第4章 忍び寄る魔の手【4】

「カッカッカッ! 間一髪といったところだったなぁコヨミ!」


「あ……アンタは朝の教官!?」


 そう、僕の前に唯一目を瞑らずに立っている人物は、僕にマテリアルガントレットを手渡してくれた、あの教官だった。


「何でアンタが……!」


「説明は後だコヨミ! 奴等の目が眩んでいる内にここから脱出するぞっ!」


「目を……分かった!」


 僕は教官と共に、目が眩んでいる兵士達を蹴倒しながら、前をとにかく突っ走る。


 おそらく兵士の目を眩ませたのは、閃光弾。


 爆弾とは異なり、敵を無力化させるためだけに近年作り出された、非殺傷現代兵器。


 手榴弾のようになっており、ピンを引き抜いてから数秒後、強烈な光で周囲を覆い、敵の視力を奪い無力化する。


 しかしこの男……確か兵団の教官だったはず。何故僕を助けている……僕を助けるということはつまり、長官の意向に逆らうということであり、つまりは兵団を敵に回すということになるというのに。


「コヨミ、マテリアルガントレットの魔石の欠片を水属性に変えておけ」


「えっ……水っすか?」


「そうだ、水中では銃弾の速度は落ちるどころか、奴等の持ってるライフルのような、高威力の銃器の弾丸は、水面に衝突した時の圧によって砕けてしまう。そこで水の欠片をセットし、自分の周囲に水の膜を張れば、奴らの銃弾を防げるということだ!」


「な……なるほど……! よしっ!」


 僕はマテリアルガントレットの手の甲から土の欠片を外し、ポケットに入れていた魔石ケースから青い水の欠片を取り出し、再びガントレットにセットする。


 すると右手が青く光り始め、ガントレットの周囲に水の膜が張り巡らされた。


「よし……いいかコヨミ、これからこの兵士棟を下った後、城門を出たところにバギーが待機している。そこまでなんとか逃げ切るんだ」


「……アンタ、なんで僕を助ける。アンタは兵団の人間だろう? しかも教官となれば、尉官クラスではあったんじゃないのか?」


「カッカッ……この兵団はもうマグナブラを守護する兵団ではない……セブルスの私物と成り果てた。だからワシは、あの男に反旗を翻し、希望となり得るお前を救おうとしただけだ」


「希望……」


「ああ、ワシらの……レジスタンスの希望だ!」


「レジスタンス……じゃあアンタ、今はレジスタンスの人間なのか」


「……そうだ」


「ということは、僕はこの後レジスタンスの本拠地に連れて行かれるというわけだ」


「…………そうだ」


 なるほど……僕の剣を利用するために、この人は僕を助けているというわけか。


 だからあの訓練の時、僕にこのマテリアルガントレットと鋼の剣をくれたってわけか。


 別に利用されるために助けられているのがショックだとか、それで卑屈になるというわけではないのだが、しかしまあ……やはり善意の裏には、その人にとっての利が当然のように秘められているものだな。


 落胆はしないが、悪態はつきたくなるものだ。


 しかし僕だって今は、自分の命を守るためにこの人達の作戦に乗っかっておく必要がある。


 それが今の、僕にとっての最善の利になるはずだから。


「……本拠地に着いたら、詳しいことを訊かせてもらうからな」


「ああ、話はこの死地を乗り越えてから……っ!! コヨミ! 後ろだっ!」


 階段を下る途中、上の階から一人の兵士が僕達を追いかけ、そのライフルの照準を合わせているところだった。


 僕は教官の指示通り、背後に振り返りながら鋼の剣を振ると、ガントレットを覆っていた水が剣を伝って目の前に発射され、それを操って水の盾を作り出した。


 準備をしていた兵士はその後、僕の作り出した水の盾に向けて発砲を開始する。しかし弾丸はまるで、強硬な壁に弾かれるか如く、水の盾に当たった瞬間、その弾丸はバラバラに砕け散っていた。


 まさかライフルにこんな弱点があったとは。


「隙ありっ!」


 僕に注意がいっている内に、教官は僕の元を離れ、水の盾の範囲内でない、しかし射撃を行っている兵士に対して直線状の場所に構え、拳銃を発砲した。


 教官が狙ったのは、兵士の左腕。モチロン、左腕を撃たれただけでは人間は殺せない。


 しかしこの場合、それで十分だった。


 ライフルともなると、ハンドガンとは異なり片手で射撃をすることなど無理に等しい。仮にできたとしても、照準を正しく合わせて精密な射撃をすることなど、不可能である。


 つまり左腕が使えなくなったあの兵士にはもう、ライフルを撃つことなどできない。


 実際兵士は左腕を撃たれた直後、発砲を止め、手に持っていたライフルを真下の床に落としたのだから。


 無駄な殺生はせずに済んだ、といったところだろうか。


「急ぐぞコヨミ、ここに居てはどこから兵士が出てくるか分からん。集団で挟み撃ちなんかにあったら、それこそ逃げられなくなるぞ!」


「ああ、急ごう!」


 僕と教官は急いで階段を下っていく。


 幸いにも、上にいる兵士の連中はまだ追いかけて来ない。


 下の階で控えていた兵士が階段を上ってきているようだが、この場合、上にいる僕達の方が地形的に有利なので、このまま突っ込んでも問題は無い。


 階層にして二階。


 下からの兵士達と僕達は、そこで衝突する。  


 兵士達は皆ライフルを構え、一斉に迎え撃つ体勢。


「そんな薄っぺらい壁じゃ、僕の剣は防げりゃしない……!」


 そこに僕は思いっきりジャンプし、斬りかかるように見せかけた……が!


「主人に反抗するどころか、その首を刎ねた雄豚共には、剣よりもコイツがお似合いだぜっ!!」


 剣を覆っている水の圧を圧縮させ、長い鞭状にして、それを僕は、一気に兵士達に斜めに振り降ろした。 


「ぐおわあああああああああっっ!!」


 バチイイイイン! という景気の良い音と共に、鞭に叩かれた兵士達が一斉に吹っ飛び、横の壁に衝突する。   


 モチロンその衝撃で、彼らの手からはライフルが手放され、全員がぐったりとその場にへたり込んでいた。


 一撃で無力化、殲滅完了。 


「卑しい豚共は、鞭に打たれて昇天してな」 


 僕は着地し、気絶している兵士達を見る。


 さっきまで……本当に数分前まで、コイツらと一緒の場所に居たというのに、随分遠い場所に離れてしまったな。


 スマン……ジョン。僕はもう、そっちには戻れそうにない。

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