの持ってるガントレットは特殊な物でな、短刀一本あれば、この地面だって割ることができる。コヨミ、魔石ケースは?」
「持ってる。あいつらこのガントレットのことを知らなかったみたいだから、僕は鋼の剣しか没収されなかった」
マテリアルガントレットは兵団でもまだ正式な支給が成されていないため、モチロンこれの存在をレジスタンスが知る由もなく、どうやらあいつらはこれを普通のガントレットだと思って、見逃してくれたからな。
しかし今思えば、武器は奪って防具は奪わないなんてザルだよな。時に防具は武器に成り替わるというのに。
そこら辺が素人集団であるが故の、粗というやつなのだろうか。
「ふうん、まあいいわ。とりあえずコヨミ、手錠を外すから腕を挙げといてちょうだい」
「おう」
ルーナの指示通り、僕は手錠で繋がれた両手を挙げて、空中で制止させる。
するとルーナは、ウエストバッグから小さな棒状の道具を取り出し、それを僕の手錠の錠の部分に差し込み、ガチャガチャと動かし始めた。
「ピッキングはわたしの得意分野だからねぇ~これくらいの手錠……ほら外れた!」
「おお!」
数分も経たぬうちに、手錠はカシャンという音をたてて外れてしまった。
そして続けて、反対の手の錠もピッキングし、僕の両手は晴れて自由となった。
「オッケー! どうよわたしのピッキングテク! なかなかやるでしょ?」
「うん、まるで泥棒みたいだよ」
「それ褒めてるの? まあいいわ、じゃあマジスターさんも……」
ルーナはマジスターの手錠も外そうとしたのだが、しかしマジスターはそれを拒否するように首を横に振った。
「いや、わしは着けたままにしておく。両方手錠を外して、手を後ろに回してたら、見張りに怪しまれてしまうからな」
「なるほど、そっか。それじゃあ、わたしは深夜の一時半くらいに車両倉庫で待ってるわね。走るよりもバイクに乗って逃げた方が、できるだけ離れたところまで行けるでしょ?」
「うむ……しかし一台のバイクに三人は乗れんからな。もう一つバイクの鍵を用意してもらってもいいか?」
「お安い御用よ!」
「あとは……そうだ、時計を持ってないか? ここには時計が無いから、時間が分からんからな」
「時計……これでいいかしら?」
ルーナはウエストバッグから、銀色の懐中時計を取り出し、それをマジスターに渡す。
「スマン、迷惑をかけるなルーナ」
「ふふん、この脱走作戦が新たな戦いの一ページ目だと思えば、なんてことないわ!」
「カッカッ、本当に頼もしい子だ!」
「うん……あっ! そろそろ次の見張りが来るかもしれないから、それじゃあ二人とも、倉庫で待ってるわね! チャオ!」
そう言い残して、ルーナは地下牢の部屋を出て行った。
しかしまあ、本当に強気な子だな。ちょっとその湧き上がる自信を、僕に分けちゃあくれないかな。
「よし……これで脱出の手立てはできたな。覚悟はいいなコヨミ?」
「ああ、乗り掛かった舟だ。こうなったらトコトン付き合うよ」
脱出作戦の決行は、午前一時。
それまで僕は腕を後ろに回し、手錠が外れていることを見張りに見つからないように、ばれないように、なんとか隠し通した。
そしてやってくる、深い夜が。
僕達の、最初の戦いの幕が切って落とされようとしていた。
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